散乱した書類をまとめながら、鼻歌を鳴らしながら、ライチは大きな机の上を片づける。
 バケツから濡れ雑巾を取り出し、ギュッと固く絞る。そして、トンと机の上に乗って、そのまま雑巾がけを始めた。
 と、その時。コンコンと、部屋の中に音が響いた。
 扉が叩かれる音。
 そして声が聞こえる。
 「シレーナ様、失礼します。シレーナ様?」
 「え・・・えと、はい、ちょっと待ってください」
 空席の主に代わって返事をすると、机から飛び降りて、トトトッと扉まで走った。
 そして扉を開ける。
 「失礼します。ご機嫌麗しゅう、シレーナ様。本日もまた一段とお綺麗で・・・で・・・あれ?」
 と、そこまで言って、扉の外の人物は気がついた。
 扉を開けたのは緑髪のエルモニーで、机の前に座っている筈のシレーナが居ないと言う事に。
 「あの、シレーナさまなら、朝市に出掛けてますけど・・・。」
 「おっと、そうでしたか。わたくしとした事が早とちりをしてしまったようですね。」
 「はあ・・・そうですか。」
 ライチは、その人物を見上げる。
 背の高い、黒髪で男前なコグニート。何故か目を瞑り、髪をかき上げる仕草のまま止まっている。
 だが、何より特徴的だったのが。
 そのコグニートが何故か、身に纏っている服がパンツ一枚であった事であろう。
 と、そのコグニートから話しかけてきた。
 「君は留守番かな? ならばシレーナ様が帰ってきたら、私の部屋まで呼びに来てくれないかな?」
 「あ、はい、いいですけど・・・えと、貴方は誰ですか?」
 と、その問いに、大きなジェスチャー(恐らく絶望を表現しているのであろう)を交えながら、コグニートは叫ぶ。
 「何と! 君は僕の事を知らないのかい? このシェル・レランにおいて、未だ数人しか居ないゴッドの地位を持つこの僕を? ああ神よ、貴方は何故この僕に更なる試練を・・・って、もしかして君は新入りかい?」
 「はい。まだ入ってそんな経ってないです。」
 「そうか、成る程な。」
 と1人納得顔で頷く。
 そして、コグニートは右掌を左胸に当て、少し前屈みになってから、喋り始めた。
 「自己紹介がまだでしたね。わたくしの名はジャム。艶めかしく七色に輝く様から、近しい人からは”真珠の”ジャムと呼ばれております。どうぞお見知り置きを。」
 そう言って、深々と頭を下げた。
 「えと・・・ジャムおじさん?」
 ライチがそう言うと、ジャムはゆっくりと頭を上げ、左目を閉じて右手の人差し指を唇に当て、腕を伸ばしてそれをライチの顔の前まで持っていくと、チッチッチッとメトロノームのように3回動かした。
 「ふふっ、その手のネタは、言われ飽きてますよ。それより、君の名前は何ですか?」
 「え、あ、はい。僕はライチって言います。どうぞ宜しくです。」
 「ライチ君だね。ではライチ君宜しく頼むよ。」
 そう言って、ジャムはゆっくりと、扉を閉めた。


「ただいま。」
 「あ、シレーナさま。おかえりなさーい。あのですね・・・えと、えと。変な人がシレーナさまに会いたいって来ましたよ。」
 「あらあら、きっとジャム君ですわね。申し訳ないのですけどライチ君、呼んできてもらえませんこと?」


「ふう、困ったものですわね・・・。」
 仰々しく頭を下げたジャムが扉を閉めてから、シレーナはポツリと呟いた。
 「どうしたんですか、シレーナさま?」
 「ジャム君がまた厨房師装備を欲しいって言ってきたのよ。これで何度目でしたかしら、もう数えるのも億劫ですわ。神との戦いに精を出すのも宜しいのですけど、これでは服がいくつあっても足りませんわ。」
 そう言って、またため息をつく。
 と、ライチが声を上げた。
 「あの、厨房師装備って、みんなが着てる白と赤の服ですよね? 僕も欲しいです!」
 「あらあら、ライチ君も欲しいの? 勿論ライチ君にもあげますけど・・・条件があるのを、知っていますか?」
 「条件・・・?」
 ライチは首を傾げる。
 その様子を見て、シレーナはニコニコと笑いながら口を開いた。
 「ええ。ウチでは、それなりのスキルがあると認められたシェフだけにしか厨房師装備を支給してませんことよ。そうですわね・・・ライチ君が作った中で、一番難しかった料理は何ですの?」
 「難しかったのですか? ええっと・・・あ! 最近オムライス作りました。卵をトロトロにするのが難しかったですけど、成功しました!」
 「オムライスですか。美味しそうですわね。ライチ君も、大分腕が上がったようですわね。それでは、一番難しかった飲み物は何ですの?」
 「飲み物は・・・ええっと・・・最近あんまし作ってないかも。イチゴミルク・・・かな?」
 「成る程。醸造はまだまだですわね。それでは最後に・・・ちょっとそこに立っていてくれませんか?」
 シレーナが、部屋の中央を指す。
 「はーい。」
 と、ライチは元気よく返事をしてからそこに立つ。
 すると・・・。
 「万能なるマナよ、炎の玉となれ! マイナー・バースト!」
 シレーナはいきなり、呪文を唱えた。掌から火の玉が迸る!
 ドドーン!!!!
 部屋の中央で、炎が弾けた。もうもうと煙が上がり・・・それが晴れた後には。
 真っ黒なライチが、ベタな漫画のように、口から煙を吐く。
 「な・・・何をするんですか! ひどいですシレーナさま!」
 ライチが抗議の声を上げるが、シレーナは意に介さず、その身体の様子を見る。
 「呪文抵抗力は・・・ほぼゼロね。残念ですけどライチ君、まだ厨房師装備はあげられませんわね。」
 「えー、何でですか?」
 「厨房師装備をあげる条件は、厨房師のスキルを満たす事ですわよ。ライチ君はまだまだですわ。」
 「厨房師・・・?」
 再びライチは首を傾げる。
 その様子を見て、シレーナは少しだけ眉をひそめながら口を開いた。
 「ライチ君・・・前に、厨房師になるための究極奥義の書をあげませんでしたか?」
 「え・・・えと?」
 「グロボのクイズに10問連続で正解した時に、巻物をあげたではないですの。覚えていますわよね?」
 「・・・えと。」

 ライチは思考をめぐらせ・・・そして。

 全問正解!

「あ、はい! 思い出しました・・・けど、あの巻物は・・・。」
 「巻物は・・・どうしたのですか?」
 「えと・・・この間、炭に火を起こす時に・・・紙が無くって・・・えと、燃やしちゃいました。」


「えーん、シレーナさまー。もう手が限界ですよー・・・。」
 「駄目ですわよ。まだ34本しか書けてないじゃないですか。後66本よ。それだけ厨房師の究極奥義の書を書き写せば、ライチ君も覚えますわよね。在庫も少なかったですし、丁度良かったですわ。」
 「もう覚えましたー。だからシレーナさまー。」
 「だ・め・で・す・わ・よ!」
 日が暮れるまで、シレーナの部屋では泣き声が響いていたのだった。


【ライチの現在のスキル】
 料理:35.4
 醸造:13.1
 呪文抵抗:0.5
 厨房師マスタリー・・・未取得!
 (第10章 完→第11章へ続く)
 
 スペシャルサンクス→pearlJAMさん 七色