ビスク西銀行前広場に人だかりが出来ていた。
その先頭には、間に合わせで作られたような小屋があり、屋根には看板が掲げられている。
ライチはその人だかりの中で、その看板を見上げていた。
「移動ペット・・・ショップ? どんな動物がいるんだろ?」
興味を持ったライチは、人だかりをするりするりと抜け、先頭に立つ。
そして。
「・・・うわぁ!!」
思わず、感嘆の声を漏らした。
小屋の中には、ライチが見たこともないような動物達が、並んで檻に入れられていたからだ。
10年後の世界にしか生息していない猫。
ネオク高原を縦横無尽に走る竜。
ダイアロス島の最果てに住む怪鳥。
ビスク地下の岩より生まれし無魂生物。
エトセトラ、エトセトラ・・・。
「へー、凄い凄い、こんな動物いるんだーー。」
駆け足のような早さであちこちの檻の前へ移動し、中の動物を物珍しそうにじろじろ見る。
・・・と、ある檻の前で、その身体の動きがピタリと止まった。
その中の動物とバッチリ目が合った為である。
お互いがお互いを見つめ、まるで金縛りにあったかのように動けない。
(BGM希望:あの消費者金融のCMのやつ)
「(え? これって、虎? 白くて黒くてかっこいい・・・うわ、僕を見てる・・・もしかして、僕と一緒に冒険に行きたいの?)」
虎はその問いに答えるかのように、ゆっくりと首を振った。
「(うわ、や、やっぱ一緒に行きたいんだ! どうしようどうしよう・・・ってそうだ、買えばいいんだ!)」
ライチは檻につけられている札に目をやった。
【ミーリム・タイガー WarAgeで捕獲。フォレストタイガーのアルビノ種と思われる。個体数が少なく、とても貴重。20000ゴールド。】
「に・・・2まんもするの?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまうライチ。とりあえず財布を取りだし、中身を数えるが。
「・・・・2180ゴールドしかない。そうだ、銀行にもいくらかあったはずだ!」
人混みをかき分け、銀行へ飛び込む。
しかし。
「はぁ~っ、全然足りない。」
銀行に預けられていたお金は、僅か4000ゴールドだった。
そもそも料理や飲料といった食品は、材料を集める労力の割には儲けが少ない。必然的に薄利多売が基本となるのだが、それほど多くは売れないので、更に儲けは少なくなる。
「利益<材料収集時の副産物の店売り値段」
悲しいことにこれがシェル・レランの現実である。
「はぁっ・・・どうしようかな。」
銀行を出て、ペットショップを横目にトボトボと歩く。今から金策しようにも、ライチのスキルでは一日で10000ゴールド以上を稼ぎ出す術は無い。
「バナナミルクの原価が29ゴールドで、一本35ゴールドで売れるから利益が6ゴールドで・・・えっと、あいつを買うには2千本以上売らないといけない・・・って、そんなに作る暇もないし、そんなに売れないしな・・・どうしようどうしよう。」
ブツブツ呟きながら西銀行前広場を横切ったライチは、聞き覚えのある喧噪に気が付いた。
見上げるとそこでは、ニューターの戦士がリンゴ箱の上で演説をしている。
どこかで見たことがある風景だな・・・そう考え、そして気づいた。
「あ、思い出した。カオス・エイジへの参加を募ってるんだ・・・・・・って、そうだ!!」
ライチの頭の上で、電球が点った。
舞台は変わって、45億年前。
広い部屋の壁に、無数のトンネル穴。パーティを組んだ黒い甲冑の戦士の話では、トンネル穴は全て一つに繋がっていて、列車のような形をした神獣、イースタンゲートキーパーが縦横無尽にこのエリアを走り抜けるらしい。
ライチは部屋を見渡すと、ごくりと唾を飲んだ。
「神獣に突っ込まれたら、ズトン・・・って飛ばされて終わりだ。飛ばされたくないなら大量の重りを持ってテメエの目方を増やすしかねーんだが、まあお前じゃ限界まで持っても簡単にポーンだな。ま、銃使いは大人しくぶち当てられないように距離取って戦いな。」
黒い甲冑の戦士が、ライチの頭に手を当てながら、にやつきながら話す。
「あ、はい。逃げながら戦います。ね、くっく。」
ライチの前で大人しく座っていたくっくが、首を一つ縦に振る。
