昨夜の夜、私はよく冷えたスーパードライを飲みながら、TVのニュースを見ていた。「政治家の汚職」「少年の非行」に「失業問題」。相変わらず、世の中は気分を憂鬱にする知らせに溢れている。「やれやれ」と溜息をつきながら、もう一本のスーパードライを取り出すために冷蔵庫へと向かう。
 「あーあ、切れてる。」
 先週の週末に、古い友人と一緒に飲みあかしたのを思い出した。
 私と彼は気象大学校の同期であった。私は気象研究機関の調査員として研究をしている一方で、彼は環境省のキャリアとして働いている。
 先日会ったときの彼の疲れた顔を思い出した。2032年に世界132ヵ国で批准された「地球温暖化対策議定書」の対応に追われていた。目玉となる施策は重工業を中心として二酸化炭素を排出する企業に対して、放出する二酸化炭素は「二酸化炭素の回収・貯蔵(Carbon dioxide Capture and Storage、CCS)」という技術によって、回収することが義務づけられた。具体的には河川や海洋への溶解、深海底で水ハイドレートとして沈着させる方法などがある。日本では既に、企業が排出する95%の二酸化炭素は回収・貯蓄されている。
 世界規模で見ても、人間が人工的に大気中に排出する二酸化炭素は2010年と比べてみても80%減となっている。彼によると、「温暖化問題」というのも2000年代における「大気汚染」と同様に過去の言葉になりつつあるそうだ。

コンビニに買い出しに行こうと立ち上がった矢先に、受話器が鳴る。
「ナガサワ・・・」とかすれた声が言った。
「どうかしたの。そんなに慌てて、未来の環境省事務次官といわれている君らしくないじゃない。」
「からかわないでくれ。ナガサワの研究室に任せていたCCSの管理システムのデータを急いで送ってくれ。詳しい事情は後で説明する。」
「分かったよ。大切な友人の頼みだからね。」と言いかけるうちに、既に電話は切られていた。

 「やれやれ。」
 彼はいつも自分の用事を言うとすぐ電話を切る。そんなんだから女にすぐ逃げられるんだよ。私はデスクトップのパソコンを立ち上げ、目的のファイルを添付したメールを彼に送ると、ベランダへ出て、アメスピの8mに火をつけた。時刻は深夜の1時を過ぎていた。夜空には真っ赤なアンタレスが静かに輝いている。私は3年前、調査で行った南米の土地に思いを馳せた。昔から南米に対していくぶんロマンチックな幻想を抱いていた。もし、選べるなら、南米のどこか平和で小さな国で暮らしたいと思うこともある。

 目を覚まし、TVをつけると、2040年8月17日、世界の秩序は崩壊していた。世界の平均気温は前日より20℃下がっていた。日本のCCSシステムが何者かによって、ハッキングされ、日本が今まで貯蓄していた二酸化炭素が一斉に大気中に放出されたのだとアナウンサーは言っている。犯人は中東のテロリストあるいは新興宗教団体だとか。日本を含めて、世界の株価は暴落し、5年間は、世界中のあらゆる産業の機能が停止した。
 農業の収穫量は1/1000まで落ち、国中が食糧危機にあえいでいた。その中でも、食糧自給率の低い日本のあり様は飛びぬけていた。2045年には、日本の人口は5000万人まで減っていた。無政府体制が3年ほど続く。
 今日、仕事が終わったあと、私は東京タワーのよく見える自宅のリビングで、棚からマッカランのボトルを取り出し、流氷を削り取った氷を入れたグラスに注いだ。氷の中の気泡がぷちぷちと融ける音が心地よい。
 目の前のコスタリカの高官が証書を差し出してくる。
 「我々の計画は成就しました。」
 私は目を閉じ、深く頷いた。
 「これで、この腐った日本はあなたの望み通り、敗戦後のレベルまで落ちていく。」
 「あなたと私の望みでしょう。コスタリカ政府は紙同然まで落ちた日本国債を買い占め、日本の技術力、資本やインフラクチャーを心ゆくまで貪ることができる。まるでコンドルのようにね。」
 外の風は強く、空気は冷え込んでいた。この地球で人ひとりの人生にどれほどの価値があるのだろう。それでも、私には、日本の政治、経済の上に君臨する権力を手にする、という未来が待っている。暗黒卿が誰も知らない遠い世界でヒソヒソと笑っていた。
 



