旦那と出会った当時の事です。

旦那は頻繁にワープロ(懐かしい!)で、何やらカチャカチャと打っていました。

旦那は趣味で戯曲や小説を書いていたのです。

 

「何してるのーピンクハート?」と声をかけると

旦那は真面目くさった顔で

 

「仕事中だ」と一言。

 

旦那は文筆家では有りません。

ただの小さな広告代理店勤務の社員です。

誰も旦那に執筆の依頼をしていないし、どこかに掲載される予定も有りません。

 

私は最初、冗談を言っているのだと思い

「何、言ってるの〜?」と言いましたが

旦那はムッとして

「書くのは、俺の仕事だ」と言うのです。

 

私は、誰かに求められたり、お金が貰えたりして初めて胸を張って

「仕事」と言えると考えていたので、

「ひょっとして私が間違っているのかしら」と一瞬頭が混乱しました。

 

しかし私の頭の中には、小っちゃな子どもが

「あたち、お花やしゃん」

「ぼくは、うんてんしゅだじょ」などと言っているイメージが浮かびました。

旦那も「ボクは作家なんだじょ」と言っているように見え、滑稽な感じがしました。

 

 

私は社会人として、やっぱりそれは違うと思い

「まだお金を貰ってないから“趣味”って言った方がいいな。

 将来、お金をもらえるようになったら“お仕事”って言えるね」と言ったのですが

「馬鹿にしてんのか」と低い声で言われ、この話は終わりになりました。

 

小説だけでは有りません。

映画を観る事、音楽を聞く事も然り。

旦那はサブカルチャー界への憧れが強く

サブカルチャーでお仕事している人に自分を重ね合わせ

いつしか自分も「○○ライター」みたいな、文筆家の端くれだと勘違いしていたのです。

 

しかし旦那は決して文筆家などではありません。

ただのサブカル好きのあんちゃんに過ぎません。

 

その頃は旦那に対する恋心も有り

温かい気持ちで

「この人は、まだ子どもなんだな。社会人としての経験を積めば現実が見えるかな」と思いました。

そこで、朝起きられない旦那を起こして仕事に送り出し

仕事で頑張れている事を褒め、

社会人としての意識を育てて行きました。

その結果、転職やバイト勤務を繰り返していた旦那が、

正社員として就職し、安定してバリバリと働きだしました。

 

「立派になったな〜。すっかり社会人だな〜」。

私は「もう旦那は大丈夫」と思いました。

 

ところが旦那は、突然仕事を辞め、フリーになり

ゴミ屋敷と化した自分の部屋を「俺の事務所」と呼び

「仕事」の名の下で、音楽を聴いたり、映画を観たりしています。

僅かな稼ぎにも関わらず

「俺の仕事に必要な資料だから」と、大量の書籍・CD・DVDを今でも購入し続けています。

 

旦那は根本的には、な〜んにも変わっていなかったのです。

 

夕食が出来ると、息子が旦那の部屋に「ご飯だよ」と知らせに行くのですが

旦那の部屋から戻ってきた息子は

「父ちゃん、音楽聞いてたよ」「DVD観てたよ」と言います。

 

それでも旦那は恥じる事はありません。

「音楽を聴いたりDVDを観たりするのも、俺の仕事だ」

本気で思っているのです。

 

旦那は、映画や音楽関連の執筆でお金をもらった事など一度も有りません。

自室で何やらカチャカチャと書き、Twitterで短文を世に送り出しています。

旦那の中では、その密かな活動が「執筆活動」であり「お仕事」なのです。

そしてそのTwitter、恐らく閲覧者は居ません。