日本女子奮闘記@ピサ

日本女子奮闘記@ピサ

18歳から現在まで、20年間海外を漂流し、
最終的にここ、ピサの田舎町に基点を置いた。。。
(ように見える)ジュエリー作家兼2歳児の母兼、
最近指圧二級(注*イタリア基準)した、
アラフォー日本女子の日々です。

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いてててて・・・・ガーン


目が覚めると、大将が横で、割烹着のような手術室に入る人用な物を着て、立っていました。

「寝ちゃったよ・・・痛みが戻ってきたんだけど?!あせる

と、言っていると、 若い知り合いの助産婦さん見習いさんが、

「力むのに、陣痛の痛みに合わせて踏ん張るDASH!から、最後のほうは

麻酔できないんだよ!」
 と、言って、

「もう、追加の麻酔、できないね。 もうすぐで、でてくるよ!」叫び

と、言いました。

一人の助産婦さんがまた戻ってきて、血圧を測っていました。 すると、上が180。

妊娠中いつも上が100だったのに、

ちょっと高くない?? というと、

「緊張してるからだよ!」(うそっっっ)


と言う答えが。束の間の不安。。。。ふーん・・・そういうもんかね、とひとまず納得。


その間も陣痛室のあたふた、込み合いは相当なもので、

先生、助産婦さんも、大忙し。 

真夏の8月、狭い部屋はクーラーがしてあるのに、相当な熱気・・・・メラメラ

大将は、あまりの込みように、一度廊下に出されてしまいました。

そこでは、破水していない、陣痛をやり過ごしている女性で、込み合っていたとか。

破水していた私は、お産が終わるまで、ベットからたてず、トイレもベットでしていました。

と、突然、一人の女性がおもむろに、窓辺に立ったかと思うと、


びしゃーーー!!!波波

と、立ったまま破水したそうです。 そのシーンを目の当たりにした大将、

どびっくり。叫び
 
「羊水が、にごった緑色だった」(後日談)

ほ、ほんとかーーー!?目

さあ、こっちもだんだんとあかちゃんが降りてきたらしく

(その時は、もう出口あたりの様子がどうなっているか、検討もつかず)

「ほらー! 頭、みえてきたよーー! もっとここふんばってーー!」


「もうここまできたら、あとにはひけないからね!!!」

と、指を突っ込まれ(笑)ぐりぐりされましたね。 その後もそれを繰り返すこと数時間。

その間も、羊水が流れてしまったので、ちょっと乾燥気味?

だったのか、水をばしゃばしゃかけられつづけました。




日本はどうかしりませんが、分娩代に行くぎりぎりまで、ピサの病院では

普通のベットで、手すりがないので、じぶんで膝を抱えて

いきむスタイルだったので、やりづらいったら・・ショック! 

先生が通り過ぎ、2人の私を助けてくれてるかわいい若い書産婦さん達の間に

割ってきました。

一人の助産婦さんが、

「先生、そろそろ・・・・なんじゃないですか?」 というと、

「まだまだ~、 ほら、もうちょっと頭が固定したら、手術室いくからがんばって!」

と言って行ってしまいました。 助産婦さんたちは、顔を見合わせて、ちょっと

私のほうを、心配そうに見ましたが、また気を取り直して、水をかけながら(笑)

出口のほうに、目を向けました。

・・・またしても、一抹の不安。。。

ふとそのとき、「どうしたんだろ?」

と思ったのですが、もうお産がまぢかだった為、私もあまり深くは考えられないで

陣痛に集中しました。

そうしてるうちに、ようやく頭が固定?

されたらしく、

「じゃー車椅子にのって!」

と言われたので、

「どーやって!? 頭でてるのにその上に座っていいの?!」

と、ちょっと想像不可能なことを言われたので、一瞬躊躇しましたが、

そうやれといわれるので、やるっきゃない!と思いっきり飛び起き(まさしく飛び起き)

飛び降りてしまい、イスにどしーん!

