「突然ですけど、貴方をテスト致しますわ。」
椅子に座ったまま、部屋の真ん中で立っているライチに、シレーナが言った。
「テスト・・・ですか?」
「はい。貴方は、技術的には一人前のシェフを名乗っても良い頃ですわ。ですけど・・・本物のシェフには、もう一つ条件があるのですわ。」
シレーナは立ち上がり、部屋を歩く。そして、ライチの前まで来た。
「その条件とは、独創性ですわ。」
ビシッと人差し指を立て、ライチに言った。
「どく・・・そうせいじ?」
「違いますわ。ど・く・そ・う・せ・いですわ! つまりは、自分だけの料理、自分が開発した料理、となりますわね。要するに、貴方に新しいレシピを発見していただきたいのですわ。」
「新しいレシピですか? えと、えと・・・うーん。」
ライチは腕を組み、小首を傾げ、考える。
「ライチ君、別にここで今すぐというわけではありませんわ。それに、完全に一から作るわけでもありませんわ。」
そう言うと、シレーナは一枚の紙をライチに差し出した。
「ここに、新レシピの一部が書いてあります。ライチ君には、残った文字を頼りにこの新レシピを解明して、作ってきてほしいのですわ。できますわよね?」
○○のテンプラ
材料:[?]、[?]の卵、ソウル オブ [?]、[?]
受け取った紙には、こう書かれていた。
ライチは自室へ戻り、紙を見つめウンウン唸る。
「テンプラ・・・って、えと、えと・・・何だろう?」
ぴょんとベッドから跳ね上がると、向かった先は・・・カマロンの元。
「カマロンさん、あの、あの、テンプラってどう作るんですか?」
「おや、ライチ君。テンプラですか・・・どうやら、お嬢様のテストを受けておられるようですな。残念ながら、私からはお教えできませんな。」
そう言って、カマロンは背を向ける。
「えー、お願いします、カマロンさんー。」
ライチは眉を寄せ、困った表情を浮かべてカマロンにすがりつく。
しかし、そのライチの首を摘み、ひょいっと持ち上げ、横に置いた。
「ダメなものはダメですぞ。」
そう言って、歩き出す・・・が。そこでボソッと、呟いた。
「・・・そういえば、このダイアロス島に『イ・オーフェン』と名乗る者がおりますな。彼ならテンプラを知っていると思いますが・・・まあ、これは独り言ですがね。」
「はあっ、はあっ・・・やっと、見つけた。」
場所は変わって、ここはイルヴァーナ渓谷、名も無き滝の滝壺。
「おや、拙者を捜しておったのでござるか? それは光栄でござるな。」
滝壺にゆらりと蠢く、黒い物体。それが言葉を発してきた。
それはライチが、知り合いの旅人に片っ端から尋ね回り、居そうな場所を歩いて回り。
ようやく見つけた相手だった。
「イ・オーフェンさんだよね、ね? ていうか、そうじゃなかったら怒るから!」
「ははっ、怖いでござるな。確かに拙者は、イ・オーフェンでござる。何か用でござるか?」
滝壺の黒い物体が、ずぞぞぞっと這い出てきた。それは確かに人型、黒装束のヒューマンだった。
「あのですね、えと、テンプラってどうやって作るのか、知っていますか?」
「テンプラでござるか? 懐かしいでござるな・・・あのサクサクとした食感、油の味・・・故郷に帰りたいでござるな。」
「あ、あの・・・。」
ライチがオーフェンの黒装束を摘む。
「っと、話が逸れてしまったでござるな。テンプラは、食材に小麦粉をつけ、溶いた卵を絡ませてから油で揚げればいいのでござる。」
「食材は何ですか?」
「食材は何でもいいでござるよ。揚げてみれば美味しいかどうか分かるのではないでござるか?」
「なるほど、分かりました! ありがとうございますオーフェンさん!」
しかしオーフェンは目を瞑ったまま。頭巾で見えない口から「ふっふっふっ」という言葉を漏らし。
見得を切った。
「しかし、それだけではないでござる! この国でテンプラを作るには、どうしても必要な物があるでござるよ。それがこの『ソウルオブヤマト』でござる!」
テテテテン!
どこかで聞いたことがあるような音楽と共に、オーフェンの懐から巻物が現れた。
「これを使えばあら不思議、使った場所がヤマト国の風土になってしまうのでござる。そこでヤマト国の料理を作れば、本場の物と変わらない出来映えになるでござるよ。今ならたったの80000ゴールド! ・・・ってあれ?」
滝壺にはいつの間にか、オーフェンしか居なかった。
ライチはというと・・・。
「こっむぎこー、たっまごー、えと、他の国の料理だからソウルオブなんとかー。」
と歌いながら既にレスクール・ヒルズを走っていたのだった。
早速シェル・レランに戻ったライチは、倉庫から小麦粉とヘビの卵を取り出した。それと、書庫から勝手にソウル系の書物を持ち出し、キッチンへとやって来た。
えと、食材に小麦粉をつけて、溶いた卵で・・・アレ? 絡まないな・・・ヘビの卵じゃダメか。じゃあ、オルヴァンの卵がどっかにあったな・・・。」
試行錯誤を繰り返し。
繰り返し。
そして・・・。
「シレーナさまー、料理できましたー!」
元気よく、シレーナの部屋へやって来たライチ。
「あらあら、思ったより早かったですわね。」
「はい! がんばったもんねー。じゃあシレーナさま、ここに持ってきますか?」
「ええ、お願い致しますわ。」
ライチは部屋に飛び込んできた元気のまま部屋を飛び出し、廊下を駆けていった。
そのままのスピードで、お盆を持ったまま廊下を駆け戻ってくる。
「持ってきましたー!」
「あら、早かった・・・。」
そこでシレーナは、言葉を失った。
ライチが持ってきたお盆の上を見て。そこには・・・ライチの体よりも大きな、蟹の足のような物体が置かれていた。
「お待たせしました! タコのテンプラです!!」
ライチはそれを、ドンとシレーナの机に置いた。
確かにそれは、タコの足のような形をしていて。
確かにそれは、テンプラらしくカラッと揚がった衣を纏っていた。
「え・・・タコのテンプラですか? タコをテンプラにする発想は素晴らしいですけど・・・これはタコなのですか?」
「はい。多分タコです! 美味しいですよ。」
そう言うと包丁で丁度良いサイズに切り、皿に盛ってシレーナに渡した。
「どうぞ、シレーナさま!」
ニコニコ顔で、皿を差し出すライチ。シレーナはつい、それを受け取るが。
「(私が考えた岩茸のテンプラとは全然違いますわね・・・本当に食べられるものなのですか? この状況をミストに言わせると、神が与えたもうた試練、になるのですか? まあ・・・仕方ないですわ。)」
意を決したシレーナは、それを一口、食べた。
「・・・あら、思ったより美味しいですわ。」
想像外の美味しさに、思わず2口、3口と箸が進む。そしてあっさりと、皿は空になった。
「美味しかったですわ。ライチ君、この料理のレシピは何なんですの?」
「はい、この料理のレシピはこれです!」
タコのテンプラ
材料:[小麦粉]、[オルヴァン]の卵、ソウル オブ [ヤマト]、[カオスポーション]
当然の事ながら、再テストとなったライチであった・・・。
(第32章 完)