「どうかね、状況は?」
その女パンデモスは、わざとらしいほど大きな社長椅子に深々と座り、膝に乗せたミラクルキャットを撫でつつ聞いた。
「はい、ビスク及びネオクでのビラ配り、捨て看板設置などの宣伝活動はほぼ完了いたしました。後は当日を迎えるのみとなります。」
黒髪の女コグニートは、手に持つバインダーに挟まれた資料を読みながら、淡々と答えた。
「そうか。ご苦労だった。当日は何人ぐらい集まるのかね?」
「事前調査によれば、40人程度の出場が見込まれます。いずれ劣らぬ猛者ばかりかと。」
「そうかそうか・・・それは楽しみだのう。ふっふっふっ・・・」
その日は、とても晴れやかであった。例えるとしたら、絶好の野外仕事日和といった所だろうか。
そんな蒼天の下、ビスク中央のアルター前。その手につるはしやら収穫鎌やら、木こり斧やらを携えた冒険者が集まっていた。
その数ざっと、40人。
と、そんな中。場違いさを隠しきれないレラン装備のライチが、アルターの柱に背をつけぼーっとしていた。
「ライチ君、明日コーラルでイベントが行われるので、参加してきて下さいませんか? 声をかけて頂いた以上、断るわけにはいきませんから。」
昨日の夜、シレーナから言われた言葉である。
イベント、という言葉に飛びついたライチは、一も二もなく参加したのであったが・・・。
内容を、知らなかった。
「うーん・・・まさか採取する人と生産する人のお祭りだとは思わなかった・・・。」
自前で材料を調達する関係上、ライチにも多少なりとも採取の心得はあるのだが、さすがに専門家には敵わない。
イベント内容が書かれたチラシを手に、ちょっとうなだれるライチであった。だが・・・。
場面は変わって、ビスクのアルターが眺められる建物の最上階。
「ほう・・・沢山集まっておるな。ふむふむ・・・ほとんどの者が、3次シップ装備を手にしているの。確かに、いずれ劣らぬ猛者ばかりのようだな。」
「はい。資料によりますと、参加者は全部で45名。そのうち採取系及び生産系の3次シップ者は36名に上ります。」
「そうかそうか。それほどならば、きっと儂の理想とする選手も居るだろう。」
女パンデモスは、ミラクルキャットを撫でながらニヤリと笑った。
「失礼ですがこるせあ社長。今更なのですけど、何故このようなイベントを企画されたのですか?」
「おお、そういえば話してなかったな。なあ、ポルガラ君。今年のダイアロス・野球シリーズの結果を知っているよな。」
「はい。ビスク野球リーグを制した我が社のビスク西・シロクロタイガースは、ネオクリーグの覇者グロムスミス・イワホリーンズに4連敗を喫しました。」
と、その瞬間。無駄に大きな高級机がドン!と大きく鳴った。
こるせあ社長の拳が、叩きつけられたのだ。堅く握られたそれは、わなわなと震えている。
「その通りだ! この屈辱・・・この恥・・・このままでは済まされん! そこで私は考えたんだ。何故彼らが強かったのか。それは恐らく、採掘で培われた鋼の腕力がものをいったのではないか、と。」
「は、はぁ・・・。」
「そこでだ。私は採取系の冒険者から新たな選手を開拓する事に決めたんだ。採掘者はその腕力から豪快なバッティングをするだろう、伐採者はそのフォームから素晴らしい球を投げるだろう、収穫者はその姿勢から堅実な守備をするだろう。」
こるせあ社長は大げさな身振り手振りで、まるで演説のように説明する。
「社長、落ち着いてください。玄米茶です。」
冷静な秘書は、その言葉を聞き流しつつ、机に白黒柄の湯飲みを置いた。
「おお、ありがとう。では失礼して・・・ズズッ・・・ふう、落ち着いたな。さて、そろそろ開始時間かな。」
場所は戻って、ビスクアルター前。
コーラルのノアピースを身につけた冒険者達が、次々とアルターをくぐる。その中には勿論、ライチも居た。
