これからの日本には、変革型のリーダーが求められると思う。
年功序列型の社会が崩れてきているとは言われていても、まだ、諸外国と比べて、企業や政治のトップの年齢は高い。今、私たちが生きているのは激動の世界だ。
世界情勢は、めまぐるしく変わり続け、もはや旧来のやり方を通し続けることは不可能だ。
こんな時代に求められるのは、調整型のリーダーではなく、エネルギッシュな心を持った変革型のリーダーなのではないか。
しかし、日本は、変革型のリーダーの育成に、それほど関心を向けてこなかったように思われる。
また、多くの日本企業では組織の論理に順応することが第一に優先されてきたので、大きな裁量を求めて、官僚や大企業よりも、外資系企業に惹かれている人も多いと思う。
若い人が旧来のシステムを打破していかなければ、日本はこのまま世界の荒波の中でズルズルと沈没していってしまうだろう。

では、変革型のリーダーシップとはどのようなものなのだろうか。
変革型リーダーに必要なものは3つあると思う。
一つ目は、従来の枠組みに囚われることなく、大きなビジョンを描く発想力である。
優れた発想とは強靭な論理に支えられた上で、徹底的に考え抜くなかで生まれるものであると思う。
こうした能力は、若いうちから訓練していかなければ、永遠に身につかないだろう。
二つ目は、変革ビジョンを仲間に共有することができるコミュニケーション能力である。
自分が思い描いたビジョンに人々を感化させることができなければ、周りは付いてこないだろう。
自分のビジョンを他者に上手く伝える力が不可欠だ。
三つ目は、変革ビジョンに力強く向かっていく意志力である。
変革には壁が付き物だ。
自分が描いたビジョンに反対する者もいるかもしれない。また、今までになかった新しい問題が出てくるかもしれない。リーダーはこうした障害にへこたれず、根気強く、仲間と対話しながら問題を解決していかなければならない。

既存のシステムに乗っていくことは居心地が良いかもしれない。
しかし、それは、いつ沈むのかも知れない泥船だ。
誰かが、リスクを恐れずに、自分と仲間を変革の道へとモチベートしていかなければならない。
いまこそ、私たちはそうした変革を志したリーダーを目指すべきだ。
会話の醍醐味って、
自分の知識を論理で積み上げて、相手に披露し、
自分にない相手の知識と論理を吸収することだと思った。

褒めあって、いい気持ちになる。
慰めあって、元気になる。
言葉の掛け合いを楽しむ。

他にも、お喋りの効用もあるのだろうけど。

阪大法の野村アセットから内定もらったという人に就活の相談してきた。

ますます外銀に行きたくなった。

心に留めておくのは次の2つ。

・エビデンスを挙げて論理的に話す。
・面接官に対して、自分が実際に職場で働いているイメージを抱かせる。
思考にエンジンが入ったら、ガーと進むけど、
なかなか、とっかかりがないと考えることをサボってしまうな。

とっかかりを作るためにはフレームワークが有効なんだろうか。
問題設定ができればMECEして、ある程度のレベルまでは機械的に考えることができるのだけど。

問題意識を常に持ち続ければいいのか。
頭の中にパズルをいくつか用意しておこう。

慣れれば、思考のトリガーが引かれやすくなるのかな。
Ⅰどう生きるべきか(自己規範)
決定論、自由意思、正義、道徳とは

Ⅱいかに生きるべきか(方法論)
 問題解決の手法、歩み方

※厨二的発想と仮定しとけ(現実の規範と混同するな)
思考が止まった愚者になるな


主題:「いったい、私はどう生きるべき?」
素朴に考えれば、効用の最大化を目指せばいいと思う。→功利主義
 人に優しくあれ。→そう、生きることによって自己が効用を得るため。

考察の方法
①まず、どう生きるべきかを規定する。
②そのためには、いかに生きるべきかを考察する。
(目的設定→解決手法)

まずは、上記の素朴な考えを出発点として、
功利主義の他に、生き方の選択肢はあるのか考えていく。
例えば、正義、倫理、宗教とか・・・

ここで、一つの論点を提示しよう。

(正義、倫理の前提であるはずの)
「自由意思」は存在するのだろうか。
直感的には肯定したい。日常では、常に選択をしていると実感している。
仮に、自由意思が存在しないとすれば、道徳は存在しない。
努力をしても、結果は変わらない。むしろ、努力するかどうかの自由はない。

いくつかのアプローチを用いて、分析をしていく。

物理学的アプローチ
ニュートン力学では、世界は決定論的であった。ラプラスの悪魔(現在の全ての原子の位置と速度を把握している)はどんな未来も確定的に予見できるはず。
現代物理学におけるハイゼンベルクの不確実性原理。量子の位置は確率的にしか把握はできない。現代における決定論とは確率的決定論のこと。