 あそこにいるのは自分とは全く違う世界の人たちだと思っていた。今でも、自分があの中にいることをリアルにはなかなか想像できない。うん、俺は一生刑務所には入らないと信じているのだろう。ただ、それは、倫理観が高いどうこうっていうより、頭の中にそういう選択肢が全く存在しないだけだ。そういう常識が刷り込まれていて、普通に就職すれば経済的にも困らない環境にいて。もし、俺が、大学に行けるほどの才能も環境もなくて、毎日が単純労働の繰り返しで、生きていくのがギリギリの経済状況にいたら、或いは、家族も友人もいないほどの孤独の中だったら、今の自分より格段に犯罪に走る確率は高いのかもしれない。決定論を支持して犯罪を肯定するつもりもないけれど、犯罪に走る確率みたいなものは、生まれ育ちと才能にかなりの程度決まっているのは事実だ。どの星に生まれるかで、犯罪に走るかどうかはある程度予測がついてしまう。そうした残酷な世界に我々は生きている。刑務所について何かを語るなら、そうしたことを理解したうえでするべきだ。
 限られた予算内で質の高い刑務所運営を行うことが、近年の課題であるように思うが、刑務所は司法制度の重大な一角を担っており、単に費用対効果を考えれば済む話ではない。また、犯罪者の更生にしても、刑務所の在り方だけで完結する問題ではなく、社会保障や雇用など社会モデルとして包括的に考えていく必要がある。景気が悪化すれば、再犯率が増加するということは、政府の社会保障次第で防ぐことができた犯罪が数多く存在するということを意味する。どれだけ、刑務所のスタッフが受刑者の更生を願い信じても、再び戻ってきてしまう。この問題を解決するには、心理学・精神医学・教育・職業訓練などを専門とするスタッフの充実も不可欠であるが、そこには社会保障と同様に莫大な予算がかかる。「善良な市民」の税金を、どれだけ刑務所に使うことを我々は許せるだろうか。PFI導入にしても、「経費削減」と「人権保護」のセンシティブな問題の延長線上にある。今の運営に無駄があるのであれば、無駄は削減すべきだ。運営の仕方次第で改善できるなら、改善すれば良い。ただ、最終的には「経費削減」と「人権保護」はトレードオフの関係にある。どこまで社会的弱者を政府が保護するかという議論は刑務所についても当てはめることができるだろう。それは、単に受刑者に対して快適な環境を与えるという問題ではない。どの程度、更生プログラムによって、罪を犯す確率の高い資質と環境の人を、普通の暮らしへ導くかという問題である。
 今回の刑務所見学を終えて、受刑者にまっとうな道を歩んで欲しいのに、なかなか上手くいかないという刑務官のもどかしさと悔しさを感じた。また、その役割は刑務所だけでなく、社会制度全体で担うべきだからこそ、その思いを共有するかどうかは別にしても、社会全体で考えていかなければならない。そういう意味で、少なくとも法学徒である自分が刑務所を見学し刑務官の話を聞くことができたことは貴重な経験だったと思う。
とりあえず、ブログを書こうと思い立ったけど、
三日坊主になる可能性大・・・

その前に、ものごとを継続することについて考えてみようと思う。

継続には何が必要か・・・

不屈の精神?
確固たる意思?
燃え上がる情熱?

革命を起こすわけではないので、
当然そんなものは必要ない。

とりあえず、自分が楽しんでいればいいんじゃない。

それができれば一番。

勉強にしても、それができれば苦労はしない。

でも、まずは楽しんでいこう。

そして、その上で、継続できる方法を考えていこう。

楽しむこと以外には習慣として定着させることが継続には必要。

習慣化するというのは面倒さを感じなくなることだから。

習慣化には何が必要か。

毎日繰り返すこと、つまり継続。

卵か鶏か。

だから、まずは一週間続けてみる。

もしできなかったら、1万円、赤十字に寄付してくるという枷をつけて。









このブログでは日々考えてることを言語化するために作りました。
方向性はまだ決めてないけど、使ってるうちに定まってくるんじゃないかなー

とりあえず簡単に自己紹介しときます

・国立大学法学部在学
・国際交流サークル代表
・彼女なし
・多分、変人

とりあえず、こんな感じで。
これからも徒然に書いていきます。