「うーーーん。」
 炊きあがったライスを一口食べて、ライチは顔をしかめる。
 「おかしいなー。作り方はあってると思うんだけどな・・・。」
 鍋の前で、ライチは思案する。しかし、どこを間違えたのか、全く分からない。
 と、その時。
 「おやおやライチ殿、どうされたのかな?」
 ライチを見かけたカマロンが、その様子に気付いて声をかけた。
 「あ、カマロンさん。あの、ライス炊いたんですけど、パサパサして美味しくないんです。何でかなー?」
 「ほう、ライスですか・・・どれどれ、では失礼して。」
 手を伸ばし、ライスを指で摘むと、口の中へそっと入れた。そして味わうように食べる。
 しっかり飲み込んでから、カマロンは言った。
 「・・・成る程、分かりましたよ。ライチ殿はライスを炊く時、ミニウォーターボトルを使っておりますね。」
 「あ、はい。そうです。」
 「それが原因で御座います。ライスを炊く時は、ミニウォーターボトルを使ってはいけないのです。」
 「ええっ、そうなんですか? 何で何で?」
 困惑顔のライチを見て、カマロンはにこやかに笑いながら答える。
 「ミニウォーターボトルは、硬水なのです。硬水でライスを炊きますと、このようにパサパサになってしまうので御座います。」
 「え・・・こうすい?」
 首を傾げるライチ。構わずカマロンは話を続ける。
 「シェル・レランでライスを炊く時は、軟水を使用しております。軟水ならば、ふっくらとした美味しいライスが炊けるのです。」
 「え・・・なんすい?」
 今度は反対側に首を傾げる。
 「えと、えと、カマロンさん。じゃあそのなんすいって何処で買えるんですか?」
 「残念ながら、軟水は売っておりません。その代わり、軟水の採り方をお教えしましょう。」


 釣り竿と釣り餌を持って、ライチはレスクール・ヒルズへと足を運ぶ。
 向かうは北東、レスクール・リバー。
 カマロンの説明はこうだった。
 「軟水はレスクール・リバーの水源から湧く、湧き水で御座います。しかし水源から直接採取する事は難しいのです。そこでシェル・レランでは、川に住むグリードルに目を付けました。グリードルは綺麗な水を好む性質がある故、その腹から湧き水を採取出来るのです。」
 橋を渡り、坂を下り。アマゾネスから身を隠しつつ。
 目的地に到着した。
 「うわー、結構沢山居るなー。」
 川を覗くとそこには、掌ぐらいの大きさの魚が、数匹まとまって泳いでいた。
 色も形も、カマロンに聞いた通り。
 「あれがグリードルだな。よーし。」
 背負っていた釣り竿を降ろし、針に餌を引っかける。そしてポーンと、それをグリードルがいた場所付近へ投げ込んだ。
 程なく、浮きが反応。すかさず竿を持ち上げる。
 糸の先にはグリードル。地面に落ちてからもビチビチッと元気よく跳ね回った。
 「よーし、一匹目、げっとー!」
 ライチの釣りは調子良く。
 またたくまに数匹釣り上げる。
 その場所に魚が居なくなったら、場所を移して再び釣る。
 それを繰り返していた。


 何度目かの場所移動中。ライチは、川を覗き込んでいる人影を見つけた。
 「(あれ? 同じ釣り人かな・・・)」
 しかし、それにしては様子がおかしい。しきりに川を覗いているだけだし、何より釣り竿を持っていない。
 近づいてみると・・・その人の顔まで、はっきり見えてきた。
 「(エルモニーの女の子か・・・わー、すっごい可愛い。)」
 しかしその表情は、明らかに困った時に浮かべるものであった。
 思わず、ライチは声をかける。
 「あ・・・あのあの、どうしたのですか?」
 エルモニーの女の子はハッとしてライチを向く。だがライチの表情や服装を見て、ホッとしてから事情を説明しはじめた。
 「あのね・・・宝物、川に落としちゃって、取れなくて・・・。」
 「川に?」
 ライチが川を覗き込むと、川底にキラキラ光る物が見える。
 「あの光ってるやつ? それだったら僕が取ってきてあげるよ!」
 そう言うと、ライチは川に飛び込んだ。
 しかし・・・。
 「うわわわわわ!! 痛い痛い!!」
 すぐに川から飛び出してしまった。水面では何匹ものグリードルが、逃げていった獲物を睨み付けつつ、歯をカチカチと鳴らしている。
 「あ、あの・・・大丈夫ですか?」
 「ええ・・・だ、大丈夫だよ。」
 尻をさすりながらも、ライチは気丈に答える。
 「これじゃ、確かに取ってこれないね・・・。」
 その言葉を聞いて、女の子は下を向き、更に落ち込んだ表情を浮かべる。
 「(うーん・・・何とかしたいなどうしようどうしよう・・・ってそうだ!)」
 ライチは自分の手にある物を見て、思いついた。
 「そうだ! 僕がこの釣り竿で、ここのグリードルを全部釣っちゃえばいいんだ!」
 「え? そんな事が出来るんですか?」
 「えと、多分出来る! 任せてー!」
 そう言うとライチは、いそいそと釣り竿に餌を引っかけ、水面に投げ込んだ。
 程なくグリードルが一匹、気中に上がる。
 続いて二匹、三匹、四匹と。
 釣った魚を回収する手間さえ取らず、どんどんと釣り上げていった。
 そして。
 沢山釣った

 
 「えと・・・これなら大丈夫かな?」
 水中を覗いて、グリードルが見当たらない事を確認してから、ライチは再び川へ飛び込む。
 川底へ向かって泳ぎ、キラキラ光る物をしっかり握って、素早く浮上。
 「ぷはーっ・・・取ったよ!!」
 その物はライチの右手の中、太陽の光を受けて一段と光り輝く。
 それを見た女の子は、その表情を太陽に負けないぐらいの晴れやかなものに変えた。
 「(わわっ、笑うと更に可愛い!)」
 顔を赤く染めながら、ライチは水面を泳ぎ、陸へと戻る。そしてその物を女の子へ手渡した。
 「はい、取ってきたよ。」
 「あ、ありがとうございました。良かった・・・。」
 女の子はそれを、ギュッと両手で、大事そうに抱え込む。
 その表情に、更に更に照れながらも、ライチは会話を続けようと必死で言葉を考える。
 「・・・えと、それって、何なの?」
 「これですか? これはですね・・・。」
 そう言いながら、女の子はそれを胸の前で構えるように、ライチに見せた。
 「これは、オリアクス様の直筆サイン入りブロマイドなんです!」
 四角いガラスケースには、黒いサインペンで「歯ぁ食いしばれ!Oriax」と書かれた、暗使の元ギルドマスター・オリアクスの写真(爽やかな笑顔、白い歯が光ってます)が入っていた。
 「・・・え? オリアクスさま? っていうか暗使? っていうか趣味はそっち系なの?」
 頭の中でグルグルと、知りたくもなかった事実が回り、立ち尽くすライチ。
 ブロマイドを胸に抱え、いつの間にかウフフフフフと、ちょっと気味の悪い笑い声になった女の子。
 そんな二人の周りを、未だ回収されない何匹ものグリードルが、ピチピチと跳ね回るのであった・・・。
 (第16章 完)