と、座ってしまいおこられてしまいました。



廊下へでると、大将が真っ青になりながら(あまりのリアルシーンに)

カメラだけは必死にスタンバッている様子。

必死の思いで分娩代へよじ登り、やっと想像していたお産スタイルへ。

そこは先生やら助産婦さんがずらっと準備していたのですが、

つぎからつぎへのお産で、相当なお疲れの様子・・・・が、

当人、そんなことには、かまってられません。

うお~~~!パンチ!パンチ!むかっ
 

(実際には、声は出さず、ウーンと言う感じだったと思う)

と言う感じで、3,4回いきんだかとおもうと、おもむろに、巨大なはさみが(わお)

目の端を通ったかと思うと、

ばしばしっ

と、おもむろに音を聞いたとき、あかちゃんがニュルッとでてきて、

助産婦さんが、

「はーい、でたよー!」と、

顔まじかにポンっ天使ともってきたので、どういっていいか、わからず、

かわいいこだねぇ・・・


と言うと、助産婦さんは満足したように、あかちゃんを処置する台のほうへ

連れて行きました。 そのときちらっとみた両手首が、赤くただれていたので

と一瞬おもったのですが、

その時自分の下腹部で違和感が・・・叫び

ふと目をやると、

びろんびろんと、助産婦さんが、なんだか見たことのない、

グレーのぐにぐにひょろひょろの物体ドクロをぶらぶらさせているではありませんか

というか、それにあわせて、おなかの中が引っ張られる気が・・・

おーい、それ、へその緒ですか?! 

ほんとに縄跳びみたくぶらぶらぐるぐるまわされて。

・・・・縄跳びじゃないんだから・・・・・ガーン とほほ。

つづく
 
・・・う~ん、陣痛、かな??ガーン  

と言う痛みが、ちょぴっとしてきたので、産道の開きをみてもらうと、

「まだまだ」 といって、分娩室に連れて行ってくれません。

そんなことを繰り返し、やっと分娩室へDASH!


もうすでに夜三日月 でも廊下には、お産を待っている家族がずらっと

並んでいました。 その間を車椅子で行くと、

うううう~~~マンマああああああ!!(マンマミアのあれですね)
 
あう~~~ ふうふうふう叫び

と言う、地獄のそこから聞こえてくるような、恐ろしいうめき声がひびくドクロ

廊下に到着ガーン ふうふうという、

あ~ 呼吸法、やってるなー

と言う声やら、マンマミアの連発。やっぱり、うめき声って、お国によって違うのね。

日本だったらここまで声ださないよなあ~と思いつつ、

自分もベットに寝かされました。



私は無痛分娩希望で、麻酔をしてもらう予定だったので、気も楽ちん♪おほほにひひ


「痛くなってきたら、麻酔してもらお~っと」

と、軽い考えでいたので、気も楽でした。

でも、それが後に、致命傷になるとは、つゆとも知らず・・・・・ドクロ



そうしてるうちに、なんだか、部屋がざわざわしてきました。

助産婦さんや、先生がどこからか、仕切りカーテンをもってきて、

しきりに部屋を仕切っていました。(同室をカーテンで仕切るか?!) 

そう、その日は、なんと、8人出産を控えてきて、分娩室もフルのフル、

フル回転でした。

「ベット、入りきらないよ~」

(おいっっ!)と、大騒ぎあせる

出産された方はわかると思いますが、もう現場は修羅場と化していました。

先生や、助産婦さんがひっきりなしに、オマタをのぞきにきてガーン、あーだのこーだの、

指でつつかれるわ、水かけられるわあせる、はっきりいって、すごいです。

トイレもおまるで、皆のいるところでしちゃうしトイレ こっちは必死なので、

どーにでもなれっっっ でした。

ううう、、そろそろ陣痛、きたよううううう! と、

「じゃ、麻酔、よろしくお願いしますっっ!」

というと、

「ね、あなた、我慢できてるから、麻酔なしでやったら?」

えええっっ!?!?わざわざ麻酔やってる病院を選んできたんですけどっ!

それに、我慢してるけど、痛いんです~! 


