「ライチ君、ちょっといいかしら?」
 部屋でゴロゴロと丸まっていたライチを見つけ、シレーナが声をかけた。
 「ほえ? 何ですかシレーナさま?」
 立ち上がり、その元へトトトッと駆けていく。
 「ちょっとお使い頼まれてくれないかしら?」
 「お使いですか、いいですよー。」
 ライチは元気良く手を挙げた。
 「届けてほしいのはこの3つよ。チーズは、ラスレオ大聖堂のミスト様とイルミナ城の門番をしているガードのチョイさんに、ローストスネークミートは闘技場のアクセル様に届けるのよ。ほら、ちゃんとメモしなさい。」
 「あ、はい。」
 ライチはレシピノートを取り出すと、白紙の部分にそれを書き込む。
 「あと、三人の前に立ったら、こう言うのよ。ちゃんとメモしなさいね。」
 「はーい。」
 シレーナの言葉を一字一句漏らさぬように、ライチはペンを走らせる。
 「そうそう。あと、この手紙も一緒に届けてね。」
 そう言って、シレーナは宛名の書いてある封筒を三通、ライチに渡した。
 「はーい、分かりましたー。」
 ライチは元気良く手を挙げると、リュックサックにチーズとローストスネークミートと手紙を詰めて、レストランを出た。


 「お使い~ お使い~ はじめてのお使い~♪」
 ライチは即興音楽を口ずさみながら、ビスク港をトコトコ走る。
 「えっと・・・まずは、闘技場に行こう。また試合やってるかな~?」
 スロープを駆け上がって、ビスク中央へ入る。
 通路の樽をジャンプし、ラスレオ大聖堂にかかる橋を横目に走り抜け、魔法研究所の壁の上を歩く。
 そしてビスク西に入り、テオ・サート広場を駆け抜け、階段を飛び降り、真っ直ぐジオベイ闘技場へ進んでいった。
 
 「えっと・・・アクセルさま、シェル・レランからお荷物をお届けに参りました。どうぞご賞味下さい。」
 ライチはレシピノートに書き込んだメモを読みながら、ローストスネークミート入りの折り詰めをアクセルに渡す。
 「うむ、ご苦労であった。」
 「あ・・・あと、手紙があるんですけど・・・えと・・・(あれ、手紙って渡せばいいんだっけ? 読むんだっけ?)」
 ライチがオロオロすると、アクセルが声を荒げた。
 「どうした、まだ用があるのか?」
 「あ、は、はい。て・・・手紙があるので、えと、読みますね。」
 ライチは封を切ると、便せんを取り出し、文面を読み上げた。
 「アクセルへ。新緑の候、いかがお過ごしですか? このビスクに住んでいますと、貴方の活躍をよく耳にしますわ。随分と出世なされたようで、かつての上司である私の鼻も高いですわ。ですけど、私のシェル・レランに軍の食料を供給させようと考えるまで偉くなったんですの? 残念ですけど、シェル・レランは財政が厳しいので、そのローストスネークミートぐらいしか渡せませんわ。もしまだ欲しいのなら、私が交渉に伺いますわ。その時は、貴方がどれくらい強くなったか、闘技場で手合わせしてみませんこと? それはそれで楽しみですわね。それではお体にお気をつけて、ごきげんよう。シレーナより。」
 ライチは手紙を封筒に戻すと、アクセルに差し出した。しかしアクセルは座った体勢のまま、ピクリとも動かない。
 「あれ・・・アクセルさま、どうしたんですか? 風邪ですか?」
 「い・・・・いや・・・ななななな何でもないぞ・・・。」
 「だけど、もの凄い汗かいてるし、身体も震えてますよ? それに目も泳いでますし、顔色も・・・うわ、真っ青。」
 「えと・・・ラ・・・ライチ君だったか。ご・・・ご苦労だった。帰ってサー・シレーナ・・・いや、ギルドマスターに報告するとよい。」
 そう言うとアクセルは立ち上がり、ふらふらと歩きながら奥の部屋に消えていった。
 「・・・? まあいいや。次いこ。」
 ライチはさして気にせず、闘技場を後にした。


 イルミナ城の前で、ガードのチョイにチーズを渡した。勿論、手紙を添えて。
 特に何のトラブルも起きなかった。
 そう、何も。
 それはまさに・・・。
 何か起きたとすれば、ライチが去った後のビスク北西に、七賢者が降臨した事ぐらいだろう。
 
