それは、案山子のような物体だった。
 わらを束ねて、十字架のような形に編まれているそれを、ライチはじっと見上げる。
 それは、アルビーズの森の中に、ポツンと突っ立っていた。
 「うわ・・・何だ、これ? 何だろこれ? 何だ何だ?」
 一瞬にして興味を持ったライチは、その物体の周りをグルグルと回ったり、上に乗ってみたり、つついてみたり、叩いてみたり・・・。
 しかし、それは何の反応も見せない。
 「何に使うんだろ、これ。不思議だな~。」
 その物体から数歩離れて、全体を見つめていると・・・どこからともなく、声が聞こえた。
 「ふふふ・・・少年、その案山子が気になるでござるか?」
 「え? 誰・・・? 誰か居るの?」
 「ふふふ・・・拙者が何処にいるか、分からないでござろう。その案山子について特別に教えてあげるでござるから・・・すまないが少年よ、どいてくれないか?」
 「・・・え?」
 そこでライチは気がついた。自分が踏んでいるのが、土ではなくもっと柔らかい何か・・・例えるなら、人の身体のようなもの・・・だったという事に。

 ライチが足をどかすと、地面と同じ色をした布の下から、黒い頭巾に黒装束、剣を背負った忍者風の女ニューターが現れた。
 「あ・・・ごめんなさい、こんな所に人が居るなんて思わなかったから・・・あの、大丈夫ですか?」
 「かなり痛い・・・いや、大丈夫でござる。踏まれるという事は、拙者の隠れ身が完璧だったという事でござる。」
 そう言いながら、女忍者はしかめっ面で赤くなった鼻の頭をさする。
 「ねえ、それよりそれより、これって何なんですか?」
 ライチはそんな様子を気にかける事もなく、案山子を指差してそう問いかける。
 「・・・まあ、いいでござる。これは、スケープゴードミミックという技に使う案山子でござるよ。聞いた事は無いでござるか?」
 ライチは少しだけ考え、そして首をブンブンと横に振った。
 「そうでござるか。では特別に教えてあげるでござる。スケープゴードミミックとは物まねというスキルの技でござる。」
 「物まね?」
 「何と、物まねも知らないでござるか・・・物まねというスキルは、声や人や自然などの真似をして、相手を攪乱するスキルでござる。スケープゴードミミックは物まねスキルの中難易度ぐらいの技でござるが、拙者にかかれば・・・えい!」
 ドロン!
 女忍者が、急に煙に包まれる。その煙はすぐ風に飛ばされるが、そこには。
 案山子があった。
 「・・・うわー、凄い凄い!!」
 ライチはそれを見上げてはしゃぎ回る。
 「ふっふっふっ・・・凄いでござろう。このようにして、相手の攻撃を外させるのでござるよ。拙者がどこに居るか分かるでござ・・・ぶ!!」
 はしゃいで、案山子の周りをグルグル回っていたライチは、再び土ではない何かを踏んのであった。


 鼻にティッシュを詰めながら、女忍者はライチを睨む。
 「あ・・・あの、大丈夫ですか。」
 「・・・平気でござる。拙者のスケープゴードミミックが破られたわけではないでござるかなら。それより少年、君は何をしにここへ来たのでござるか?」
 「あ、そうだ! シレーナさまに言われて、ジャガイモを掘りに来たんです!」
 ライチはクワを取り出し、女忍者に見せる。
 「そうか、君はシェル・レランでござるな。ジャガイモはこの森を南に行って、川を渡ってすぐの所に自生しているでござるよ。だが、そこら辺はスプリガンの縄張りでござるから、気を付けるでござるよ。」
 「はーい、分かりました!」
 ライチはペコリと頭を下げると、南へ向かって走り出した。


