吐く息、ガラスに描かれた絵、屋根に降り積もる氷の結晶・・・
一年で最も白の似合う日が、やって来た。
街並みにはジングルベルが鳴り響き、大通りでは子供達がカラフルな包装の箱を大事そうに抱えている。
その姿を見守る両親の視線もまた、暖かく。
冬の寒さでさえ忘れ去れる、聖夜。
だが。
忘れてはいけないことがある。
その聖夜の裏では、それを守る為に一生懸命戦っている人が居る事を。
シェル・レランの厨房も、そんな裏方達が居る場所であった。
「おーい、こしょう無いぞ、こしょう!」
「ブレッドミックス100個出来上がりました!」
「4名様入られました。クリスマスコースをスタートして下さい。」
熱気と怒号の入り交じる厨房は、まさに戦場であった。
ライチもそんな中で、フライパン片手にローストチキンとにらめっこ。
「・・・よし、出来た! 持っていって下さいー。」
皿に盛ったローストチキンをホール係に渡し、一息つく。と、シレーナに声を掛けられた。
「ほら、ライチ君。休んでいる暇はありませんわ。」
話している間もシレーナの手は休まず、トリュフのスープを仕上げている。
「あ、はい!」
フライパンを洗って火にかけて、再びローストチキンを作り始めた。
・・・・・・・・・
シェフ達にとっては永遠とも一瞬とも思える忙しい時間が通り過ぎ。
ようやく。
最後の料理が厨房を後にした。
普通の日なら、ここでようやくシェフ達は一息つき、料理道具の片づけを始めるのだが。
今日のシェフ達は疲れた様子を見せず、むしろ目がランランと輝いているよう。
それはライチも同様で、何かを待ちわびるかのようにそわそわと、フライパンをくるくる回したりしている。
パンパンパンと手を叩く音が聞こえた。
発信源は、シレーナ。
「皆さん、今日は本当にご苦労でしたわ。それでは、あれの準備を始めても構いませんわ、ここにある食材、全て使ってくださって結構です。私たちも聖夜を楽しみましょう!」
厨房から歓声が沸いた。と同時に、シェフ達は思い思いの食材を持ち出し、料理を作り始めた。
そして。
最後の客が帰った後のホールに、大量の料理や酒が並べられた。
そこにはシェル・レランのシェフ、スタッフが全員集合している。
がやがやと騒がしいのは、これから始まるパーティーへの高揚感からか。
全ての準備が整ったのを見届けて、マイクを握るのは、ライチ。
「あ、あ・・・えと、えと。音、大丈夫? よーし、じゃあこれから、シェル・レランのクリスマスパーティーを始めるよー!」
歓声が上がった。そして皆がワインの栓を抜き、グラスに注ぎ、それぞれの手に持つ。
「みんな、グラスは持った? それじゃシレーナさま、挨拶してくださいー!」
シレーナはマイクを受け取ると、にこやかな笑顔を浮かべた。
「まずは皆さんに、今年一年の努力を感謝致しますわ。」
再び歓声。それが途切れてから、再びシレーナは語り始める。
「言うまでもないのですけど、私たちはこの世界を支える裏方ですわ。ですけど、私たちが居るからこそ、この世界は成り立っている、そのプライドを忘れてはなりませんわ。」
ウォーっと、またあちこちで雄叫びのような歓声。
「皆さんも知っている通り、来年は変化の年になりますわ。きっと、ダイアロス島から旅立つ方も大勢居られるでしょう。ですけど、また来年もこのように、皆さんと杯を交わせる事を祈りまして・・・乾杯!」
「乾杯ー!」
「かんぱーい!!」
「乾杯。」
あちこちでグラスの触れる音が響き・・・そして喧噪が始まった。
シェル・レランのクリスマスパーティー。それはシェフ達が今年の労をねぎらい、また来年への活力を溜める為のパーティー。
わいわい、がやがやと騒ぎ立て、楽しみ、笑い、食べ、飲み、踊りあう。
そこには上下関係も、スキルの多い少ないなんて事も関係なく、ただ楽しんだ者だけが勝者。
長い、長い喧噪の夜が、更けていく。
この先も、より良い夜が続く事を、祈りながら・・・。
(第33章 完)