「おいおい、熊。その図体なら飛ばされねーよ。俺と一緒に前で戦いな・・・っと、そろそろ来るぞ。構えな、小僧。」
汽笛のような音がエリアの隅々まで響き渡る。
開戦の合図のように。
トンネルの奥から、巨大な身体を晒す神獣。と、猛スピードで駆けだし、幾人もの冒険者を跳ねとばした。だが、黒い甲冑の戦士のようなベテラン戦士達がその突進を受け止め、各々の獲物を神獣に突き刺していく。
くっくも前線に混じり、その自慢の爪と牙で、神獣を引き裂く。
ライチも、その手に持つ銃から次々と、銅の弾を撃ち出していく。
無数の弾が、神獣の身体に食い込む。
無数の矢が、神獣の身体に刺さる。
剣が、槍が、棍棒が、拳が、牙が、そして魔法が神獣の身体を削る。
汽笛が鳴る。神獣が狂ったように走り出し、また幾人もの冒険者が身体を宙に浮かされる。
怒号、悲鳴、詠唱の声。身体が地面に落ちる、鈍い音。鉄と鉄がぶつかる、甲高い音。
無数の音、戦いの歌がエリアに響く。
攻防が続き、時間が経過し・・・。
そして最後に響いたのは・・・神獣が爆発する音と、その直後から発せられた、割れんばかりの勝ち鬨であった。
「やったー!!」
銃を掲げ、ライチもまた得意気に勝ち鬨をあげる。
部屋の中央に、光の塊が沸き上がる。いつぞやのようにライチは、その中へ手を伸ばすと・・・。
「はぁーーーーっ・・・。」
場所は再びビスク西銀行前。ライチはベンチに座ると、大っきな溜息をついた。
手には、古びた紙切れが握られている。
書いてあることは・・・ライチにとっては何の関係もない、何かの人形の作り方であった。
黒い甲冑の戦士は「見たこと無いな・・・ま、俺には必要ないもんだな。」とあっさりと言い切った。
「素材だったら何とかなったんだけどな・・・これって売れるのかなー・・・。」
再びその古びた紙切れを見る。
と、突然声をかけられた。
「もし、そこのレランの方。ちょっと宜しいですか?」
「え? あ、はい?」
見上げるとそこには、自分と同じエルモニーの男が。
「儂は通りすがりの人間国宝じゃ。すまんが、その紙を見してもらえんかね。儂が長年捜しているものかもしれんのじゃ。」
人間国宝が手を伸ばす。と、ライチは思わず、その紙を渡してしまった。
それを受け取り、眺める人間国宝。すると、その顔がみるみるうちに紅くなっていく。
「こ・・・これは、まさしく儂が長年捜していた、超古代時代のレシピノートじゃ! き、君、これを譲ってくれんかね?」
まくしたてるような早口で、人間国宝はライチに詰め寄る。
「え、えと、幾らで・・・?」
「そうじゃな・・・10000、いや20000出そうではないか。どうだね?」
「に・・・・・・にまん? 売る、売ります、すぐ売ります!」
ずっしりと金貨が詰まった袋を手に、ライチはペットショップへ駆け込む。そして開口一番「この子を下さい!」とミーリム・タイガーを指差しながら言った。
ミーリム・タイガーが仲間になった。
広場の隅で、ライチはミーリム・タイガーと向き合う。
「良かったー。一緒に旅が出来るよー、嬉しいねー。宜しくねー。」
ライチは出会いの時のように、相手を見つめながら、うっとりとした表情で言う。
「君も僕と一緒に旅がしたかった・・・」
そうライチが言いかけた時。
カプッ!
ミーリム・タイガーは遠慮無く、ライチの頭にかじりついた。
「ガルルル(・・・やっぱ思った通り美味しいや、これ。)」
「旅がしたかった・・・って痛い痛い痛い!! 離してはなしてはーなーしーてー!!」
夕暮れの広場に、悲鳴がこだました。
「ガルルルル・・・(何だなんだ、こいつの頭より美味しいな、この液体。)」
「よ・・・良かった。気に入ってくれたんだね。」
包帯で頭をぐるぐる巻きにしたライチが、それでも笑顔を絶やさず・・・いや、こめかみに#マークが浮き出てはいるが・・・ミーリム・タイガーを撫でる。
「でもワインが一番好きだなんて、変わった虎だな・・・そうだ! お前の名前はソムリエにしよう! 宜しくね、ソムリエ!!」
晴れて名前の決まった虎、もといソムリエは、そんな事気にもせずワインを飲み続ける。
そしてこの後、酔っぱらったソムリエは文字通り「トラになる」のであった・・・。
(第34章 完)