妻です。

今日で次男がいなくなって5年2ヶ月です。

子供を亡くした母親がその後の人生を生きて行くのは
とても辛い事だと私は自分の経験を持って感じていますが
辛いと言ってもやっぱり母親は大人です。

なんとかかんとかもがき苦しんでも
それなりに長く生きて来てるし
大人だから自分次第で生き方も変えられる。

けど、母親を病気や事故で失った子供を見ると
以前よりもっともっと胸が苦しくなるようになりました。
今月は阪神淡路大震災があった月なので
そのエピソードに触れる機会が多いので
その度に胸が苦しくなりますね。

大きな災害や事故があった直後は
家族を亡くした子供がクローズアップされる事はほとんど無いので
その子が歳を重ねて大きくなって
自分の気持ちを語れるようになってからですよね。

私達はその時から長い年月を経て
その悲しい出来事に触れるわけですから
「この子は小さな心で今までどういう風に生きて来たんだろう?」って
大人として親として余計に胸を締め付けられるように思います。

と同時に自分も長く生きなければなと思います。

子供達があまりに言う事を聞かないと
「本物のお母さんは嫌になっちゃって
偽物に交代しちゃうんだからね」って
偽物の振りをするだけで悲しくなって泣いちゃうような子供達を
置いてはいけないわーと思います。

同じように次男を亡くした時は
小さな小さな赤ちゃんを一人で行かせるのが
本当に本当に申し訳なくて
おじいちゃんもおばあちゃんもまだ待っててくれてないのにって
とても苦しい思いでした。

その思いは今も変わらず
こうやって書いているだけでも涙が溢れますが
もう絶対に叶わない事もわかっているので
きっときっとひいおばあちゃんとひいおじいちゃんが
そばにいてくれるはずと信じて生きています。



妻です。

今日で次男は5歳3ヶ月です。

最近は三男も次男のご飯をあげてくれるようになりました。
まだ「めしあがれー」とは言えませんけど
「めしあがれー」って言うんだよって言えば
それらしい事は言って来ます。

まだまだ次男ことをお兄ちゃんとわかってはいませんし
次男の名前もよくわかってなさそうですが
ご飯をあげたりお菓子をあげたりしてる事はわかってます。

長女もそうですが
次男との関わりは写真を見る事と
お菓子を貰う事、おもちゃで遊ぶ事が始まりです。

次男のところには魅力的なおもちゃがいつもありますし
美味しいおやつもあります。
おやつ好きな長女はいつもチェックして
「これ誰が食べるの?○○君もう食べたんじゃない?」
とアピールして来ます。

食いしん坊の三男はお腹がすいたら
パンとかお菓子とか食べようとします。

私がキッチンにいる時に
おとなしいなーと思ったら
だいたい美味しいものを物色してますかね。

天国のお兄ちゃんはそんな兄弟達を
笑って見てるでしょうね。
今は長男は次男の物は自ら食べたりしませんが
小さな頃はよく貰ってました。

最近は三男もイッチョ前に3人でキャッキャと遊ぶようになったので
兄弟っていいなって思います。

次男も見えればもっといいですけど
それは叶いませんね。

妻です。

今日で長男は8歳になりました。

小柄な長男ですが、それでも最近は
随分お兄ちゃんになったなーって思います。

彼との8年は長い8年です。
あっという間に感じる事はありません。

我が家は夫の仕事のサイクルが深夜にズレてるので
長男とは長い時間を共にして来た感じがします。
次男が生まれる前も生まれて亡くなった後も
いつも私のそばにいてくれたのは長男です。

一番甘え下手でクールですが
可愛い可愛い私の一番目の子供ですから
可愛い息子でもあり、色々な苦難を共に過ごした同志でもあります。

そんな長男。
国旗や国名、首都に都道府県や県庁所在地など
今まで色々な事に興味を持って来ましたが
最近は歴史人物や年号にも興味を持っているようです。
もうすでに私より物知りかも。

私は学校で必要な分しか勉強してないし覚えようとも思いませんでしたが
彼は相変わらず楽しんで学んでます。

基本的には社会科の分野が得意なんだと思いますが
まだ2年生では習わないことばかりなので
現在の好きな科目は算数でだそうです。

確かに冬休みの宿題なんか見てても
算数はわりとわかってるみたい。

国語は漢字の読みは得意だけど
書くのが苦手ですねー。
とても苦手と言ってもいいかな。

ここは私と一緒にじっくりやっていかないとダメみたいです。

私とは全く違うキャラクターを持った長男が
どんな風に成長していくのが
楽しみだなーと思います。


さて、今さらですが
新年が明けまして
新しい一年の始まりですね。

小学校に幼稚園に三男のお世話に
ボランティアにと
私のキャパをはるかに超える
やらなきゃいけない事
考えなきゃいけない事があり
中々頻繁にブログを更新出来ないでいますが
次男のカテゴリを中心にボチボチと書いて行きますので
今年も宜しく見守り下さいませ。

