白髪や顔のしわを見るかぎり、マレウスは初老のヒューマンだろう。だがその胸板や腕周りはパンデモスを彷彿とさせる逞しさ。
 エルモニーなんか、その腕の一振りでダイアロスを縦断させてしまうだろう。
 そのマレウスが、鬼のような真っ赤な顔をしている。
 一方のライチは青い顔。迫り来る恐怖にガタガタと震え、足はちっとも動かない。
 「娘に手を出したな・・・。」
 マレウスは、ゆっくりと拳を振り上げると・・・。
 そこに、アルマが立ちはだかった。
 「ちょっと待ってよ、お父さん! 疲れたライチ君を引っ張っていただけなのよ!」
 振り上がった拳は・・・何とかそこで、動きを止めた。


 「事情は分かった。だが手を出したことに変わりはない・・・落とし前を、つけてもらおうか。」
 腕を組み足を組み、睨むような視線をライチに送るマレウス。その額にある青筋は、先ほどからずっと浮き出たまま。
 「お・・・おとしまえ? えと、えと、な、何を?」
 冷や汗をかきながら、おどおどと聞くライチ。
 マレウスは軽く顎を撫でてから、視線を少しだけ天井にずらし、そして少しにやついてからライチに戻す。
 「そうだな・・・アレを、取り返して貰おうか。」
 そう言うと、机の引き出しから、一枚の写真を取り出した。
 「この写真に写っている金のつるはし、ピックアクスという我がグロム・スミスの宝なのだが・・・先日、ここを襲ったゴーレムに奪われてしまったのだ。そこで、このピックアクスを取り返してこい。」
 「・・・えー! 取り返してくるって、どこにいるかわからないよー。」
 「ふっ、それは問題ない。竜の墓場の入り口に、夜中だけ現れる事は分かっている。」
 「えー、でも、でも・・・僕、それほど強くない・・・。」
 「つべこべいうな! すぐ行って来い!!」
 マレウスの一喝が部屋に響く。その迫力に押されて、ライチは「は、はい、分かりました!」と答えると脱兎の如く部屋を飛び出していった。


 「・・・というわけなんだ。どうしようー。」
 自室に戻り、いきさつをアルマに話すと、溜息を一つついた。
 一方のアルマはニコニコ顔。
 「ふふっ、ピックアクスね・・・大丈夫よ、心配しないで。」
 「え、何で?」
 「ここだけの話なんだけど・・・そのゴーレムを作ったの、お父さんなの。」
 「・・・えー、そうなの!」
 「そのピックアクスはお父さんしか作れない特別製なんだけど、一定以上のスキルを身につけたギルド員に渡してるのよ。でもただであげたら有り難みが無いからって、お父さんがね。だからそのゴーレム、すっごく弱いのよ。その銃だったら、10発も当てれば簡単に壊れるわ。」
 「へー、そうなんだ。良かったー。」
 ライチはほっと、胸をなで下ろした。
 「お父さん、何だかんだ言っても、実は優しいのよ。」


 そして夜。装備を調えたライチは、自作の歌を口ずさみつつ竜の墓場へと向かう。
 「ゴーレムー、つちくれー、やっつけろー。」
 夕食の、おかわり自由の恩恵を最大限にうけたライチは、昼間の疲れはどこへやら、まるでスキップするかのような足取りで竜の墓場を目指す。
 程なく到着。エリア周辺に跋扈するウオッチャーやノッカーに見つからないよう、身を潜めつつゴーレムを捜した。
 「えと、アルマちゃんの言っていた場所は、確かこのあたり・・・あ、いた!」
 夕闇の向こうに、大きな物体がおぼろげながら見える。近づくと、確かにそれは巨大なロボのような物体だった。
 が。
 その体躯は今まで見たゴーレムよりかなり大きく、手足は細くて長い。だが何よりも、上半身と下半身の間にあるノアストーンのような青い正八面体の石が、普通のゴーレムとの違いを鮮明にしている。
 「あれもゴーレム・・・なの?」
 恐る恐るそれに近づき、銃を構える。そして試しに一発、撃ってみた。
 コン!
 まるで木の板に石をぶつけたときのような音が、軽く響いて夜空に吸い込まれた。
 