 広場を抜け、魔法研究所の壁をトトトッと走り抜け、木工屋を横目で見ながら、坂を駆け上がる。
 アルターが設置されている広場の端を走り抜けると、ラスレオ大聖堂とそこまで伸びる橋が見えた。
 「(あと一つ~ ミストさまに~ どっどける~ お使い~ お使い~♪)」
 鼻歌を歌いながら、その橋の手すりにトンと飛び乗って、バランスを取りながら歩き始める。
 「よし、このまま向こうまで行こう、っと・・・って・・・あれ?」
 しかし、ライチの道はすぐに途切れてしまった。
 行く手を遮ったのは、丸太のように太い、パンデモスの足。
 ライチは初め、「何でこんな所に立ってるの?」と不満を言おうとしたが、大男が手に持っている物を見て、すぐに興味がそちらへ移った。
 それは、釣り竿であった。糸は橋の更に下。池まで達している。
 パンデモスの男はその水面と浮きを見つめたまま、ピクリとも動かない。
 そして。
 その浮きが、少しだけ沈んだ・・・その瞬間、男は釣り竿をぐっと引き上げた。
 パシャァン!
 水飛沫と共に銀色の物体が水面から飛び出す。それは太陽の光をキラキラと乱反射させながら、綺麗な弧を描いて橋まで飛んできた。
 橋の石材に落ちてもまだ、パシャパシャと二,三度跳ねる。男はそれを掴むと、包丁を取り出して手早く捌き、身を鞄の中に入れた。
 「うわー、凄い凄い!!」
 一連の動きをポカンと眺めていたライチは、ついに感嘆の声を上げた。
 その声を聞いたパンデモスが、ライチに声をかけた。
 「何だ坊主、釣りに興味があるのか?」
 「え・・・あ、はい! やってみたいです!」
 ライチは元気良く手を挙げる。
 「そうか・・・なら、釣り竿と釣り餌を買ってくるんだな。この池に居るイプスバスなら素人でも簡単に釣れるぞ。」
 「本当? やりたいやりたい!! 釣り竿って何処に売ってるんですか?」
 「そこのアルター前に、洞窟があるだろ。その中にある雑貨屋で売ってる。」
 パンデモスはその方角を、そのごつい指で示した。
 「はーい、行って来まーす。」
 ライチは手すりの上でくるっと回ると、そのまま駆けていった。
 そして数分後。
 手すりの上を駆けて戻ってくる。
 「買ってきましたよ~。それでそれで、どうするの?」
 「まずは餌を針につけるんだ。それとな・・・。」
 パンデモスはぶっきらぼうに、だが丁寧に、ライチに釣りの仕方を教える。
 「そうだ。それを池の中に投げ込むんだ・・・よし、いいぞ。後はあの浮きが動いたら、勢いよく持ち上げるんだ。分かったか?」
 「はーい、分かりました~。」
 ライチはじっと、浮きを見つめる。すると、それは直ぐにピクッ、ピクッと動き始めた。
 「そら、動いてるぞ。引き上げるんだ。」
 「え、あ、はい! とう! やあ!!」
 釣り

 かけ声と共に竿を二度、三度と持ち上げる。そして、四度目に引き上げた時。

 バシャアン!
 水音と共に、魚が跳ね上がった。糸を引き、魚を手元に引き寄せる。
 「よし、それでいい。初めてにしては上手いぞ。そら、魚を貸してみろ、捌いてやる。」
 「はい、お願いします~。」
 ライチは針から魚を外すと、次の餌を取り付け、再び池へ放り込んだ。


 「シレーナさま、シレーナさま! ほら、見て見て! こんなに魚が釣れましたよ!」
 ライチはシェル・レランへ駆け戻ると、袋の中にある白身魚の切り身をシレーナに見せる。
 「あらあら、凄いですわね。今夜の賄いは白身魚の刺身かしらね。それよりライチ君・・・お使いは終わったのかしら?」
 「・・・え?」
 「アクセル様とイルミナ様からはお礼状が届いたのですが、ミスト様からは来てないのですよね。ミスト様は律儀な方ですから、何かしら届けられると思うのですが・・・。」
 「え・・・えと・・・あははははははは・・・・。」
 「ウフフフフフフ・・・・。」
 二人は暫く笑いあってから・・・。
 「す、すいませーーーん!!」
 脱兎の如く、ライチはレストランを飛び出していった。 
 (第5章 完)