日本女子奮闘記@ピサ -2ページ目

日本女子奮闘記@ピサ

18歳から現在まで、20年間海外を漂流し、
最終的にここ、ピサの田舎町に基点を置いた。。。
(ように見える)ジュエリー作家兼2歳児の母兼、
最近指圧二級(注*イタリア基準)した、
アラフォー日本女子の日々です。

行ってまいりました・・・・


Lamoliという、Googlemap にも載っていない、ちっこいちっこい山奥にある

ペンションで、2泊3日の指圧合宿+最終試験

行ってまいりました。


到着した土曜の朝。 

晴天で、とっても気持ちがよく、みんなの顔も晴れ晴れ・・・


楽しそう☆ が・・・・・・・



ついてからすくに道場へ。 下に広いレクリエーションルームがあって、

そこでみんな朝から晩までもみもみ・・・・


今回は、フィレンツェ支部とローマ支部の第2プロフェッショナルコースの

生徒達が
集まりました。 早速初日から試験☆ 

100時間の自習+コメント

を提出




ローマ組の生徒がまず、受けになって、フィレンツェ組が先行ーーーー



私は、というと、

めちゃくちゃがたいのでかい、
にーちゃんとペア。


はじまったが、本番に強いわたくし、昨日の夜の復習の成果あり、

結果上々ーーー(自分判断) 

にーちゃん達の番です。
はじめーーーーー!!


ぐはっつつ!!!!

しぬううううう!!!

思いっきり巨体で、しかも全力で押され、まじ骨折れるかと思いました・・・・・・・

しかも、まちがいだらけで、まじいたい・・・涙  そして、

太ももも折れそうだったので、
頑張って筋肉で突っ張っていたら、

マジ疲れました。・・・・・とほほ




あれって、やばいレベルです。。 もみかえしどこじゃあないです。

弱い人は骨折するところでした-.-'

次の日・・・・・

先生が、「じゃあーお互いのグループの違い、何か

気が付いた人いますか?」


というと、 ローマ組の一人が、

「圧しが全員弱いです」と、フィレンツェ組にいちゃもん?

付けたからさあ大変。


一気にヒートアップ!! 


先生捕まえて大騒ぎ(笑) みんな血相変えて反論!!

「強ければいいってもんじゃない!!それに、力を加減するのは、

レベルが上の証拠。 弱いから悪いってどういうことだ!!!


大騒ぎに発展。


確かに、私的にもローマ組はレベルは下でした(ひいき目ではなくて(笑))

アシスタントも先生も、日本人の私からみると(二人ともにやってもらって)

へたっぴ~でした☆ ツボも間違ってたし、骨押されたし


でも、それはご愛嬌~と思ってたんですが、そうスルーできない人も

いるみたいで。



その後、夜遅くまで部屋に集まって大騒ぎ☆

悪口+噂で盛り上がり。 あんなに大騒ぎ+大笑いしたの久しぶり~

みんないい大人なのに、学生時代に戻ったみたいに大はしゃぎでした。

*みんなで仲良くご飯の時間*

あっという間に、最終日。 嫌われてたパオラ先生も、

朝からちょっとナ~バス。


話してる途中で、ちょぴっと泣きそうでした。 

でもやっぱり先生って、大変なんだよね。


一生懸命やっても、間違えたりすることもあるし。 


プレッシャーとか、いろいろ、あるんだろうなあ・・・と、悪口言われてたけど、

ちょっぴりかわいそう。

そんな中、やっと終了。 一人ひとり、名前を呼ばれて、 証書を頂きました。


最後のお昼。  お別れのとき、みんな大泣き(笑) 楽しかったもんね~!

大人になってから、こういう風に友達になれるのって、貴重な体験でした。

それも指圧のおかげかな?


はじめまして 

イタリアで、2歳の子育て真っ最中の、

ジュエリーデザイナー兼、指圧師 
のママですww 38歳です(笑)
 


18の時に日本を出てから、早20年が過ぎました。 

あの頃、「ただ外国にあこがれて」というと、ちょっと違うな。。。

そうですねえ。。。 もっと世界を見て、体験してみたかった、というすごい興味に

かられて、

単身ロンドンへ出発 かれこれ20年前です。


考えてみると、当時、今見たくネットやメールも盛んではなかったので、

旅行や、海外情報はすべて、無料のアドバイスセンターみたいなところがあって、

そういうところで入手するしかありませんでした。

すごく無謀で無防備だった気がします。

それが、18歳の小娘が単身、しかもな~んのつてもなく。。。

すげい!! 若いって!!! ぱわ====33

幸い、父も私のわがままを聞いてくれ、大変だったろうなぁ、と今思えど、


当時は、そんなこったぁ~どこ吹く風 

(本当に、ありがたいことです-.-')

最初は、語学学校へ。 その後、アートスクールが近くにあって、

それはそれは、思い描いていたままの場所で、私は大満足で、毎日が

充実していました。 その後、セントマーチンズというロンドンのアート大学に

ジュエリー専攻で(なぜか・・・あの時はなんか成り行きで☆)入学、卒業しました。


今考えると、ちょ~ばぶりぃ  ですね・・・


その後、これも何かの思いつきで、華の都フィレンツェへ。

そこでジュエリーの専門学校へ通っているうちに今の相棒と遭遇(イタリアン)

その後、彼の実家のあるピサ方面へ移住ーーー

ジュエリー工房兼ショップをオープン。 今に至る。。。。。

           その間.......まさかの娘生まれました。