発端は、BUSC(ビスク地下水路探索同好会)の緊急記者会見であった。
 「我々の調査によって、ビスク地下水路に新たなエリアが発見された。そこには未知のモンスターが大量にはびこっていたが、未知のアイテムや採掘エリア、また食材なども確認出来た。」
 その事実がマスコミを通じて冒険者達に広まり、一夜にして街には一攫千金を狙う冒険者達で溢れかえる。探索の準備をする者、道具を生産し売り出す者、護衛を募集する者・・・その日、ビスクは祭りのような騒ぎになった。
 そして。その余波はビスク港のレストラン、シェル・レランにもやってきたのであった。
 ビスクタイム紙の号外を、眼鏡片手に読むシレーナ。その目は、ある文字で止まっていた。
 そう、「食材なども確認出来た。」という文字である。
 「これは・・・すぐにでも調査しなければなりませんわね。さて、誰に任せましょうか・・・。」
 と、丁度その時。ドアがノックされた。
 「シレーナさまー、お茶を持ってきましたよー。」
 湯飲みと茶菓子を乗せたお盆を持って、ライチが部屋へ入ってきた。
 「あらあら、ありがとうですわ(ふふっ、丁度いいカモが来たわ)・・・そうですわ、ライチ君、ついでにもう一つ頼んでも宜しいかしら?」
 「はい? 何ですか?」
 「ちょっとビスクの地下水路を探索して、未知の食材を持ってきてくれませんこと?」
 「・・・・・・え?」
 
 厨房師装備にドラゴン装備を重ね、ウッディンポールを手に持ち、大量のワインを鞄に詰め。
 ビスク東の細い坂を、トコトコ歩くライチ。
 「ひどいなシレーナさまは、これってついでに頼む事じゃないよね、ね?」
 通りすがりの猫に愚痴をこぼすが、猫はニャーと一声鳴くと、我関せずと言った表情でそのままトコトコ走り去ってしまう。
 「はあー、でも何か持って帰らないと、シレーナさまにカミナリ落とされるしな・・・仕方がない、頑張っていこーかな。」
 ビスク東を抜け、ビクトリアス広場に入る。大きな彫像の間を通り、広場の中央へ向かうと、そこに大きな噴水がある。
 見ると、装備を固めた冒険者のパーティーが、次々と池に飛び込んでいた。
 実は地下水路の入口は、この池の排水溝である。ライチもまた、大きく息を吸って、止めて、そして池に飛び込んだ。
 排水溝までの短い距離を泳ぎ切り、水面から顔を出す。そのまま、地下水路の入口まで歩いた。
 すると、そこでは、先程のパーティーだけでなく、大勢の冒険者がまさにこれから探索を始めようと最後の準備をしている所であった。
 「うわー・・・これだけ居れば、未知のモンスターってやつもみんな倒してくれるかも。」
 ライチはこっそりと、ちょうど出発したパーティーについていった。
 しかし。
 「うわー、凄い凄い! こんなダンジョンみたいな部屋、一体何で作ったんだろう?」
 キョロキョロとチョロチョロしているうちに。
 ライチはいつの間にか、1人になっていた。


 地下水路でかっ

 そこは、地下ダンジョンにしては、あまりに大きすぎる場所だった。下にはレクスールリバーなんかよりずっと幅の広い排水路が流れ、天井は遥か上にあり、排水路を渡る橋が2本も架けられている。いや、崩れ落ちた橋を加えると、3本。
 ライチはその部屋の隅で、どうしようか悩んでいた。
 周りには誰もいない。遠くにはゴーレムが見える。
 ゴーレムに与えられた役割は、侵入者の排除。近づくと、無言で襲い掛かってくる。ライチでは到底敵わない。それほど強力な敵。
 だがライチは能天気だった。
 「ま、ワインもあるし。ゴーレムもしつこく追いかけてこないし。何より面白そうだし、探検してみよー!」
 ライチは周りをキョロキョロと見回して、敵がいないことを確認してから、ダンジョンを一歩、歩いた。
 と、その時。
 後ろから気配を感じる。独特の起動音、足音。ゴーレムの気配。
 早速ワインを取り出し、飲み干す。
 「・・・フフ、もう僕を襲うとはね。だけど僕の逃げ足に敵うかな? ゴーレム一匹程度だったら、簡単に逃げ切ってあげるよ!」
 と、格好よくライチが振り返ると、そこには。
 サンドゴーレム、ストーンゴーレム、ロックゴーレム。
 ロードランナー、アイアンゴーレム、シャドーストーカー・・・等等。
 計10体ものゴーレムが、ライチ目掛けて走っていた。
 「・・・フフ・・・なんで・・・こんなにいるの?」
 ライチは足の進むままに、全力で逃げ出した。


 「うわーん! 何で僕ばっかり襲ってくるのー!!?」
 階段を駆け下りると、そこには回りこんでいたシャドーストーカー。その漆黒の豪腕から繰り出されるラリアットのような打撃。ボーンレス(酩酊1 酔った状態で予測不可能な動きをして攻撃をかわす)で何とか避け、そのまま脇を抜けて更に走る。
 しかし前には、ロックゴーレムとストーンゴーレム。2体ともすでに腕を振り上げている。
 転がりながら2本の腕をかいくぐり、更に駆ける。
 「う・・・欠伸が出そう。けど止まったら・・・。」
 振り向くと、相変わらず追いかけてくるゴーレム軍団。
 歯を食いしばって、足の速度は緩めず、ひたすら逃げていった。


 何処だか分からない小部屋で、ライチは一息つく。周りには見知らぬパーティーと、先ほどまでライチを襲っていたゴーレムの残骸。
 「大丈夫でしたか? こんな沢山に追われるとは、不運でしたね。」
 チョッパーを持つニューターの戦士が、ライチに声をかけた。
 「はい・・・危なかったー。もうワインも切れちゃって、怖かったでしたよ。あ、あの、皆さんありがとうございました。」
 ぴょこんと、頭を下げる。
 「いえいえ、どういたしまして。」
 「ウチらもいい儲けになったよ。アイアンゴーレムが珍しいブーツ持ってたしな。」
 と、他の冒険者たちから声をかけられる。
 「(・・・そうだ、この人たちに頼めが、何とかなるかも!)」
 ライチは、魔法使い風の冒険者に、こう頼んだ。
 「ねえ、ねえ。リコールアルターだしてもらってもいいですか?」
 
 そして夕暮れ。
 ライチはバタバタとシェル・レランの廊下を走ると、シレーナの部屋に飛び込んだ。
 「シレーナさま、シレーナさま! 新しい食材、見つけましたよ! ほらほら!!」
 ライチは手の中の野菜を、シレーナに見せる。
 「あらあら、本当に見つかったのですわね。これは、もやしですわ・・・そしてこれは、こんにゃく芋ですわね。ライチ君、これはどこで見つけたのですか?」
 「え・・・あ、あの、えと、地下水路の奥の方・・・だったかな。」
 笑顔で答えるライチに、笑顔で受け答えをするシレーナ。
 「へー、そうですか。てっきりビスク西の露店かと思いましたわ。」
 「・・・え!!」
 凍り付くライチの笑顔。シレーナの笑顔は・・・コメカミに青筋が。
 「ジャニが見てましたわよ。ライチ君がビスク西で、冒険者の持ち帰った食材を買っていたと。」
 「あ・・・あはははははは。」
 「うふふふふふふ・・・・。」
 乾いた笑いのライチと、冷たい笑いのシレーナ。
 「もう一度、行ってらっしゃい。今度はちゃんと、収穫場所のマップをつけてね。」
 (第14章 完)