 「あ、あった!」
 川を渡ったライチは、シレーナに渡されたのと同じ、先の尖った大きい葉っぱを見つけた。よく見ると、その葉を付けた草は、川沿いに沢山生えている。
 「よし、掘ってみようっと。」
 ガスッ!
 クワの刃が地面に浅く刺さる。ライチは続けて2度、3度、4度と振る。刃は少しずつ地面に埋まるようになっていき、土は少しずつ掘り出されていく。
 そしてついに、薄黄色が土の中から、ほんの少しだけ顔を出した。
 ライチはクワを置き、素手で土を掻き分け、ジャガイモを手に取った。少しだけ力を込め、ブチブチっとそれを根から切り離すと、表皮についた土を手で払う。
 そして、それを高々と掲げ。
 「1個目、げっとー!」
 と叫んだのであった。
 「・・・さてと、次々。」
 そのジャガイモを鞄に放り込むと、さっさとクワを握りなおし、2つ目の草へ目を向けた。
 ・・・しばらくは、土を掘る音と、「○個目、げっとー!」という声だけが、川沿いに響いていた。
 
 23個目のジャガイモを鞄に入れた時、ライチはふいに足音を聞いた。川の向こう、森の中。
 「・・・ん、誰か来たのかな?」
 何気なく森の中を凝視する。すると、木々の隙間から、人影が2つ見えた。木漏れ日の光が、2人を照らす。
 「あれは・・・。」
 その人の肌は緑色で、耳は長く、背が小さく身体は丸い。とんがり帽子を被り、その身体に不釣り合いな程に大きい棍棒をかついでいる。
 それが何者なのか、ライチは知っていた。
 「・・・スプリガンだ!」
 スプリガンとは、アルビーズの森を根城にする種族。同じ森に住むオルヴァンと闘争を繰り広げているだけでなく、通りかかる旅人をも襲う好戦的な種族である。
 2人はだんだん、川へ近づいてくる。喋りながら歩いているようで、ライチには気付いていない様子。
 「どうしようどうしよう、このままだと見つかっちゃう。」
 ライチはキョロキョロと辺りを見回すが、隠れられそうな場所は無い。
 「どうしようどうしようどうしょうどうしよう!」
 ライチはパニックに陥り、意味無くジャガイモ畑や周辺をウロウロと走り回る。
 だが、その時。
 ジャガイモの草を見て。
 川の水面に映った自分の顔を見て。
 そして、あの女忍者の「物まねというスキルは、声や人や自然などの真似をして、相手を攪乱するスキルでござる。」という言葉を思い出し。
 ピンと、閃いた。
 「そうだ!!」
 
 ライチはジャガイモ畑の真ん中で、ピンと背筋を伸ばしてしゃがみ込む。
 「(ふっふっふっ・・・僕の姿は、ジャガイモ畑と一体になっている筈。これぞ必殺、ジャガイモ・ミミックでござる!)」

ジャガイモ・ミミック発動!  


 ジャガイモ・ミミック 物まねスキル0
 ジャガイモ畑に溶け込み、姿を消す。
 緑髪のエルモニーのみ使用可能。


 スプリガン達はついに、森を出て川に差し掛かる。
 だが。
 「キーキッキッキッ、キッキー!! ・・・キッキッキッ。」
 「ギ ギギギギッ、ギッギー!! ギギギ。」
 2、3言、何か言葉を交わすと、そのまま森の中へ引き返していった。
 
 スプリガンの姿が完全に見えなくなったのを確認してから。ライチは大げさに飛び上がった
 「やった! うまくいった! 忍者のお姉さんありがとー! スプリガンって意外にバカだなー!」
 ライチはジャガイモ畑の中で、笑い転げるのだった。


 おまけ。その時の、スプリガンの会話。
 「キーキッキッキッ(おい、あんな所にしゃがみ込んだエルモニーが居るぞ。)」
 「ギ ギギギギッ(ホントだな。もしかしてあれで隠れてるつもりなのか?)」
 「キッキー!(そんなわけないだろ、ハハハ!)」
 「ギッギー!(それもそうだな、ハハハ!)」
 「・・・キッキッキッ(・・・可哀相だから見逃してやるか。)」
 「ギギギ(そうだな。)」
 (第7章 完)