その表情は・・・先ほどとはうってかわって、生き生きとしている。
「よーし、頑張るぞ! おーはそふとばんくのかんとくー!!」
テンションが高い理由は、ライチが持っていたチラシの中にあった。
説明文に、こんな言葉があったのだ。
『尚、採取者でない方は荷物を運ぶ仕事をお願いします。素早い方歓迎。』
そう、つまみ食いやシレーナの小言からなど、逃げるときの素早さはシェル・レラン一を自負するライチ。俄然、やる気になったのもうなずける。
参加者達はスタートラインに立ち。
銅鑼の音と共に、イベントは開始された。
ちなみにコーラルとはこのような場所である。
過去のビスク中央は、草が生え岩が転がり大木が立ち並ぶ、まだまだ整備前の状態だ。
その草を刈り岩を掘り大木を伐り、糸を紡ぎインゴットを造り木材を削り出す。
その数に応じて、依頼人がチップをくれる。ちなみにそのチップは現代においてはとても貴重で、好事家たちが競って買ってくれるのだ。
そして今回のイベントは、このような内容である。
採取者たちは草を刈り岩を掘り大木を伐る。それをライチをはじめとする運び屋が拾い、生産機械前まで運ぶ。その素材を生産者達が加工し、依頼人へ渡す。
貰ったチップを全員で分割し、それぞれの資産にして貰おう、というのが目的である。
また普段顔を合わせることのない採取者達に交流を持って貰おうというのも、このイベントの趣旨であるが。
真の目的が前述なのは、言うまでもないだろう。
参加者達は散り、それぞれの役割を果たし始める。その様子を眺める、こるせあ社長とポルガラ秘書。
「ほうほう・・・皆、いい動きをしているな。おお、あのパンデモスなんか力強いツルハシの振り方だな。あれなら年間30本はいけるぞ・・・。ほう、あのコグニートの収穫もなかなかだ。ゴールデングラブも夢ではないな。」
社長はホクホク顔で、イベントを眺める。
「ふむ、こう有望な選手が多いと目移りしてしまうな・・・ん?」
と、その時。社長の目に、ある選手・・・もとい、参加者が止まった。
緑髪の、場違いなレラン装備に身を包んだエルモニーに。
ライチは素材を手際良く集めると、ダッシュで生産者達に運んでいた。休むことなく、何往復も、何往復も。
「おお・・・ポルガラ君、見てみなさい。あの素早さ、あの手渡し方。彼は間違いなく、あのポジションの逸材だ!」
「はぁ・・・では彼もリストへ入れておきますか。」
「無論だ。このイベントが終わったら、すぐにでも交渉に入ってくれたまえ。」
イベントは無事に終わり、チップを手にホクホク顔で帰途に着く参加者達。と、その中の数人に、こるせあ社長の命を受けたスカウト達が声をかけた。
勿論、入団交渉の為である。そしてライチにも、その声がかかり・・・。
数ヵ月後。
今期のビスク野球リーグが開始された。
ライチは役割を果たす為、このグラウンドへやってきた。
ユニフォームに袖を通し、キャップを目深に被ると。
ベンチへ座る。
と、そこで監督に声をかけられた。
「おーい、ボールボーイ。お前の席はあっちだぞ。」
「あ、そーなの? ごめんなさーい。」
・・・・・・そう。ライチはボールボーイとして採用されたのだ。
ライチの説得に乗り出したこるせあ社長は、こう言った。
「ビスク東サケカップに、ミッキー君という犬のボールボーイが登場して、それはそれは人気が出たんだ。そこでうちも、人気の出るボールボーイを探していてな。どうだいライチ君、うちに来ないか?」
犬に対抗されている・・・という意識の無いライチは、社長の提示した給料に目が眩み、サインしてしまったのであった。
おまけ
「そういえば社長、何故伐採がピッチャーに向いているのですか?」
「ふふっ、それはクイズにしようかな。ヒントは彼らが使っている道具だ。」
(第30章 完)