私の今年の目標というか心掛けたい事は
身体を動かす事です。
まだ三男と一緒に過ごす日々ですので
本格的にスポーツとかはやれませんが
子供達と一緒に身体を動かして
運動不足を解消したいなと思ってます。

妊娠出産を繰り返すうちにゆるんだ体型を
引き締めたいです。

と、書いといた方が初心を忘れないかな。

妻です。

次男がいなくなって今日で5年1ヶ月です。

ボランティアに初めて参加したのが
5年前の明日なので、ちょうど5年経ちましたね。

ボランティアは次男の育児をするはずだった時間を
誰かの為に使おうと思って始めました。

次男はNICUで生きている間は過ごしていたので
そこでお世話になったスタッフの方々に
恩返しになるような事がしたいとも考えていました。

直接の恩返しにはならないけれど
私達の活動は医療従事者の方と天使ちゃんとご家族を繋ぐ
手助けにはなっているかな。

ボランティアと言うと
何かをやってあげているように聞こえますが
私の場合はこの活動をさせて貰う事が
一番は自分の為になっています。

自己満足。

自分が次男の母親でありたいと思う気持ちを
この活動に携わる事で満たして貰っているんだと思います。

本当に沢山の人と気持ちに支えられて
この活動に参加させて貰えていて
とても感謝しています。

これからも長く続けていけたら
いいなと思いながら活動しています。

ベビママ友と園ママ友とPTAママ友と天使ママ友がいてくれて
今の私が笑って暮らせているんだと思います。

ホントはもう笑いたくなんかなくて
ずっと泣いて暮らせるんだったら
その方がずっとずっと楽だと思ったけど
生きている子供がいたらそうもいかなくて
嘘でも笑って生きないといけないから
天使ママ友や天使ママの先輩の存在は
とってもとっても有難いものです。





妻です。

今日で次男は5歳2ヶ月です。

今月は長女の幼稚園の発表会があり
初めて舞台で歌ったり踊ったりする彼女を見ました。

長男とは全く違うキャラの長女を見て
次男だったらどうだったんだろうなって思います。

歌ったり踊ったりが好きな長女よりも
もっと三男の方が歌や踊りが好きなように感じます。
男の子でもそんな子いるもんね。

考えても全くわからない事ですが
生きている子の成長を見る度に
次男はどうだったかなと考えます。

5年前の今日は実家から自宅へ戻ってから
すぐに迎えた生後2ヶ月の日。

まだ時々夢の中にいるような気がして
時々次男の写真に目をやっては
やっぱり夢じゃないんだなって確認する日々でした。

長い間お腹の中にいた子供が
あっという間に自分の元からいなくなったら
中々その現実に慣れる事は出来ません。

当たり前の事ですが
周りの雰囲気はそれとは逆で
早く次男の存在を忘れて元気になるように
求められている感じがして
とても苦しかったです。

子供がこんなに早くに亡くなるなんて
非日常的な出来事の中で
冷静に行動したり言葉を発したり出来る人は少ないものですから
良かれと思って話してくれる言葉でも
ひどい事言うなーと感じる事が多かったです。

NICUにいる次男の事は周囲の人に見えないから仕方ないんですが
次男の存在を否定するような言葉や
生きて行く事が難しい病気を持っているならば
生まれて来なければ良かったと思っているんだな
と思えるように聞こえる言葉が多かったように感じます。

悪気がない言葉でも
長男がいるから次男はいなくても大丈夫という意味に聞こえたり
ホントに言葉は難しいものだと痛感しました。

「大変だったね」という言葉も
ケガや病気が治った場合であればいいけれど
子供が亡くなった後に言われると
違和感を感じる言葉となりました。

そんな辛い言葉ばかりの中にいると
それが当たり前のようになってしまうので
逆に全然辛く感じなくて嬉しい表現をしてくれる人に出会うと
ビックリして、この人はどんなに辛い経験をして来たのかな?と
改めてその人の人生に興味を持ったりもしました。

私は次男を亡くすまでは、同じぐらいの歳の人と比べると
そんなに辛い思いをして来なかったと思う。
祖父母はもう亡くなっているけれど両親は健在だし
まだ元気でいてくれて、兄弟も元気でそれぞれ家庭を持ってる。
いたって普通です。

