昔話003
中学生の頃、近所のO子さんが不登校になった。
原因はイジメではない。そもそも不登校という言葉は不適当かもしれない。
理由は、飼っている犬が病気で余命幾許もない状態だったからだ。彼女は、最期を看取ってやりたい一心で学校を休み、二十四時間傍らにいることを望んでいた。周囲も理解を示し、彼女の行動を妨げることはなかった。
その犬は彼女が生まれたと同時に、家にやってきたそうだ。
彼女が赤ん坊の頃、犬は常に隣で寝ていて、彼女が泣き出すと、いつも心配そうな目で見ては顔を舐めていたという。どこへ行くのも一緒だったらしい。まるで姉妹のように・・・。犬が年老いてからは親子のように過ごしたのだという。
彼女の家の前を通りがかって、庭に彼女がいた時、僕は挨拶しながら必ずその犬を褒めた。そうすることで彼女が本当に嬉しそうにするのを知っていたからだ。
僕自身も犬を飼っていたので、その気持ちを理解できたからだろう。
彼女が学校に来なくなって一週間くらいが過ぎた。病状は小康状態らしく、迎えがいつ来るかは誰にもわからなかった・・・。
そんな中、まさにバッドタイミングとなるのだろう。学校は修学旅行というイベントを向かえてしまった。
そのイベントの価値は、人によって異なるはずだ。
修学旅行を「くだらない」と切って捨てる人間もいるだろうし、一生の思い出になりうるものとして重要視する者もいる。通り一遍の意見で総括できるものではないだろう。ましてや、家族の命と天秤にかけられるはずもない。
ただ、その時周囲は彼女に旅行に行くことを勧め、彼女がそれを承諾したということだけは事実だ。
旅先での出来事である。
早朝、彼女は起き抜けに教師に家に電話させてほしいと言い出した。それを見ていた僕達は、犬の病状を聞きたいのだろうと考えたのだった。 しかし違っていた。
彼女は言った 「死んでしまったと思う、だから確認の電話をしたい」と。
電話した結果は、彼女が言ったとおりだった。昨夜、死んでしまったことは間違いなかったのだ。事実を知り、教師や、僕や、クラスメイト達は沈痛な表情を浮かべたままだったと思う。
その場を、重く暗い雰囲気が支配していた。
そんな中、こちらが驚くほど晴れ晴れとした表情で、彼女は言ったのだった。
「大丈夫、死ぬ前に私に会いに来てくれたから。昨日の夜、最期に会うことが出来たから」
皆、呆気にとられていたはずだ。教師も困惑していたと思う。
あまりの悲しさで、彼女が極度の混乱に陥っていると考えた者もいたようだが、彼女の言葉に異を唱えるものはいなかった。一人として、それをおかしなことと言いださなかった。
何か言ってしまうと、その犬の死と彼女の優しさを冒涜してしまうのではないかと感じていたのではないだろうか。
なによりも彼女の言ったことを、皆が信じてしまったのかもしれない。
深い絆が奇跡を起こしたのだろうと・・・。
そして、僕達はそのまま何事もなく朝食を食べ、予定を消化するべく観光地へと出発したのだった。
犬が本当に彼女に会いに来たのかどうかは、わからない。
心優しい彼女が、楽しい旅行に水を差すまいとして一世一代の芝居をうったのかもしれない。
本当のことは誰にもわからないだろう。
けれど僕達はそれを信じた。それでいいのだと思う。
原因はイジメではない。そもそも不登校という言葉は不適当かもしれない。
理由は、飼っている犬が病気で余命幾許もない状態だったからだ。彼女は、最期を看取ってやりたい一心で学校を休み、二十四時間傍らにいることを望んでいた。周囲も理解を示し、彼女の行動を妨げることはなかった。
その犬は彼女が生まれたと同時に、家にやってきたそうだ。
彼女が赤ん坊の頃、犬は常に隣で寝ていて、彼女が泣き出すと、いつも心配そうな目で見ては顔を舐めていたという。どこへ行くのも一緒だったらしい。まるで姉妹のように・・・。犬が年老いてからは親子のように過ごしたのだという。
彼女の家の前を通りがかって、庭に彼女がいた時、僕は挨拶しながら必ずその犬を褒めた。そうすることで彼女が本当に嬉しそうにするのを知っていたからだ。
僕自身も犬を飼っていたので、その気持ちを理解できたからだろう。
彼女が学校に来なくなって一週間くらいが過ぎた。病状は小康状態らしく、迎えがいつ来るかは誰にもわからなかった・・・。
そんな中、まさにバッドタイミングとなるのだろう。学校は修学旅行というイベントを向かえてしまった。
そのイベントの価値は、人によって異なるはずだ。
修学旅行を「くだらない」と切って捨てる人間もいるだろうし、一生の思い出になりうるものとして重要視する者もいる。通り一遍の意見で総括できるものではないだろう。ましてや、家族の命と天秤にかけられるはずもない。
ただ、その時周囲は彼女に旅行に行くことを勧め、彼女がそれを承諾したということだけは事実だ。
旅先での出来事である。
早朝、彼女は起き抜けに教師に家に電話させてほしいと言い出した。それを見ていた僕達は、犬の病状を聞きたいのだろうと考えたのだった。 しかし違っていた。
彼女は言った 「死んでしまったと思う、だから確認の電話をしたい」と。
電話した結果は、彼女が言ったとおりだった。昨夜、死んでしまったことは間違いなかったのだ。事実を知り、教師や、僕や、クラスメイト達は沈痛な表情を浮かべたままだったと思う。
その場を、重く暗い雰囲気が支配していた。
そんな中、こちらが驚くほど晴れ晴れとした表情で、彼女は言ったのだった。
「大丈夫、死ぬ前に私に会いに来てくれたから。昨日の夜、最期に会うことが出来たから」
皆、呆気にとられていたはずだ。教師も困惑していたと思う。
あまりの悲しさで、彼女が極度の混乱に陥っていると考えた者もいたようだが、彼女の言葉に異を唱えるものはいなかった。一人として、それをおかしなことと言いださなかった。
何か言ってしまうと、その犬の死と彼女の優しさを冒涜してしまうのではないかと感じていたのではないだろうか。
なによりも彼女の言ったことを、皆が信じてしまったのかもしれない。
深い絆が奇跡を起こしたのだろうと・・・。
そして、僕達はそのまま何事もなく朝食を食べ、予定を消化するべく観光地へと出発したのだった。
犬が本当に彼女に会いに来たのかどうかは、わからない。
心優しい彼女が、楽しい旅行に水を差すまいとして一世一代の芝居をうったのかもしれない。
本当のことは誰にもわからないだろう。
けれど僕達はそれを信じた。それでいいのだと思う。