「シレーナ様、見つけました。テオ・サート広場で露店を開いていた複製屋が、確かにアレを2冊、あのお方に売っておりました。」
 「シシシ、調べてきたデスよシレーナ様。睨んだ通り、地下墓地のダンテライオンからあの技書を一揃い、しかも2冊ずつ買ってたデスよ・・・こりゃ間違いないデスね、シシシ。」
 「シレーナ様、これってやっぱアレだな。アルビーズの森のヴェントからも、アレをアレだけ買ってたぜ。編集長としてこの事件をアレしない手はないな。」
 調査に向かっていたシェフ達が、ぞくぞくと帰還してくる。その手に携えた情報は、どれもシレーナの予想した通り。
 「これだけ証拠が揃えば、もう疑わない理由はありませんわ・・・ライチ君。全員を、ホールに呼んできてくれません事?」
 「あ、はい!」
 勢いよく、ライチはシレーナの部屋を出ていった。
 そして。
 ジョニーが、怪しい男が、睡蓮が、フランチェスカが。
 カマロンもグロポもライチも、そしてシェフ全員が。
 ホールに集まった。
 「犯人が分かったって本当ですか?」
 「一体誰がやったんだ? ここまで来て自殺でしたとか言ったら笑うぞおい。」
 「・・・本当に、誰だか分かったの?」
 ざわめくホール内。扉が開いて、ここの主人が入ってきた事を誰も気付かないぐらい。と、その騒ぎをうち消すかのように、凛としたシレーナの声が響いた。
 「お静かにお願いします。」
 シレーナは事件があったテーブルの前まで歩き、そして振り返った。
 「皆さん・・・この事件のレシピは、解明いたしましたわ。」
 シレーナは力強く、はっきりと言い切った。
 先程よりも大きなざわめきが、ホールに響く。
 そして、シレーナはその細い腕をすうっを水平に持ち上げ、人差し指で指しながら、言った。
 「怪しい男様、ジョニー様、フランチェスカ様、睡蓮様・・・あなた方4人全員が、犯人です。」
 
