「ねえねえ、ロビンソンさん、音楽ってどんな効き目があるの?」
 まるで料理中の鍋のように、薄暗い闇がなみなみと注がれた峡谷の中。
 先頭は鼻の利くケモノ2頭、クックとソムリエ。その後ろを、面倒臭そうにタラタラ歩きつつも警戒は怠らない武装レラン達、そして無警戒のライチ。
 「いいことを聞いてくださいました。少し説明が長くなってしまいますが宜しいでしょうか?」
 そう前置きしてから、ロビンソンは喋り出す。
 「一口に唄と言っても様々な種類があります。簡単な唄から難しい唄まで。他のスキルでもそうですが、音楽もまたスキルが上がれば難しい唄を歌いこなせるようになり、難しい唄ほど効果が良かったり・・・。」
 その時、クックとソムリエが唸り声を上げた。
 すぐに武装コック達も戦闘態勢を調え、ロビンソンに一言「ちょっとウルサイ、黙って。」
 「あ、あの、説明始めたばっかなんですけど・・・。」
 そんな弱々しい抗議など当然聞かれるはずもなく。
 
 「来るぞ、構えろ。」
 武装レラン目がけて、魔物が迫ってくる。
 魔人形は生体反応を感知する。この闇の中では視認よりずっと優位、既に武装レラン達を標的と定めていたようで真っ直ぐに迫ってくる。
 と、ロビンソンがそっとライチに話しかけた。
 「説明より実際にやった方が早いですね。音楽スキルとは、こういうものですよ。」
 そう言うと、ロビンソンはすっと息を吸った。
 迷い無く、カタカタと不気味な作動音を響かせつつ迫る魔人形。
 怯まず、武器を構えてカウンターの瞬間を狙う武装レラン。
 対峙、交錯、そして破壊音。
 そんな中、傍目には場違いな澄んだ声が、響く。
 
 「追いかけても追いかけても 逃げていく月のように 指と指の間をすり抜ける バラ色の日々よ」
 (「バラ色の日々」by THE YELLOW MONKEY)
  
 「へー、これが音楽スキルか・・・。」
 「ふむ、思ったよりいいな。」
 武装レラン達は、その効果を肌で感じる。いつもより明らかに、スタミナの消費が少ない。
 唄の効果もあってか、戦闘はものの数分で終了。
 武装レラン達は口々に、音楽の効果を賞賛する。
 「ありがとうございます。そこまで褒められると、私も支援のし甲斐があるというものです。先ほどの唄はスタミナ消費量を低減させるものですが、他にも防御力を上げたり、回避率を上げたりといった効果のある唄が歌えますよ。」
 得意顔を浮かべつつ、説明を続けるロビンソン。
 しかし肝心のドロップは外れ。一行は次の獲物を探して再び峡谷をうろつき始めた。


 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・
 ・・・


 東の漆黒が、ほんの少し薄くなった。
 気の早い夜行性の虫は既にその身を休め、気の早い昼行性の鳥は木の上で軽い欠伸。
 太陽の訪れ近い、夜明け前。
 武装レラン達は未だ峡谷で戦っていた。
 この一晩で、何十体ものイビルシンガーを屠ったが。
 運が悪いのか確率通りなのか、ロビンソンが求める物は手に入らず。
 パーティーは焦りの色を濃くしていく。
 「くそ、もう朝になるぞ。」
 武装レラン達もただ彷徨っているだけではない。既に魔人形の現れやすいポイントは把握している。
 クックとソムリエを先頭に、武装レラン達は走る。木を避け、岩を飛び越え、枝をくぐり、根を踏み台にジャンプして・・・見えてきた、森の境目。
 飛び出すとそこに、狙い通り魔人形の集団が居た。
 武装レラン達は減速することなく、集団に飛びかかっていく。戦略もへったくれもない、ただの力押し。
 それでも自力で大きな差がある2つの集団。程なく、片方の集団は壊滅する。
 「はあ、はあ、どうだ、ドロップは?」
 肩で息をしながら、武装レランの一人が聞く。地面に片膝をついてドロップを探っていたロビンソンだが、やがて立ち上がると首を横に振った。
 「・・・ダメです。」
 「そうか・・・。」
 武装レラン達は一斉にため息をついた。
 東の空は時を追うごとに薄くなり、朝の訪れを雄弁に語る。
 それを見て、誰かが呟く。
 「ちっ、もうダメかな。」
 それを聞いて、ロビンソンは項垂れながら呟く。
 「そうですね、もう・・・。」
 と、その言葉をライチが遮る。
 「え? まだもういっこ行けるんじゃない? 急げば間に合うかもしれないよね、ね?」
 しかし武装レランの一人が切り返す。
 「ああ。だが。スタミナ切れ。」
 確かに皆、肩で息をしている状態。走り通しな上、高スキル技を連発した武装レラン達。持っていたバナナミルクは少量で、既に使い切っている。
 「そっすね。スタミナ回復できりゃ、もう一カ所気合いで走ってガシガシなんだけどなー。」
 「ありますよ、スタミナを回復する方法が。」
 そう言ったのは、ロビンソンだった。
 ロビンソンは皆を座らせると、咳払いを一つ、そして息を吸い、歌い始めた。


