ワタシは猫が好きです。野良猫とか雑種とか血統書付きとか全く関係なく。
いや、むしろブリーダーとかペットショップに居る血統書付きには興味が
無いかもしれません。
何故なら、ワタシが大嫌いなブリーダーやペットショップの手助けをするのは
まっぴらご免だから。繁殖用の犬・猫の残酷な状況を知っているから。
それを生業にしている人たちの感覚が理解できないから。
うちには野良猫上がりが2匹いますが、1匹は人間なら瀕死の重傷を負って
いた猫。
もう1匹は姪が拾ってきてしまったので里親を探したのですが、片目の瞳孔が
開いてしまっていて(でも、美人猫)貰い手が無かったのでワタシが飼うことに。
そもそも愛玩用に猫を飼うなんて考えは毛頭なかったワタシ。
あったのは「憐憫の情」だけです。(まあ、だけって言うと語弊があるけど)
重傷を負って、しかも逃げることも出来ない小さな命(普通野良猫は、怪我を
しても人間を怖がって捕まりません)を放置したら、寝覚めが悪いだろうなあと
思ったんですよね。
例えば、その日の食べ物にも困って弱っている発展途上国の子供を目の前に
した時「この子ひとりを助けても焼け石に水みたいなものだよ」と言う人間には
ボランティア活動など一生出来ないだろうと思います。
たとえその場限りでも、今目の前の困っている存在に対する「憐憫の情」こそが
積み重なって大きな力になるのではないかとワタシは思っています。
今、震災被災地で人間同様に被災したペットたちも「尊い命」ですが、そのへんに
歩いている野良猫だって同じ尊い命です。好きでオシッコが臭いわけじゃない。
好きで発情期の声がうるさいわけじゃない。生まれて死ぬまで、何とかして怖い
人間から食べ物を貰わなくては生きていけない生涯なわけです。
世の中には、野良猫は野生動物のようにスズメやネズミを狩って生きていると
思っている無知な人たちも居て呆れます。現代の猫はそんなもの食べません。
彼らは人間に疎んじられ、時には酷い虐待を受けながら、一部の心優しい人
たちに支えられ、必死で生きているわけです。
一時の「憐憫の情」から、小さな命を引き受けることになるというのは容易なこと
ではありません。現にワタシは、助けた猫の治療に血統書付きが2匹買える位の
お金を払いました。
今も皮膚病だなんだと動物病院に連れて行ったりで、基本的に保険がきかない
のでお金がかかります。
それでも、ワタシを心から信用して甘えてくるこの子たちを見ると「助けて良かった」
「死ぬまでワタシが面倒みるからね」と心に誓います。
年間、人間の醜いエゴで殺処分される犬や猫の数を耳にするたび、まだまだ
日本のモラル水準は低いと感じます。本当に恥ずかしいことだと思います。
彼らに安楽死など到底あり得ないことを日本国民にもっともっと知って
欲しいです。
このハナシはまだまだ広がりそうなので、追々話して行きたいと思います。