「これは・・・面白い組み合わせですわね。こんな料理があるのですね・・・世界は広いですわ。」
麻婆豆腐のレシピを見ながら、シレーナは感嘆の声を何度もあげる。
「そうでしょそうでしょ!」
さも自分が作ったかのように、胸を張るライチ。
そんなライチなど気にする様子もなく、シレーナは「今度マオさんにお会いしたいですわね。」と言いながら巻物をクルクルと巻き、それをライチに返した。
「素晴らしいレシピでしたわ。それで、私に聞きたい事とは何なのでしょう?」
「えとねえとね、そのレシピの中にある、豆腐って奴を作りたいんだけど、どうやったら作れるか知りませんか?」
「豆腐ですね。知っていますよ。」
そう言いながら、シレーナは椅子から立ち上がり、部屋の隅にある本棚まで歩いていく。
本棚にはびっしりと、料理に関する本やレシピが並べられていた。
「ええと・・・どれでしたっけ。確か、この中でしたわね。」
シレーナはその中から「ヤマト国の料理レシピ」と書かれた本を抜き出し、パラパラとページをめくる。
そして目的のページを見つけ、「ああ、ありましたわ。」と言いながら手を止めた。
「これですわ。」
そのページをライチに見せる。ページの左上、料理名の欄には確かに「豆腐」と書かれていた。
「本当はライチ君に作り方を見つけて欲しいのですけど、今回は依頼されている点を考慮しまして、特別に全部教えて差し上げますわ。」
「はーい。ありがとうございますー。」
そう言いながら、ライチは自分のレシピノートを取りだして、そのページを書き写す。
と、その材料の中に、見慣れない物が一つあった。
「シレーナさまー、この大豆って何ですか?」
「あらライチ君、大豆を知らないのですか・・・確かに、シェル・レランのメニューには大豆を使う料理がありませんわね。」
そう言うとシレーナは白紙を取り出し、ペンで小さな楕円を書く。
「大豆とは豆の一種で、こんな形をしているのよ。大豆とはタンパク質や脂質を多く含んだ食品でして、ヤマト国では加工して様々な食品や調味料にしていますのよ。ですけど、ダイアロス島では貴重品ですわね。」
「えー、そうなんですか。どっかで手に入らないんですか?」
そう言ってライチは首を傾げた。
「そうですわね。ムトゥームに巣くうグレイブンがたまに持っているのですけど・・・確実に手に入れるとするなら・・・WarAgeですわ。」
「ええー、WarAgeですか?」
ライチはうなぎ釣り(章外3
参照)を思い出し、露骨に嫌そうな顔をする。
シレーナは気にせず話を続ける。
「ええ。WarAgeのムトゥームに自生していると報告を受けた事がありますわ。そうですわね・・・ライチ君、ついでに私の分も取ってきて貰えませんこと? 丁度、大豆料理の研究をしたいと思っていましたの。」
「全体、止まれ! 整列! そこ遅いぞ、その場で腕立て100回!」
「諸君、私は戦争が好きだ。諸君、私は戦争が・・・。」
「この矛はどんな物でも貫き通す、まさに天下無双の・・・。」
怒号、演説、売り口上。パーティ募集、寡兵、作戦会議。
様々な声が交錯する。
元の時代とは明らかに異なる空気。ライチはそんなヌブール村を、おっかなびっくり駆け抜ける。
「(うわー・・・いつ来てもピリピリしているな・・・。)」
ここに居る人たちは、一見元の世界と変わりない。しかし明らかに違うのは、顔つき。どの人種のどの人も、皆一様に緊張感を持った表情をしている。
そんな人の間を縫って、ライチはヌブール村を出た。非戦闘地域に指定されているこの村の、境界線から一歩でも出ると、そこからは何があってもおかしくない世界。
しかし。
「よーし、いっくぞー!!」
何の不安も持たずに、ライチはその線をまたいでいったのであった。
