あれこれかってにゆうたろ -8ページ目

あれこれかってにゆうたろ

何の変哲も無い日常で思うこと、感じた事、旅の事など独り言を好き勝手に書き綴る。

自身の息子が超未熟児で生まれた瞬間から

私の変わらぬ願いはただ生きててほしいというだけ。

それは今も同じで何一つぶれていない。

 

発達障害、学習障害(LD)、ADD、視力障害、運動障害

いわゆる普通の人とは違いところが多い。

しかし本人は至ってハッピー。

 

一見だとわからない障害が多いので誤解されることが多いが

成人した今でも子供のような中身は変わらないが、反面とても素直で

平和主義者である。

 

人の支援なしに生活するには難しい面も多いが、自分でできることは少しずつ増えていっているように思う。

私もなるべく手をかけないようにして見守っているがもちろん後方支援は続けている。

息子の後方支援が私の人生になっていると言ってもいい。

それを大変とも思ったこともなく、親になった私の人生のほぼ全てと言っても過言ではない。

私の思いとは別に社会の受け止め方がかなり違うという経験は何度もした。

 

日本人って不思議な人種で、心の中では優しさを持っているのだが

空気感というか閉塞感でどこか障害者を別物として見るところがあって、同情はされるが何か違うと感じる。

これは紛れもなく日本の教育システムの欠落で

学校で道徳教育をいくらしても障害者は特別学校に入れて普通の学校とは別のところで生きさせるシステムになっている。

なのでいくら普通の学校で道徳を習い、心の優しさを養ってもその優しさを表現する場所を与えられないまま育っていく。

 

同じ学校の中で一緒に授業をうけ、必要ならば同じ学校内に特別支援クラスを設ければいいだけの話だ。

同級生たちが必然とクラスにいる障害者を支援する習慣が身に付くのだが、なんせ変化を嫌う日本の社会。

この部分も先進国と言い難く、今も何も前に進んでいない。

歯痒いがこれが日本の現状。

普通、普通と私も使っているが普通という単語は私にとってかなり意味が違う人生になっている。

 

世の中が障害者を特別視することなく社会の一員として役割を与え

暖かく見守ってくれる世の中になってくれることを願っている。

私が生きている限りは息子への後方支援は続く。

私の願いはただ息子が生きていてくれればいい、もう一つ願うならば健康で生きていてほしい。