 「暗い部屋で一人 テレビはつけたまま 僕は震えている 何か忘れようと・・・。」
 (「JAM」by THE YELLOW MONKEY)


 その効果はすぐに現れた。いつもより明らかに、自然回復量が多い。
 ものの数分で、それこそロビンソンが一曲歌い終わる前に。
 武装レラン達は立ち上がった。
 「よし、行くぞ! 夜が明ける前に、最後の一戦だ!」


 (イメージBGM 「パール」 by THE YELLOW MONKEY)
 武装レラン達は走る。走る。
 朝に負けないよう、走る。
 やがて見えてくる平たい岩。その上が魔人形の現れやすいポイント。
 朝日が差し込んだら、魔人形達は姿を消す。
 空はその色を更に薄め、いつ陽光が差してもおかしくない。
 聞こえてくるは小鳥の囀り、肌に感じるは朝露の湿気。
 それでも。


 岩の上に、魔人形達は居た。
 誰かが叫ぶ、「ロビンソン、倒したらすぐルートしろ!」
 他の人形には目もくれず、武装レラン達は一斉にイビルシンガーに飛びかかる。
 まさに瞬殺。イビルシンガーは一瞬でビスク(磁器)の欠片に。直ぐ、ロビンソンがドロップ品を探り。
 そして。
 「あ、ありました! これです!!」
 残敵を掃討している武装レラン達全員に聞こえるぐらいの声で、ロビンソンは言った。
 陽光が差し込んできたのは、その直後だった。
 
 「なるほど、イーゴも五線譜を使っているのか、これならすぐにでも歌えるな・・・。」
 イビルシンガーから手に入れた楽譜を見つめつつ、ブツブツと呟くロビンソン。
 そして急に「ああ、分かった!」と声を上げた。
 顔を上げ、武装レラン達を見る。
 「分かりました、みなさん。イーゴの唄は、相手のステータスに異常を与えるものでした・・・正直、私の目指す唄とは違いますが、研究の価値はあると思います。みなさん、ありがとうございました。」
 ロビンソンは頭を下げる。
 「それでは約束通り、声をかけていただければいつでもどこでも歌いに参ります。」
 その言葉に、武装レラン達は顔を見合わせ・・・。
 そして言った。
 「「「「じゃあ、今から!」」」」


 朝日眩しいイプス峡谷。魔人形の去った、件の平たい岩の上。
 伐採レラン達も合流し、持っていた料理と酒が並べられ、宴会が始まっていた。
 響くのは話し声、笑い声、移動式キッチンから包丁の音、炒める音、揚げる音、エトセトラ。
 そんな中、唄う一人の吟遊詩人。
 「イベントとか舞台とかで呼ばれると思ったのですが、まさか宴会の余興とは・・・。」
 一曲唄ってから、ぼそぼそ呟くロビンソン。
 と、酔っぱらったライチが声をかけた。
 「ろびんしょんさーん、次、つーぎ! もっとおもしろいうたがー、ききたーい。」
 「あー、はい、はい。こーなったらとことん付き合いますよ。さーて、次の唄は!」
 半ばヤケになった声と共に、ギターの音色が響く。
 その日、峡谷は騒がしかった。 
 (第46章 完)