脳科学的アプローチ
 要調査(感覚的実験と理論)

遺伝子学的アプローチ(補足)
  要調査(環境要因との関係性)

経済学的アプローチ
選好はあらかじめ、決まっている。もしくは、確率的に決定される。
  各々の選好に従って、インセンティブが発生する。
  初期条件が設定され、システムは動いていく。
パチンコ台のように、世界は流れていく。


【仮に決定論が真であると仮定する。】

以下の命題が成り立つ。
 ①歴史は必然である。 ←嘘(歴史は確率的である。∵量子論における不確実性)
 ②個人の”選択”(そもそも存在するのか)は未来に影響を与えない。
 ③タイムパラドクスは存在しない。(SF的視点) ←①と同様に嘘

では、これらの下で議論していこう。

 ①「個人はどう生きるべきか。」
→道徳、規範はあるのか。
    YES→「道徳、規範に従うべきか。」
     「そもそも、なぜ道徳に従わなければならないのか。」
     →①帰結主義(そうすることで効用が増す)
      ②義務論(とにかく従わなければならない)
      どちらにせよ、決定論の下では、人は生き方を選べない。

     NO→「どう生きる?あるがままに、無為自然?」
        こちらも選択肢は存在しないので、生き方は選べない。

 ②「宗教の意義は何か。」
   決定論の世界でも、信仰は有効であると思う。決定論と宗教は対立しない。
    ただし、信仰するかしないかの選択は存在しない、あるいは確率的である。
    つまり、救済されるかどうかは確率的である。

「決定論には抗えないのか。」
「私たちが普段行っていると考えている選択とは何か。」
脳からの電気信号→この電気信号は内生と外性の情報によって、決定される。
つまり、その時点(あるいは直前)における条件によって、導かれる行動は決まっている。

では、コイントスをして行動を決定すると想定してみよう。
このとき、人は行動を選択できない。しかし、決定論からも逃れられる。
投げる角度、速度を正確にコントロールできない。風や湿度も認識不可能。
→複雑系(カオス)により、結果は予測不可能。
→「行動は確率的に決定される。」=「確率的決定論」

「意思とは何か。世界に我々の意思は介在できるのか。」
意思を「ある行為を行おうとする自己の決定」とするなら、確率的に意思が決定される。
AとBという選択肢があるとき、Aを選ぶかBを選ぶかは確率的に決まる。

「努力をしようとする意志は幻想なのか?」
人は常に自分にとって最良の選択をする。
努力をすることと怠けることによる現在と未来の効用を自己基準で計算、選択する。

※物質とは別の意識(クオリア)が存在する。
↑神秘主義と変わらないのではないか。


【決定論が偽であると仮定する。】
(決定論が優位のため、分析の深入りはしない。)

「どう生きるべきか」については二通りの考え方がある。
①効用を最大化する
②何らかのルールに従ったうえで、効用を最大化する

 なぜ、あるルールに従わなければならないのか。
  ここでいう、”ルール”は義務論における行為規範とする。
  ∵ルールに功利的な根拠があれば、①に組み込まれるため。

 義務論で、そうすべきと決まっているのであれば、これ以上の分析は不可能。
 「なぜ?→そう決まっている→なぜ?」の無限ループ
 無理に答えようとすると帰結主義に陥る。
 人を殺してはいけない。なぜなら、それは禁じられていることであるからだ。
 カントの定言命法(前提条件があってはいけない)
 宗教における規範と類似している。
 
 宗教、義務論の存否は理性では知り得ない。
 宗教を理性的に否定できないのであれば、信仰するかどうかは賭けである。
 賭けを降りることは許されない。確率は50:50としか認識できない。

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メモ

「決定論」か「非決定論」を理性で選択することは不可能。
「非決定論」の存在の否定はできない。
→どちらを選ぶかは、信仰と同様に、賭けでしかない。

「正しいとは何か?世界の真理とは何か?」
これを設定することによって、行動規範ができる。

いかにこの問いに答えるべきか?
→考え方のプロセス、つまり行動規範が必要。

正解とは?→答えの求め方は?→正解とは?

