テオ・サート広場の一角に、ライチがいつも露店を開く場所がある。
 今日もそこに、ソーセージやモヤシ炒めなどの売り物を持ち込んでいた。
 テオ・サート広場の人通りはとても多く、ライチの店には人々が次から次へと足を止め、品定めをしたり買っていったり。
 だがその光景は、ライチにとってはけっこう日常的なもの。だが。
 今日だけは、ちょっと違った出来事があった。
 ライチの店に、人間以外の客が来た。


 つぶらな瞳が、ライチを見つめている。
 大きな尻尾は、ブンブンと千切れんばかりに振られている。
 牙が覗く大きな口からは、「ハッハッハッ」と息を吐く音が漏れ、籐で編まれた手提げカゴが下がっていた。
 「・・・え?え?犬? どうして・・・お客さん?」
 ライチはとりあえず「いらっしゃいませ」と言ってみるも無反応。
 視線は変わらず、尻尾はパタパタ、口からはハッハッハッ。
 「えと・・・一体、何なんだろう?」
 大きなクエスチョンマークが頭に浮かび、ライチは首を傾げる。
 何の気なしにその手提げカゴを覗いてみると、そこにメモが入っているのを見つけた。
 それを手に取り、読んでみる。
 「ソーセージ20本、下さい。」
 と書かれていた。メモの下には、ソーセージ20本の代金、1800G。
 ライチは、呟いた。
 「あ・・・本当に、お客さんだったんだ。」
 
 「ありがとうございましたー。」
 駆けだしていく犬を、見送るライチ。
 ふと、テオ・サート広場に目をやると。
 ライオン、猫、鹿、白黒の虎。ドラゴン、オーク、エトセトラ・・・。
 沢山の人間に混じって、沢山の動物が歩いている事に、気付いた。
 「へー、結構動物飼っている人って、多いんだなー。」
 そして、ライチの心に、一つの欲望が生まれた。


 「ダメです。」
 しかし20分後、その欲望はシレーナの口によって、あっさり否定された。
 「えー、何でですか?」
 「何でではありませんわよ。料理人が動物を連れて歩いたら、衛生的に悪いではありませんか。それに、動物のいるレストランで、どなたが食事を取りたいと思うのですか?」
 ライチは、真っ向から反論する。
 「だ、大丈夫です! レストランには連れて行きません。料理の前には、必ず手を洗います。」
 だがシレーナも言葉を返す。
 「それに、ちゃんと世話出来ますの? ペットを飼うと言う事は、その動物の一生を面倒見るという事なのですわよ。一日だって世話を欠かせてはなりませんし、病気や怪我も全部貴方の責任で面倒見なくてはいけませんわ。生半可な考えで動物を飼ってしまえば、最後に本当に可哀相なのは、飼われた動物ですわよ。ライチ君には、それができますの?」
 「やります! 絶っっっ対にやります!!」
 ライチは真剣な目で、シレーナを見つめた。
 そして。
 先に折れたのは、シレーナだった。
 「・・・さっきの言葉に付け足して下さい。手を洗うだけでは不十分ですから、料理の前に着替える事。いいですわね?」
 「え? それって・・・飼っても良いんですか?」
 「ライチ君の言葉を信じますわ。」
 「・・・・っ、やったー!!」
 喜びの余り、部屋を飛び回るライチ。
 「やったー! 何飼おうかな? 犬? 猫? それとももっとすっごいのに・・・。」
 「ですけど!」
 シレーナの一喝。
 ライチは驚き、その動きをピタッと止める。
 「いいですか? 動物を飼うのですから、しっかりとした調教方法を学ばなくてはいけませんわ。そこで、私の知り合いに調教の名人がおりますで、教えを請いにいきなさい。彼からしっかり、調教方法を学ぶのですわよ。」
 
 シレーナから受け取った手紙を、渡す。受け取ったのはフォレールのギルドマスター・ガスト。
 ガストは怪しげに身をくねらせながら手紙を読むと、こう言った。
 「あぁ、シレーナ様からのお願いとあっては、僕らはこれを快く受け入れよう。何故なら、それが運命。」
 「えと・・・よろしくおねがいします(だ、大丈夫かな、この人?)」
 「あぁ、よろしく。さて、僕の役割はというと、君にアニマル・フェイタライズというスキルを教える事なんだ。知っているかい?」
 ライチは少し考え込むが、すぐ首を横に振った。
 「そうかい。それならば、まずはアニマル・フェイタライズの説明をさせて貰うね。このスキルは、動物と心を通わせて、友達になるスキルなんだ。どう、素敵だろ?」
 「・・・ええ、はい。」
 「ふふっ、理解して貰えて嬉しいよ。それじゃあ、さっそくやってみるね。おっと失敗失敗。その前に、僕のペットを連れてこないとダメじゃないか。」
 そう言うと、ガストはテントの裏に行く。
 そして、一頭の虎を連れて、戻ってきた。
 「どうだい、立派な虎だろう。こいつの名前はサヤマっていうんだ。僕の心強いパートナーさ。」
 褒められたのが分かったのか、サヤマはニヤッと笑って胸を張る。
 だが、すぐにその表情が変わった。ガストのやろうとしている事に、動物的勘で気付いたからだろう。
 「見て、ちゃんと覚えるんだよ。アニマル・フェイタライズは、こうやって動物と触れあって・・・。」
 そう言うと、ガストはサヤマに手を伸ばし、その顔や身体をなで回す。
 「おー、可愛いですね、サヤマー、可愛いよー。チュッチュッ・・・。」
 キスをし始めるガスト。思いっきり嫌な顔をするサヤマ。だが、その表情に気付いているのはライチのみ。
 そして、行動はエスカレートし・・・。
 「サヤマ、可愛いよサヤマー。うーん、ベロベロベロベロ・・・。」
 ついに、舐め始めてしまった。サヤマの顔が、唾液でベタベタになっていく。
 そう、その姿はまさしく、伝説のマスターテイマー・ムツゴ○ウそのもの。
 「よしよし、いいよー、可愛いよー。」
 我を忘れて、ペットを可愛がるガスト。ついに泣きそうな顔になるサヤマ。
 そして・・・それ全てを、唖然とした表情で眺めるライチ。
 
 アルビーズの森に、雪がちらつく。ランダル洞窟にも、白い粉雪が舞う。
 その恐ろしいアニマル・フェイタライズは、いつまでも止むことなく続いてたという・・・。
 (第21章 完→第22章へ続く)