と、 その時、日本人が我慢強いことに、ちょっと後悔。 

どうしてこんなこと聞いてくんのかな? と思っていると、あ、そっか・・・麻酔やると、

時間にロスがでるから、この満室状態では、早くお産を済ませてもらいたいらしく、

麻酔無しを勧めているようでした。


「いえ、してください!!」(やめときゃいいのに:後日談)

というと、麻酔の先生を呼んでくれて、数分後に、麻酔担当の先生登場砂時計


「んじゃー、背中だしてー」

というと、消毒して、すごい長い針で、ぶすぶす2,3箇所腰のあたりを

刺しはじめました。(2、3回刺されたのは一発で刺さらなかったからかね?:後日談)

「えらいねー痛みにつよいね」と、言われました。
 
そう、分娩室にはいってから、

「さすが日本人は、えらい!! 我慢強いよね!」

と、日本人絶賛されっぱなしで、 私はちょっと得意になっていたので

ちょっと痛くてもいまさら泣けずにいました。 とほほ。

ちょっとすると、痛みがまったく消え、どうしてか、昨日の早朝から

寝ていなかったので、疲れがでて、ぐっすりと寝てしまったのでした。

そして、うとうとと・・・あの陣痛のうめき声と、下腹部の激痛の中、

目が覚めたのでした。。。。


つづく・・・
それは、早朝の破水からかじまりました。



「みず、みず! ははは破水した!」

寝ている相棒起こしました。 出産予定二日前の朝でした。

飛び起きた大将、急いで隣に住んでいるリディアばーちゃんを

起こしにいくと、なぜか洋服をすでに着ていて走る人準備万端!グッド! 

車にのって、ピサの病院に向かいました車

落ち着いてるつもりでも、やっぱり足ががくがく叫び
 
人生初めてのことだから、ちょぴっと不安。 

まだ真っ暗の高速を車がすいすい走り、あっという間に

真っ暗な病院へ。 守衛さんに、


「妊婦です」


というと、わかったように、うなずいて門をあけてくれました。


ここは大きな大学病院病院で、ピサの斜塔のすぐ横にあり、

いろんな科があります。 普段は車では入れないのですが、

このときは特別に産婦人科まで車で到着。



建物は戦時中に建てられた、古いファシズム時代ドクロを漂わせる

うっそうとした建物。 照明の落とされた廊下を通り、

階上にある分娩受付のほうへ、これまた手動でドアーを閉める、

旧式のエレベーターで上がりました。

分娩室の横にある、ブザーを押して、ちょっとすると

助産婦さんが顔をだしてきました。

「あの~破水したんです」

というと、中に案内されて、

「とりあえず、あっちで検査するから」

といって、ベットへ。 

そこでは、お産を控えて、陣痛でうなっている声が充満した部屋で、

STANZA DI TRAVAGLIO という、陣痛室でした。



お~お~お~、そろそろきたかあ~~ 

と、思っていると、

「まだまだだねえ~」 

あれっっっ???!!ガーン

と、気の抜けた返事が。

 じゃー病室で、陣痛待つから。

階上に連れられ、 病室に入れられました。



そうこうしているうちに、すでにもう朝時計。 

朝ごはんを搬送してきたおばちゃんが

コーヒーと紅茶と、ビスケットをつんだワゴンで、病室を回ってきました。

すると、おばちゃんはおもむろに、

カフェラッテ? 紅茶?コーヒー

と聞くので、 カフェラッテと答えると、

「カップ、ある?」 というので、 

へ? カップ? 今日入院したばっかで・・・

というと、

「ったく、カップたりないのよねーーー」プンプン 

ぶつくさぶつくさ・・・・

と言いながら、オルゾ(麦コーヒー)に、なみなみあっつーいミルクを

注いでくれ、どしっ!と、

ちっちゃいビスケットの袋と一緒に置いてくれました。

3人部屋だったので、他にも二人寝ていました。

右隣の彼女は、マレーシアの人で、子どもは二人目。

今回は早産のけがあって、入院とか。 

話に聞くと、一人目はトイレででてしまったうんちとか! 

おなかが痛くなり、救急車を呼んでいたので、

一命は取り留めたのですが、手で、ガシッッチョキ とキャッチバスケし、

そのまま入院。 そんなわけで、二人目も早産の恐れがあるため

入院中。 左隣の人は、イタリア人で、妊娠中毒症にかかりながら

ふたごを出産。 その後もあまり経過がよくなく、吐き気などがあり

入院していました。

そんな二人と世間話をしながら、あっという間に夜お月見。 でも、、、、

陣痛がこないんですけど?!


つづく・・・