「はあっ・・・はあっ・・・や・・・やった・・・着いた。」
崖に身を寄せたり、岩影に隠れたり、木の後ろで立ち止まったり、川底へ潜ったり。
イルヴァーナ渓谷の川沿いを、おっかなびっくり下流へ向けて進み、歩き。
ようやく。
ようやく目的地へ辿り着いた。
小さな風車の柱を背に、ライチはペタッと地面へ座る。
程良い風が小さな風車に吹き付け、キコキコと車軸の擦れて鳴く音が心地よく響いてくる。
風はライチの頬を撫で、その汗をゆっくりと乾かしていく。
ゆっくり、目を閉じ。
呼吸を整え。
鞄からバナナミルクとローストスネークミートを取り出して、一瞬で消し。
クワを手にとって、立ち上がった。
キョロキョロと周りを見渡しながら、クワを振る。
遠くでは、青い飛竜に跨ったエルガディンの兵士が、青空に溶け込むかのように優雅に飛び回っている。
川向こうでは村を守るドワーフの兵士が、焼き尽くさんばかりの視線を辺りに向け、侵入者への警戒を怠らない。
湖では、身体を洗いに来たのだろうか、大きなグリフォンが水を派手に撒き散らしながらバタバタとはしゃいでいる。
一見、平和そうなイルヴァーナ渓谷。
しかし、数分後。
エルガディンの兵士は同じく飛竜に乗った反乱兵と激しい空中戦を繰り広げている。
ドワーフの兵士は村へ侵入してきた不届き物の冒険者と一触即発の状態。
グリフォンはその羽根と肉を狩りに来たハンターと一戦交えている。
そしてライチは。
「うわーん・・・もーやだよー、早くビスクに帰りたいよーー!!」
畑の側に立つ廃屋の影で、弱音を吐きながら身を隠していた。
「人参十個、玉ねぎ十個。これでいいよね、いいよね?」
ライチは誰に尋ねるわけでもなくそう呟くと、足早に畑を後にして・・・イルヴァーナ渓谷をダッシュで駆け抜けた。
勿論、誰にも見つからないよう、必死に身を隠しながら。
背負っていた籐カゴを床に置き、中の野菜を一つずつ取り出す。
人参、玉ねぎ。帰りがけ、レスクールヒルズで収穫したキャベツ。ネオクラングで買ってきたトマト。
「野菜サラダに使えそうな食材って、これぐらいだよね・・・よーし、作るかな!」
ライチははりきって腕をまくり、包丁を握った。
【ライチの3分間クッキング!】
(BGM希望:おもちゃの兵隊の行進)
①キャベツはよく洗って、千切りにします。
②人参も洗って皮をむいて、薄い輪切りにしてから千切りにします。塩を振って少し置くとしんなりするので、それで食べ頃になります。
③玉ねぎは皮をむいて薄くスライスして、水にさらします。盛りつける時はよく水を切ろうね。
④トマトも洗ってヘタを取り、くし形に切ります。8等分ぐらいが、一番食べやすいかな?
⑤見栄えよく皿に盛ったら、出っ来上っがり~!
「出来た!」
机の上に10皿、野菜サラダが並ぶ。どれも瑞々しい緑色の輝きを放ち、見る者のヨダレを誘発させる。
ライチはそれをお盆に乗せると、シレーナの部屋に小走りで持っていった。
「シレーナさま、出来ましたー!」
「あら、ライチ君、出来たんですの?」
大きな部屋の奥の大きな机の前で、羽根ペンを片手に持ったままシレーナは顔を上げる。
「はい、持ってきましたよー。どうします?」
「そうね、ではここに並べてくださるかしら?」
シレーナは眼鏡を外して引き出しに仕舞い、机の上に散乱している書類をかき集めて、スペースを作る。
そのスペースに、ライチは皿を並べた。
「あらあら、これは美味しそうですわね。それでは早速頂きますね。」
シレーナはどこからともなく箸を取り出すと、まずは手前の皿を手にとって、キャベツを摘み口に入れる。
続いて人参を、玉ねぎを、そしてトマトを口に入れた。
「・・・美味しいですわ。」
「本当ですか? 良かった!」
「ええ、ちゃんと10皿ありますし、クエストは成功ですわね。上出来ですわ。」
シレーナは箸を進め、皿を一つ空にする。そして2皿目に手を伸ばした。
「やった! ・・・ってシレーナさま・・・あの・・・え・・・?」
呆けるライチに構わず、シレーナは次々と箸を進める。3皿、4皿、5皿・・・。
「うーん、人参の塩加減もいいですわね。玉ねぎも瑞々しくて美味しいですし、キャベツも獲れたてですわね。」
そして、ついに。
10皿目が、空となった。
「ふうっ・・・美味しかったですわ。やはり人に作らせる料理は美味しいですわね。」
ハンカチで上品に口を拭きながら、シレーナは満足そうに微笑んだ。
「あ・・・あの・・・シレーナさま。」
呆けの世界から戻ってきたライチが、恐る恐るシレーナに問いかける。
「あら、どうしたのですか?」
「あの・・・僕の分は・・・無いんですか?」
「あらあら・・・もしかしてライチ君、これだけしか作ってなかったんですの?」
「えー! だってクエストは野菜サラダ10皿じゃ・・・。」
「何を言っているのですか? 私が食べる野菜サラダが10皿、って事ですわよ。ライチ君も野菜を食べなくてはいけないのですから・・・分かりますわね。」
翌日。
件の滝の上で。
膝に手をつき、ハアハアと大きな呼吸を繰り返す。スタミナは尽きかけて、今にも倒れそう。
だが、その最後のスタミナをつぎ込まんばかりの勢いで。
顔を上げ、叫んだ。
「シレーナさまの鬼ーーーー!! 年増ーーーー!!」
(第9章 完)