週末は久々に時間を取り家族孝行モード突入。
最近家族で外出するケースがなかったので久々に押上へ散歩。
でっけー!!!!(鬼汗
なんか現実感が全く無い位の高さですwww
息子が「とうきょうすかいつりー!!!!」って連呼しながらダッシュしています。
超こっぱずかしいから止めてくれw
すると、嫁さんが「ここが観光名所なんだよね?」と質問。
ちっちっち。
甘い。
東京スカイツリーは確かに観光名所だが、ここは絶対に見なければいけない場所というのもあるのだよ(*`ω´)b
それはこれ。ドン!!
え?この駅何のこと無く利用していたというそこの貴方!!
勿体無いことしたねぇwww
ここは路線の変貌と共に姿形を色々と変え、遂には駅名まで4回も変わってしまうという数奇な運命を持つ駅です。
まず、この業平橋駅は東京スカイツリーの真下にあるので、完成後今年の春に「東京スカイツリー駅」として改称されますので、この駅名板はもうすぐ見納め。
実はこの駅は明治時代は「吾妻橋(あづまばし)駅」として開業、明治時代には「浅草」駅として旅客営業を再開しています。
この駅は一時期閉鎖されています。
その時代は伊勢崎線は曳舟から亀戸線経由へ伸び、亀戸駅を経由して何とJRに乗り入れして両国駅(当時の名称は両国橋駅)まで直通運転していたんです!!現地人も知らない人もいるびっくりネタですよね。
あ、ちなみにこの業平橋駅から浅草駅に向かって隅田公園まで行くと、そこには第二次世界大戦時代までは「隅田公園駅」もあったんですよ。
ですが戦時中に休止され東京大空襲により消失してしまいました。
そんな歴史を持つ伝統の駅名板をカメラに収めているのは俺一人。
どう見ても完全に鉄ヲタです。本当にありがとうございまs
ちがーう!! ヽ(;`Д´)ノ
この駅は他にも路線文化的に貴重なのよ。
まず、東京スカイツリーの場所はそもそも貨物ヤード跡地等を利用した敷地。
ここは1995年頃まではここを基点としたセメント貨物が走っていたんですね。
またこの駅は今利用されている高架ホームの他に10両編成対応の地上ホーム(上野駅みたいだね)も設置されていたんです。
これは半蔵門線直通が実現するまでの間、伊勢崎線系統の10両編成が浅草での折り返しが出来ないので、貨物駅の一部を使ってこの駅で折り返しをしていました。
それと、この駅は観光名所である側面と、半蔵門線系統・浅草線系統へのジャンクションとして交通の要所としての役割も増えたので乗降客は飛躍的に上昇、押上駅との合算が開始された2002年以降では実に利用客数は約2倍以上に増え、伊勢崎線系統では路線別乗降客数第3位と人口統計的に見ても極めて貴重n・・・
嫁「ふーん(*´σー`)」
カ「鼻をほじるな鼻を。」
長男「とうきょうすかいつりいいいぃぃぃぃぃいいいい!!!!(ш゜Д゜)ш」
カ「えーいうるさい!!お前はジョジョか!!!!無駄無駄無駄あああぁぁぁぁああああ!!!!」
とても楽しい週末でした。


