おっさん
今日 昼休みの コンビ二帰り
マラソンランナーの格好をした おっさんが横のビルから 出てきた。しかも グラサンつき。
へー めずらしい どこ行ってたんだろう と上を見たら、
ビルに入ってるのが
居酒屋 (これはないな)
不動産関係の会社(これもない)
んで ふと その上をみたら
○○バレーアカデミー
おっさん
もしや
バレーダンサーかっ!!
すげ~よ
しっかも
マラソンの格好関係ないじゃん
って妄想してたら
そのビルに
漫画喫茶があった
なーんだ 休憩か!
ん まてよ
おっさん ランナーじゃね~のかよ
マラソンの 休憩で 満喫?
店員も びっくりだよね
ランナーの格好のおっさんが 客で く
るんだぜ。
あんたは すごい!!
かっこよさ
親父とは結構
言い争ってきた。
いつも口うるさく 説教 である。
小学校のときの 俺は そんな 親父が嫌いであった、
あるとき、 休日に
弟、妹 俺を連れて4人で東京の歴史博物館に
行った。
電車で 行ったのだが、
山手線で
目の見えない人が 人ごみに電車に乗りたそうにしていた。
親父は 『乗りますか?』 とその おばあちゃんに聞いて
おばあちゃんが、 『はい』 と言うと、黙って 手を引いて電車に 乗せてあげた。
そのときの光景は 10年以上たつけど 忘れてない。
親父を 子供ながらに尊敬した瞬間だった。
黙って 手を引いて 電車に乗せてあげた姿は
世界一かっこよかった。
かっこよさって こんな事を言うと思う。
親父
親父とは結構 言い争ってきた。
いつも口うるさく 説教 鉄拳である。
小学校のときの 俺は そんな 親父が嫌いであった、
あるとき、 休日に 、弟、妹 俺を連れて4人で東京の歴史博物館に
行った。 電車で 行ったのだが、目の見えない人が電車に乗りたそうにしていた。
親父は 『乗りますか?』 とその おばあちゃんに聞いて
おばあちゃんが、 『はい』 と言うと、黙って 手を引いて電車に 乗せてあげた。
そのときの光景は 10年以上たつけど 忘れてない。
親父を 子供ながらに尊敬した瞬間だった。
いっつも 口うるさいけど。黙って 手を引いて 電車に乗せてあげた姿は 世界一かっこよかった。
おでん
俺は、おでんが 大嫌いだった。
なぜなら 子供のころ
母親が 作ってくれた おでんのお陰である。
当時母親は 僕たちの健康を考えてのことだろう、薄味に、はまって いた。
中でも、おでん嫌いに拍車をかけたのが、母親特製 おでん弁当である。
おでん弁当とは、 おでんに御飯のみの シンプルな弁当である。
中身は、薄味のおでん と 白米 のみ
さすがに ハンバーグ、カレーなどが大好きな子供時代に 薄味の おでん と 白米は きつかった。
おいしくない と 母親に 言ってしまった事がある。
なぜだか ちょっと悲しそうだった。
次の日から 濃い味のおかずが 追加されていた。
母親は、俺が一人暮らしをするまでの間、365日弁当と 食事を作ってくれた。
旅行などを 除いて、自分の記憶では弁当が 出てこなかった日は、ない。
俺は 今、外食ばっかりである。 働きながら 弁当など 作っていられない。
あれから 働きだすようになって、一人暮らしをして、初めて 母親のありがたみが、わかる。
コンビ二で、おでんを 見るような時期には いつも、おでん弁当を 思い出す。
親父
実家には仕事が忙しいとか、そんな理由をつけて帰ってなかった 。
仕事場の人間関係からストレスを感じて、無性に癒されたくて、
実家に帰った。
実家に帰ったからといって 何をするわけでもない。
テレビ見て、ぐうたら して、飯食って。
ほとんど だらけてた。
休日も終わり、仕事の日
朝の5時 仕事に間に合うように、親父は車で 駅まで送ってくれた。
車を降りるとき、無言で紙袋を渡してくれた。
いらないと 俺はいったけど、 いいからもってけ と うるさいので、
しょうがなく持っていった。
仕事場で 紙袋を開けたら、でっかい おにぎりだった。
涙してしまった。
まっ
でも 基本的には温厚です。
仕事場の上司には 殺意を結構抱きますが 笑
とくに バカ殿そっくりな 女上司、、、
くしゃみを ヘクショイとか 言うな!!!( ̄へ  ̄ 凸
ってただの グチになってしまいました
ま イッカ 誰も見ないだろうし。
いや~ 初日記 んでもって自己紹介
日記って いんた~ねっとで
書けるなんてすごい時代だ!!(・ω・)/
私は 病院に勤める薬剤師です。出身はグンマケンおおたし って言うマイナーな所ですわ。
ちっさいころは 足は速いが、勉強はホドホドで、結構真面目君でした。
その反動が、、、、、、
ちょびっと 今来てますかな。笑
んで
ま 基本的に人は嫌いと言うか、失礼な奴は男女構わず ぶっとばしたくなります。( ̄ー ̄)
