東京世田谷にてカサンドラの自助会を開催しています。看護職ボランティア団体です。


私たちの団体は、看護職として働きながらボランティアとして【看護のチカラで元気にしたい】と自分たちの専門分野でできることを探して活動しています。


仕事と平行してやっているので

連絡はタイムリーにとれないこともありますが予約サイト経由でお問い合わせも可能です。

ご要望があったらお知らせください。



地方でのカサンドラの会の開催、オンラインでの開催も今後検討したいと思ってます。


今日のタイトルは

【陣痛のときのこと】です

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夫が発達障がいです。

と、思います。



診断されてないけど

きっとそうです。



尊大型っていうんでしょうか



それにプラスして

自己愛がものすごく強い人です



考えも行動も自己中心



自己愛性パーソナリティー障がいの

特性にも、


すごくあてはまります



結婚前も自己中心的でしたが

それほどひどくなかった



結婚してからは加速




結婚後、一度も

心の通った会話をしたことがありません



学生時代の友達からは

【究極の自己ちゆー】と



からかわれてました



友達の前では快活に笑う夫でしたが

私の前でみせる顔は違います



結婚する直前から

結婚の準備を始めた頃から



特に

違和感を覚えることが増えてきました



うまくやっていけるか

ずっと不安だった



周りは

マリッジブルーだと言っていたけど



私は違うと思ってた



その当時

婚約もひとつのイベントで

田舎で育った私の地域では

大々的に行われました



婚約前後から

夫に異変を感じてたから

結婚に迷いかあった



でも




うちの親は

ものすごい昭和な親



高圧的で怖い

婚約を破棄するなら


親との縁を切るくらいの覚悟が

必要だった




親の顔に泥を塗る気か!!と

絶対おこられる

一生言われ続ける



私は

追い詰められてた



破棄する勇気がなかった



そして

結婚した




妊娠した時あたりから

驚くようなことが増えてきた




妊娠による不調が続き

苦しんでいて



つらい症状で

横になっていると



氷のように冷たい言葉を

浴びせられる



冷たい言葉は

毎回ではない


普通の人が聞くと

優しい言葉に聞こえないかもしれないけど



私にしてみると

症状を聞いてくれるだけで

優しく感じちゃう




【氷のような冷たい言葉】は

時々口からでてくる



だから私は

【気のせい?】 

【妊娠中の妻にそんなこと言わないよね?】



それほど冷たい言葉なんです



普通、そんなこと妻に

言う人いないよね



そんなこといわれたら離婚じゃない?



そう思うくらいひどい言葉でした




気のせいと思っていたかったけど



そうじゃなかったみたい



決定的だったのは

出産の時、




陣痛が始まった



夫の職場に連絡した。



私はイヤだったけど

夫が立ち会いしたいと言ったから

珍しいことはしたがる人だったから



立ち会い出産にした



陣痛の合間に夫が到着



陣痛がないので

痛みはさほどない状態



普通に見える私をみて



なぜか夫はすごく怒ってる



夫が一言



【なんだよ、

まだ産まれないんじゃないか】



【やめてくれよな。

早くに連絡しすぎだろ】



【仕事を抜けたんたから、

今日産まれないなんてことがあったら

許さないからな】




冗談じゃありません

真顔です

しかもすごく怒ってます



そのあと

私に背をむけてつぶやいていました



【産まれないとか・・・、

本当に恥ずかしい

俺はそんな思いはしたくないからな(怒)】



ずっとイライラ

怒ってます



夫は、状況もわからず

陣痛の合間の私をみて

勝手に判断してましたが



実は

結婚生まれる直前で



そのあと2、3,時間ほどで

赤ちゃんは産まれました




陣痛の最中も



いたわりなんてものはなく



【それって普通のことでしょ】

【だってお産って正常だし自然なこと】




意味のわからないことを言って

携帯みたり、寝てました


生まれてからも

【お疲れ様】の一言もなく



父親になった自分に酔ってました



助産師さんたちは夫の様子をみて

【お仕事でお疲れなんですね】と

言ってましたが




たった数時間

出産に立ち会っただけです



私に浴びせた言葉と態度



本人にとっては

たった少しのこと



なのかもしれないけど



私には十分

悲しくて、悲しくて



20年以上たった

今でも



鮮明に思い出されます



発達障がいの特性と

理解している今では





本人の

自分の呼ばれたくない

タイミングに

私が連絡しちゃったんでしょう



イレギュラーなことに

対応できないんでしょう




とは思いますが



いつもほぼ無言



妊娠中

いたわりの言葉も何もないし



重い荷物は頼まないと持ってくれない

出産準備も一緒にやってくれない



ツラくても一人で耐えた


愛情を感じる行動もないのに



たまに言葉を発した

その言葉が



私の一番大切なときに

発せられた言葉が



あんな冷たいセリフ



悲しすぎます



今でも忘れません



忘れようと努力してきたことや

悲しい感情とともに



今でも忘れません

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私は助産師です



家族の誕生という

【その日】は

一生の思い出です


ツラい思い出も一生残ります



忘れようと努力しても

忘れられないことに悩んでいる

カサンドラさん


時間が解決してくれることもありますが



誰かに聞いてもらって

楽になることもあります



自助会をご活用くださいね