無限ループに陥ってしまう。

前提条件を設定し、経験的にロジックを思考方法として使う。

この一連の思考方法は厳密には論理的でない。

ロジカルな思考方法をとることが、なぜ論理的であるのか。
→仮説思考

思考とは妄想だ
昨日はサークルの追いコンだった。

といっても、参加したOBはひとりだけ。
もうひとりは東京にいるそうです。


俺も1年後には、追い出される立場になるんだな。
それまでに、できることは何があるだろうか。

組織としての基盤を今年いっぱいで創り上げよう。


追いコン後は、カラオケ→ダーツ。


はしゃぎすぎたのか、今日は久しぶりに二日酔い・・・
朝一で食べた、インスタントの味噌汁が異常に美味しかったなぁ。
気持ちでは、

薮内道彦よりも、
佐藤可士和よりも、

クリエイティブに。

新歓ビラ作成中です笑


先日、北海道土産で、白い恋人の石屋製菓が出している美冬っていうお菓子をもらった。

包み紙がラメっていてすごく綺麗。

それ以上に、ミルフィーユと掛けているネーミングセンスが気に入った。

しかも社長の娘も美冬というらしい。

名付けた人すごすぎ・・・

$アオヤギのブログ-mihuyu
新歓に使うビラのキャッチコピーを考えていた。

コンセプトは、「楽しい」「成長する」

まず、思い浮かんだのは、

「学び、楽しみ、成長する。」

コンセプトのまんま(笑)

でも、これが、自分の目指すものだと思った。

しっくりと肌に馴染む。

漠然すぎる嫌いがあるけど、新入生の心に響くかな。

まだまだ荒削りだから、もう少しキャッチコピーについては考えてみよう。


キャッチコピーを考えるってのは、
論理的に考えるのとは少し違ったセンスが必要だ。

もちろん、ターゲットを意識して、コンセプトを練る段階までは、ロジカルな思考が要求される。

そこから、どんな言葉に落としこむかというのは、
どれだけ表現力が豊かかという感性的なセンスの領域だ。

プレゼンにも必要なことなので、身につけて損はないと思う。

そのために、色んな広告を見て、芸術を見て、
たくさんの本を読んで、会話をして、経験値をあげよう。

チャンスは、どこにでも転がっている。







「ODA(政府開発援助)―日本に何ができるか (中公新書)」読了。

日本と世銀、アメリカのODAの姿勢の違いが印象的。
前者は要請主義、後者はガバナンス重視。

ODAを効率的なものにするためには、適切な評価体制が大切。
評価とはいっても必ずしも成果を定量的に計算するこてができないので、
何らかの価値基準に乗っ取らなければいけない。

これとは、若干議論が逸れるが考えたことが1つある。

仮に、以下の2つの援助モデルがあったとする。

①国益30↑国際益100↑ ②国益10↑国際益200↑

政府はどちらを選択すべきか。

今のところの結論は、
政府あるいは国民が国際益をどう換算するかによって、
選ぶべきものは変わってくるということ。

人道的視点から批判することは可能かもしれないけど。


ところで、夏には、外銀のインターンが始まる。

それまでに、自分の思考力をどこまで深化できるかが勝負。

インプットも圧倒的に足りない。
経済学、経営学、社会学、法律学、自然科学 etc
思考力を洗練させるには、多様な知識体系を吸収することが求められる。

その上で、考えるセンスが備わっているかどうかが問われる。

常に、自分で問い続けていますか?
常に、PDCAサイクルを回せていますか?

英語も最近全く勉強できてないな。

後悔は無意味。

今後、どう行動するかだけに価値がある。

今日から最低1時間英語勉強する。
ブログに宣言することによって、自分を追い込む。

1日までは見逃すけど、2日連続でサボったら、赤十字に1万寄付する。
とりあえず、今後1ヶ月は厳守で。






 東北地方太平洋沖地震。東北関東大震災。炉心溶融。輪番停電。
 TVを付けると関連ニュースの報道が連日続いている。
 TwitterをはじめとするWebでもこの話題で持ちきりだ。

 11日に大阪で震度3程度の揺れを感じたときには、ここまで被害が広まるとは想像できなかった。
 正直、いまも遠くの世界で起こっているような。どこか現実感がない。

 俺は日頃、国のためなら、死んでもいいと思っていた。
 日本を、世界を、より良くしたいと本気で考えていた。

 でも、いざ、未曾有の危機が訪れると、周りのムードにイマイチ乗りきれなかった。
 Twitterで、「被災地が心配です」という雰囲気を壊すつぶやきをしようものなら、日本中から非国民扱いされそうだ。この空気。なんだろいまいち乗れない。
 
 俺が冷めてるということだろうか。危機感がないのだろうか。
 
 この落差に少し凹んだ。俺ってこういう人間だったんだと。

 いつまで、この空気が続くのだろうか。
 一刻の感情の盛り上がりで終わるのかもしれない。
 それでも構わないのだろう。

 でも、俺は常にやるべきことをやり続けよう。
 
 現状で、関西の人間ができることって、とても限られている。
 被災地への励ましと募金くらいしか今の俺にできることはない。

 被災していない俺らが無駄に心労を使う必要はない。
 できることを確実にやろう。被災地のためになることを確実にやろう。

 まずは募金からでも。やり続けよう。確実に。