 フードを被った男が、シレーナの前まで進み出た。
 「ちょっと待てよ、何を証拠にそんな事を言うんだ!」
 青髪のコグニードも、慌てたように言い返す。
 「そ、そうですわよ。何で私がそんな事を・・・。」
 ジョニーもフランチェスカも、口々に不満を言う。
 その言葉が一通り終わった所で、シレーナは口を開いた。
 「この事件の最大の謎は、ジャスティン様が何処で毒を飲まされたのか・・・その一点でしたわ。そして、その毒はワインに入れられていたのですわ。そして毒を入れたのは・・・睡蓮様、貴女ですわね。」
 いきなり名指しされ、ビクッと驚く睡蓮。だが首を横に振り、そして反論した。
 「そ、そんな事しませんわ。何を証拠に・・・?」
 「証拠はこれですわ。」
 そう言いながら、シレーナは毒が入っていた小瓶を取り出す。
 「どうですか睡蓮様、この瓶に見覚えはありませんか?」
 睡蓮は再び首を横に振る。
 だがシレーナはそれを意に介さず、話を続けた。
 「この中には致死量の3.5倍の毒が入っておりましたわ。恐らく貴女がお酌をする為にコルク栓を抜いた直後、この小瓶の毒を入れたのですわ・・・ほらこの通り、手の平に隠せば、誰にも気付かれず毒を入れられますわ。ワインボトルも色が付いておりますし、恐らくホール係の者も気付かなかったのでしょう。」
 シレーナは親指と手の平で小瓶を隠すように握り、ワインボトルへ注ぐ様を実演する。
 「他に毒を入れる手段はありませんでした・・・ですから、貴女が毒を入れた事に間違いはありませんわ。」
 「ちょっと待った!」
 ジョニーが大声で、シレーナの言葉を遮った。
 「何でしょうか?」
 「それはおかしいです、ミス・シレーナ。もし万が一ミス・睡蓮が毒を入れたとすると、一緒に飲んだ私や怪しい人も死んでしまうではないですか。」
 再び、ホールがざわめく。
 「ええ、普通ならば、そうでしょう。ですけど、貴方と怪しい人様は、あるトリックを使って毒を無効にしたのですわ。」
 一呼吸置いて、言った。
 「テオ・サート広場の複製屋さんから、証言を得ておりますわ。先日、ジョニー様にドルイドの究極奥義の書を2冊、売ったと。」
 ジョニーの顔色が、みるみる青くなる。
 「それだけではありませんわ。貴方がアルビーズの森で、スキル40までの自然調和の技書を2冊ずつ、そして怪しい男様が地下墓地でスキル40までの暗黒命令の技書を2冊ずつ買っている事も分かっておりますわ。他は調べるまでもありませんわね。そして貴方達が夜中にそれらの練習を積んでいた事も、判明しておりますわよ。」
 「ちっ」
 怪しい男は表情を崩し、舌打ちを一つ。
 「つまりジョニー様と怪しい男様は、今日の為にドルイドマスタリーを得ていたのですわ。ですから、ジャスティン様と一緒に毒のワインを飲んだ、そしてワインの毒が見つからないよう、お肉を食べ終わる前にも関わらず、ワインを飲み干したのですわ。致死量の3倍以上の毒を用意した理由は、言うまでもないですわね。」
 「ちょっと待てよ。今の推理に矛盾があるぞ。ジャスティンは死んでないんだ。おかしいじゃねーか。」
 怪しい男が苦し紛れに抗議する。しかしシレーナは表情を変えず。
 「それは、貴方達の計画ミスですわ。ただ3.5倍の毒を入れればいい・・・と思った時点で間違っておりましたわね。毒とワインの比重が合わなかったのですわ。毒が浮いてしまったか、もしくは沈んでしまい、ジャスティン様は致死量以上の毒を飲むことなく死なずに済んだのですわ。少し甘かったですわね。」
 怪しい男は何も言い返さず、ただ唇を噛む。
 「あの、じゃあ私を犯人に挙げた理由は何なのよ?」
 その怪しい男を押しのけて、フランチェスカが進んできた。
 「勿論、理由はありますわよ。」
 シレーナは微笑みながら、フランチェスカを向く。
 「一つは、ジャスティン様のポケットに入っておりましたこの小瓶ですわ。これを入れる事が出来たのは、真っ先に駆け寄ったフランチェスカ様しかおりませんわ。恐らくワインボトルに毒を入れた睡蓮様から、ジョニー様、そしてフランチェスカ様へと小瓶の受け渡しが行われていた・・・誰にも気付かれないよう、机の下を通してですわね。」
 「で、でもそれって状況証拠だけじゃないですか。」
 「ええ、そうですわね・・・ですけど、お酒好きな貴女達がワインを飲まなかった、それだけでも十分な証拠ですわ。全員で飲んだら毒が薄まってしまいますし、何より酔ってしまったら毒をワンボトルへ入れたり、小瓶をポケットへ入れるといった細かい作業が出来なくなってしまいますわね。」
 フランチェスカは、何も言い返せなかった。
 「さて、私の言いたい事は以上ですけど、何か反論はございまして?」
 
 ・・・4人の誰からも、声があがる事はなかった。
 つまりそれは、自らが犯人であるという事を、明確に認めたものであった。


 そして。
 「おーい、皿洗い! ペース遅いぞ、ちゃっちゃと洗え!」
 「ちゃんとやってますわよ! そう怒鳴らないでくださる!」
 シェル・レランの厨房は、夕食時とあって、さながら戦場のよう。そんな中、一人の女エルモニーがシンクで一生懸命皿を洗っている。
 「この料理は三番テーブルさんだ。失礼の無いようにな。」
 「はぁ・・・はい、分かりましたわ。」
 青髪の女コグニートは、厨房とホールを行ったり来たり。歩きすぎで足が痛むが、注文と料理は待ってくれない。
 そう、この2人はフランチェスカと睡蓮である。
 シレーナの下した判決は「シェル・レランで一年間ただ働きの刑」であった。
 「あー、もう洗っても洗ってもー!」
 「あー、少しは休ませて欲しいですわー!」
 ぐったりとうなだれながら、弱音を吐く2人であった。
 一方、男2人はと言うと・・・。
 「うおおおおおお!!」
 バルドスの群れから逃げていた。
 「ええい、怪しい男、お前がちゃんと見張ってないからだぞ!」
 「へっ! ワイルドバルドス如きにそんな時間かけてるからいけないんだよ!」
 罵り合いながらも、器用にも足は全力で回している。
 「第一バルドスの肉を100個持ってこいって指令が無茶じゃねーか、おい。」
 「仕方ないだろ、マスター・シレーナからの指令なんだから、無理でもやらなければ・・・ってうわぁ!」
 イルヴァーナ渓谷に男2人の悲鳴がこだまするのであった・・・。
 (第27章 完)