アルビーズの森を駆ける。
「ほんとだー。スプリガンも、オルヴァンもいないなー。」
森の中は恐ろしいぐらい静か、生き物の気配一つしない。ライチは手に持ったメモを読みながら、森を北へ北へと進む。
そのメモは、大豆の在処を知るシェフに書いて貰った、大豆までの地図と注意書き。
「えっと・・・この先の川を上流に向かって泳いで、っとその前に川にはオルヴァンが居るから注意してー。えっと・・・。」
地図の通り、川が視界に入る。それと同時にオルヴァンパピーも視界に入る。
ライチはオルヴァンパピーを大回りに避けながら、川へ飛び込み上流へ向けて泳いでいく。
「えっと・・・上流に向かうと滝が見えるから・・・え? 滝にそのまま突っ込むの? ・・・面白そう!」
メモ通り、一直線に滝へと突っ込む。すると・・・。
「・・・うわー、ホントだ。滝の後ろにトンネルがある。凄い凄い!」
川から上がり、トンネルを真っ直ぐ進む。すると、ムトゥームの空が見えた。
高台をトコトコ駆け抜け、湖へ飛び込む。
湖を北へと泳ぎ、そのまま壁づたいに歩いていくと・・・。
「・・・あ、あった!!」
メモに書いてある絵と同じ草が、目の前にあった。
しかし。
その前に、フードを目深に被った男が立っている。
「(えと・・・えと、あれって・・・もしかして、デミトリーっていう幽霊かな? かな?)」
ライチのメモに、赤字で「この付近にでる幽霊(通称デミトリー)に要注意。もし見つかったら一目散に逃げる事!」と書いてある。
物陰に隠れ、様子を窺うライチ。
デミトリーはどうやら、ふらふらと辺りを彷徨っている様子。
ならば、いずれあの場所から移動するだろう。そう思い、ライチはその場に伏せてじっと隙を窺う。
デミトリーは、時には近づき、そして遠ざかり。ライチはじっと息を殺し・・・。
「・・・よし。今だ!!」
デミトリーが遠ざかったのを見計らって、ライチは物陰から飛び出した。
大豆の茎に狙いを定めると、構えた収穫鎌を右から左へ、一閃・・・!
しかし。
・・・カッ・・・。
微かに響く鈍い音。収穫鎌は、わずかに茎にめり込んだだけで、止まっていた。
「・・・え?え?」
続けて2度、3度、力を込めて茎を薙ぐ。しかし、茎に同じような線が2本、3本と入るだけであった。
「・・・何で、何で切れないの?」
ちなみにライチの収穫スキルは素人に毛が生えた程度(数値換算で28)である。
この草を刈るだけの腕は無かった。
ライチは日が暮れるまで大豆の草と格闘し・・・そして夢中になりすぎて。
気がついたらデミトリーが真後ろに居て。
必死で逃げ出したのであった。
後日、元の世界にて。
「毎度有り難う御座いましたー。木の幹からナジャの爪まで、桜吹雪印のミツキ商会をまたご贔屓にお願いします^^」
そう言って、ニューターの女性はにっこりと笑った。
ライチの手には大豆入りの袋。
「・・・はじめっからこうすれば良かった。」
徒労感にがっくりと肩を落とすライチであった。
おまけ:ライチが出ていった後の、シレーナとカマロンの会話。
「麻婆豆腐・・・面白そうですわね。美味しく仕上げられましたら、今度メニューに加えてみるのもいいですわね。」
「東方料理のフェアなど開催するのも宜しいかもしれませんね。しかしお嬢様。大豆の調達がやはりネックになると思われますが・・・。」
「そうですわね・・・。」
と、シレーナが両手をパンと叩く。
「そうですわ! グレイブンが持っているならば、ムトゥームのどこかに大豆の草があるという事ですわね。それでしたら、その在処を探し出しましょう!」
こうして元の世界でも、大豆が収穫できるようになりました。
その裏でどんな戦いがあったかは、語られる事がないまま・・・。
(第41章 完 → 第42章に続く)