もはやバイオリズムなんでしょう。

自分vs複数人の噛み合わせ、組み合わせ。


交わらないものは交わらない。


太古の文明から、星座という概念が何故生まれたのか、

なんとなく分かった気がする。


人間他生物は常に動き回っているので、

一見「星座」とは捉えられないけど、

慣用句で見るような「同じ星の元に生まれた」とか、

星が合う合わないはあると思う。


星と言っても金星とか火星などではなく、

ここでは「星座」という図形に拘りたい。



例えば双子座。


寄り添うように並んだ星が、

仲睦まじい二人の少年を表現している。



例えば天秤座。


バランスよくシンメトリに配置された星が、

あたかも大きな天秤に見える。



こうした図形を作る上で星の輝きが重要だったりするけど、

近くにもっと明るい星があるにも関わらず、

図形の中の1点としては除外されている星だってあります。




こういうのを占星術で「星が合わない」って言うのかなと。




近くて一緒に居るのに、

一つの図形にならない、なりきれない、なりたくない。


バイオリズムが進行する中で波長が合う日なんてのもあるけど、

それこそハレー彗星のような76年周期という激レア状態で、

一瞬花が開いたような関係になっても、

それはすぐさま枯れ落ち朽ち果てる。



どうやっても良好な関係を築けないとき、

一体どうすればいいのか。




うまく行くよう、

こちら「だけ」が譲歩出来る性格ではない。


えこだけが我慢して相手を気持ちよくさせてあげる必要は無い。


こういうものは「はっけよい」で無ければいけない。

お互いの譲り合う心が結びついて初めて良縁と言える。


「理解しよう」と歩み寄る気持ちが見られないならアウト。


もちろん「義務と権利」ではありますから、

えこから先に譲歩するのは全然構わないし、

今までもそうやってきた。


でもその結果、

相手が右肩上がりに付け上がる一方だとしたら?





























よろしい。
ならば戦争だ。





なんてアメリカのような、

短絡細胞的な発想になっちゃいけないのだけど、

どうしても強く「見限って」しまいますよね。


平穏を装い、無駄な会話はせず、業務的な関係だけに終始して、

いつでもカウンターパンチを狙っているような?






離れるしか無いんですよ。






でも離れるのが難しいのは、

環境が変わったその先に対する不安を考えるせい。


その不安と現状を天秤にかけたとき、

「我慢しよう」と決めてしまう。



きっとこの「我慢しよう」という選択は、

デフレスパイラルのようなダメなロジックなんだと思う。


我慢した結果、

あらゆる苦労を背負い込むことになるのは明白。


しかもそれは誰にも言えない気苦労と化してしまうのだから大変。

多分、欝まっしぐら。


ここまでは予想つく。

だから我慢はしない。



「機をうかがう」

これに尽きると思う。



それまでは仮面をかぶろう。



だって星が合わない人との未来を想像しても、

なんの星座も思い浮かばないんだもの。



しいて言えば、

パルサーの両極に位置して、

高速回転しながら離れていくような?