こんにちは カジノの歴史研究家 ルーレット美倫(びりん)です。
前回までは、トランプ大統領もカジノを経営していた、
ニュージャージー州アトランティック・シティの街が
どの様になったのかお話しました。
今回もトランプ大統領とカジノについてお話します。
日本人に、トランプ大統領と深いかかわり思った
伝説のギャンブラーの方がいました。
トランプ氏と同じ金融王。不動産王。
世界中で「ヴォーリアー」、戦士と呼ばれた、
山梨のハイローラー、高額を賭ける方、VIP客です。柏木照夫さん。
日本がバブル景気に沸いていたころ、
1990年1月オーストラリアの「スカイシティ・ダーウイン」というカジノで
「バカラ」というゲームで、
で約23憶の勝利。
わずか3泊4日の旅行のたった一晩で。
一回にこれ以上の金額は賭けられないへ限度額ぎりぎりいっぱい、
MAX額、約2400万円を賭け、17連勝。
29憶近い勝利を収めるのです。
そのカジノ史上最高額の勝利金額を叩き出しました。
これが、世界中で大ニュースとなり、
世界中のカジノからご招待のラブコールが送られます。
その中には、当時、
ニュージャージー州、アトランティック・シティで、
カジノを経営していたトランプ大統領もいたのです。
さて、1990年2月、
トランプ大統領は、自身が経営する、
ニュージャージー州、アトランティック・シティの
IR、ホテル型カジノ「トランプ・プラザ・カジノ&ホテル」にその方を招待します。
そしてその方は10時間の間に、約9憶円、バカラゲームで勝利します。
勝ったまま、帰られたトランプ氏のカジノは、カジノがオープンしてから、
最高額の損失をはじき出しました。
アトランティック・シティで最も財政の悪化したカジノに転落してしまうのです。
これでは、悔しいトランプ大統領は、リベンジに打って出ます。
彼に再戦を挑むのです。
また、3か月後1990年5月、
彼を「トランプ・プラザ・ホテル&カジノ」に招待します。
しかも、今度はカジノオーナーとしてだけではなく、
一緒にバカラゲームを行い、さしで対戦します。
途中までトランプ氏は劣勢でしたが、
結果、今度はトランプ大統領が勝利し、
その方は、約15憶負けてしまうのです。
そして、何とトランプ大統領は、
カジノオーナー、従業員が侵してはならない御法度をやってしまします。
トランプ大統領は、彼の名前、かけ金に関する情報を公表してしまうのです。
「彼はじつにギャンブルのプロだ。私は敬意を払います」。と。
その後どの様な事態になったのでしょうか?
さて、この続きはまた次回に。