今回もアーカイブスネタでまいります。


2009年5月に登城しました石川県小松市にある小松城跡です。


もともとは一向一揆勢の城跡から、丹羽長秀の家臣から秀吉の直臣に転じた村上義明(本当の名前は頼勝というそうですが)、そして長秀の子・長重の城となり、今の小松城の遺構につながる加賀前田藩の城となっています。


今の遺構は、その加賀藩時代、二代目藩主・利常の隠居城としての名目で築き直されたものとのことです。

本城、金沢城の2倍の城域を持つ小松城でしたが、遺構としてその場所にそのまま残っているのは本丸と天守台跡だけです。


○小松城


車で行き、確か駐車スペースがちゃんとありました。

先ほど述べた通り、残っているのが本丸と天守台だけなので、いきなり本丸跡の写真。


天守台が見えます。

立派な石垣が見れるのがせめてもの慰めというやつ。


もともとは水堀に囲まれた「浮城」のような城で、相当の規模を有していたようです。

江戸幕府の一国一城令の中で再建された城ですが、明らかに実戦を想定した縄張りを持っています。

それにしてもこれだけの規模の城を、よく幕末まで隠し通したものです。

今、残っているのはそのほんの一部なのですよ。


かえすがえす、石垣は立派です。


市の指定文化財のあかし。


で、これが天守台の上。ちょっと草ぼうぼう。


でも、そちこちの石垣は本当に立派によく残っています。


うーん、立派ですよ。

この石垣を見回っている時に、石垣の隙間から蛇が出てきたのを今でも覚えています(笑)


遺構としては、本丸の敷地のみで、天守台だけが残っているのは残念です。

しかし、残っている石垣は往時をしのぶに十分なレベルだと思います。

石川県のうち、加賀地方を回られるのであれば、ぜひ一度訪れてみてください。


○小松城とは?


もともとは1576年に一向一揆勢の一人、若林長門守によって築城されたものです。

当時、織田信長麾下の柴田勝家を主将とする北陸平定軍が加賀侵攻を行っていました。

1577年の手取川の戦いで一時加賀から柴田勢は撤退しますが、1578年の上杉謙信の死によって侵攻は本格化します。


その中で、1579年、この小松城も陥落。

村上義明が城に入ることになります。

賤ヶ岳の戦いの後の論功功賞で、丹羽長秀が123万石を領して北陸に入ると義明もその配下大名となりました。

長秀亡き後、長重が跡を継ぎますが、他の丹羽氏配下の大名たちと同じように、秀吉に事実上引き抜かれて直臣となり、6万5千石の独立大名となったのです。


1598年、義明は上杉景勝に替わって越後に入った堀秀治の与力を命じられて越後国本庄(今の村上市です)9万石に加増転封となり、旧主・丹羽長重が加賀・松任4万石から12万石に加増されて小松に移ります。

一時、北陸123万石の領主だった丹羽氏は、4万石まで減らされていたのです・・・。


このわずか2年後、関ケ原の戦いが勃発。

西軍に組みした長重は、東軍に属した前田利長(利家長男)と浅井畷で戦いました。

この関ケ原の戦いの一連の動きの中で、小松城は利長率いる2万5千の前田勢に包囲されますが、長重率いる3千の城兵はよく守りました。

また、当時から小松城は「北陸無双の城郭」と呼ばれるほどの堅城であり、大軍の包囲に耐えたのです。


浅井畷の戦は、大聖寺方面に出張っていた前田勢が、金沢に帰還する際、小松城の近くを通る必要があったことから発生しました。

長重は、大軍が一気に通れない畷の特徴を活かすべく、帰還する前田勢を浅井畷で待ち伏せしていたのです。

かなりの激戦になり、前田勢は苦戦しましたが、長連龍や山崎長徳の活躍で金沢に帰還することができました。


この後、利長と長重は和睦し、前田氏側の人質として小松城に送られたのが、利長の異母弟・後の2代加賀藩主・利常でした。

このとき、7歳であった利常に、長重が自ら梨を剥いて食べさせてくれたことを、利常は後年まで覚えており、梨を食べる時にいつもこの思い出の話をしたそうです。

利常が自身の隠居城に小松を選んだのは、この時の思い出があったからかもしれませんね。


結局、西軍に組みした長重は改易され、小松の地は加賀前田氏の支配下に。

その後も支城として活用されたようですが、1615年の一国一城令でいったん廃城になります。


1639年、利常は藩主の座を3代・光高に譲り隠居します。

利常は自らの隠居の地をこの小松に決め、城を再築。

隠居城とはいえ、大規模で実戦的な城として小松城を再興したのです。天守台には、天守の代わりに「御三階櫓」といわれる建築物があったようです。


1658年に利常が没した後は、城番を置いて管理していました。

1872年、明治の世になって、小松城は廃城となったのです。


○行き方


車で行く場合、北陸自動車道「小松IC」を降り、出口の小松インター前の交差点を右折して県道25号線を南下。

国道360号線と交差する「城南町西」の交差点を左折して国道360号線に入ります。

そのまま進み、「桜木町」の交差点を左折して用水路沿いの道を進みます。

ここまでくれば確か案内板があったはずです。

ナビなどの目印であれば、小松市役所や小松高校がいいと思います。

いずれも旧小松城の二の丸、三の丸にある施設です。


JR北陸本線「小松駅」から徒歩でも行ける距離だと思いますよ。