 薄緑色のメインモニターに、緑髪のエルモニーが映し出された。
 それを見て、巨躯の男が呟く。
 「来たなライチ君・・・いや、泥棒猫。」
 ライチが見上げる巨大な物体、その頭部コックピットに、マレウスがいた。
 メインモニターの中のライチが銃を構え、そしてライトラウンドショットを放つ。
 「ふっ、そんな豆鉄砲が、この古代の秘術を駆使して作り上げたノアタイタンに通じると思ってるのか?」
 その言葉通り、サブモニターに「下半部正面ニ衝撃アリ。損傷ナシ。」と表示された。
 「さて・・・娘に手を出した報いを、受けて貰おうか。」
 マレウスが自分の腕をゆっくり持ち上げると、キャプチャされたかのようにノアタイタンの腕が持ち上がり。
 ライチの方を向き。
 「ガトリングキャロル発動、ノアミサイル発射!!」
 ドドドドドドドド!!
 巨大な弾丸が、まるで雨あられのようにライチへ降り注いだ。
 「え? ・・・ぎにゃあ!!」
 間一髪それを避けると、ライチは一目散に逃げ出した。しかし、ノアタイタンは走って追いかけてきた。
 
 ドドン! ドン! ドドドド!!
 「にゃ! うにゃあ! にゃにゃにゃにゃ!!」
 次々と襲いかかるノアミサイルを、ライチは右へ左へと何とか避けながら、ネオク高原中を逃げ回る。
  
 ネオク高原のそこかしこに、巨大なクレーターが形成されている。大地はその姿をいびつに変え、生き物達は怯えて姿を隠し、竜の墓場ではエゼイジアがその身体を横たえている。
 だが、ライチはゼエゼエと肩を揺らしながらも、何とかノアミサイルを避け続けていた。
 「はあ・・・はあ・・・にゃあ! ホントに10発当てれば壊れるの、これ?」
 逃げ回りながらも、ライチはライトラウンドショットを8発、ノアタイタンに命中させていた。だが何処をどう見ても、ダメージを負った様子はない。
 ふらふらになりながら、それでも逃げ続ける。
 しかし。
 ついにその力も尽きようとしていた。
 「・・・あ、しまった!」
 前方の岩壁を目にして、ライチは自分の過ちに気づいた。逃げ道のない袋小路へ、入り込んでしまったのだ。
 それに気づき、にやりと笑うマレウス。
 「ふっ、ようやく追いつめたぞ泥棒猫。」
 マレウスはゆっくりと、その腕をライチに向ける。
 「うわわわわ・・・そ、そうだ。あと2発当てれば壊れるかもしれないんだ。えい!」
 ライトラウンドショットを放つ。それは見事胴体へ命中したが・・・やはり小さな音と共に、弾かれて落ちていった。
 「ふっ、効かぬわ。本物の弾丸とはこういう物を言うんだ。食らえ、ガトリング・・・。」
 と、その時。
 コックピットの中に、声が響いた。
 
 「あと一発・・・えーい!」
 ライチが10発目のライトラウンドショットを放つ。それが着弾するとほぼ同時に。
 
 「活動時間ヲ過ギマシタ。本機ハコレヨリ自壊シマス・・・。」
 コックピットの声が一方的にそれを告げると。
 ドカァアアアアアアアンンンンン!!!!!
 大音響と共に、ノアタイタンは自爆した。
 

 目の前の爆発を、ぽかんとした表情で眺めるライチ。
 「ホントに10発で倒れるんだ・・・・。」
 と、その時。
 爆風にあおられたマレウスのピックアクスが、シュルルルと空を切り、ライチの前に落ちてきた。
 「あ、これは・・・ピックアクスだ。やった、ゲットー!」
 ライチはそれを手に取ると、いつの間にか差し込んできた朝日に照らすよう、高々と掲げたのであった。


 グロム・スミスに戻ったライチは、その足でギルドマスターの部屋へ行った。
 そこに居るのは、当然の事ながらアルマのみ。
 「お疲れさまライチ君。お父さん、何故か分からないけど全身火傷で寝込んじゃってるから、今日は私がギルマス代理をしているのよ。そうそう、そのピックアクスはライチ君が持って行っちゃって良いわ。何たって、お父さんがちゃんと認めたからね。」
 アルマはそう言って、にっこり微笑む。
 「ええ、いいの? ありがとう、大切にするね!」
 ライチは再び、ピックアクスを高々と掲げた。
 「ふふっ、じゃあ、今日のお仕事も頑張ってね。」
 「・・・え?」
 ライチは驚いて、アルマを見る。
 「だって、だって、僕、昨日からずっと起きていて、仕事してからゴーレム倒して・・・。」
 アルマの手には、シェル・レラン印のバナナミルクが握られていた。
 (第37章 完)