なので私のような人に対して心安らぐ言葉を
その人に適したタイミングでかけてあげられる事は出来ませんでした。

これからはそれが出来るような人になりたいなと思います。

人の受け止め方はそれぞれだから難しいけどね。


妻です。

次男がいなくなってから今日で5年です。

次男への想いは変わらずです。
5年経ったから何かに区切りをつける事はありません。

毎日、一日中涙を流す生活ではありませんが
生きている子供達を見ながらふと涙が出る事もありますし
1人になった瞬間にわっと泣きたくなる事もあります。

ただ、次男を亡くした時と違って
生きている子供が増えている分
いつでもどこでも涙を流して良いわけじゃないので
心を鍛えて、自分をコントロールしながら
生きれるようにはなって来ています。

自分の子供がいない人生を5年も生きる事は
とても苦しい事ですが
まだまだこれからの方が長いです。

次男を亡くしてからは、次男が呼んでくれたら
いつ自分が死んでもいいなーって思ってますが
長女が生まれて三男が生まれて、冷静に考えてみると
やっぱりまだまだ次男は私の事を呼んでくれないだろうなって思います。

子供達は私がいないとダメってほど母親がすべてじゃない歳がいずれ来るだろうけど
やっぱりいくつになっても、そばにはいなくとも
母親が生きていた方が心の支えになれるかもしれないし
迷った時には話相手になれるかもしれない。

と、思うとやっぱり残された人生を投げやりには出来なくて
健康には気を付けてなるべく長く生きれるように
心掛けていかなくては、と最近は思ってます。

5年前は、こんなに心がボロボロでも病気にもならなくて
自分の健康な身体がうらめしかったり
長生きなんてしたくもないから、健康的な生活に全く興味が無くなったり
今とはちょっと考え方が違ってましたね。

いまだにメイクとか自分磨きとかには前ほど興味が持てませんが
下の二人は高齢出産なので学齢期になった時に
母親があんまりおばあちゃんだとかわいそうかなーぐらいは思うようになりました。

私は次男の事に関しては命日だけを大切にするという考え方を
子供達に教えたくないので
今までは誕生日だけを祝って、命日は特に何も教えてませんでした。

でも、今年はカレンダーに次男が天国に行った日と書いておいたので
長男はしっかり見ていて
「今日は○君が天国に行った日だね」って言ってました。
「なつかしいね」って言ってたかな。
長男らしい表現です。
「やっぱりさびしいよね」とかも言ったりします。
優しいお兄ちゃんなんです。

夫は特に何も触れずに仕事に行きましたね。
夫は次男に関して特に何もしませんからいいんですけどね。

長男とは「今日は○君が天国に行った日だから
○君が天国で楽しく過ごせてますようにって
お祈りしようか」って話をしました。

こうやって、子供達とは少しずつ
年齢を重ねるごとに色々話をして
色々と一緒に考えて行こうと思っています。

天国にいる兄弟の話って子供とすると面白いですよ。
大人にとっても未知の世界を想像するわけですから
子供にとってはもっともっと未知の世界です。
小さな子の自由な発想を少ないボキャブラリーで表現してくれるので
ぷっと笑っちゃう事が多いです。

ちなみに今日は三男が私のしていたヘアーバンドを指さして
「かっこいい」と褒めてくれました。
初めて見たものを自分で言葉を考えて褒めたりするのは初めてです。
誰かが言った言葉をそのまま真似する事は今までもあったと思いますが
今日は完全に自分で思って考えて伝えてくれました。

今まで聞き取れなかったゴニョゴニョが
少しずつ聞き取れるようになったので
上の子達も「今、言ったよね!」って嬉しそう。
三男がおしゃべり出来るようになったら楽しみだよねって話してます。

5年という年月の間に長女が生まれ、三男が生まれ
三男が言葉を話すようになりました。
そう考えると長い時間が流れたのだなと思います。

でも悲しみは癒える事も消える事も無く
寂しさは募るばかりです。

生きている子達が当たり前に歳を重ねて行けば行くほど
なんで次男は生きられなかったかなって思いが
ふっと頭をよぎります。

何で、を追及する事はしません。
何でって、ふと思うだけです。

命日は私にとって悲しい日です。

妻です。

今日で次男は5歳1ヶ月です。

生きてる子達でも3歳ぐらいからは
月齢を数えて過ごす事はあまりなくて
予防接種の問診票を書く時とかに数えるぐらいかな。

ですが次男の記録はまだしばらく
月々の記録にしようかなと思っています。

毎月毎月はそんなに私の心の想いも大きく変化はしませんが
後から見直したときにきっと思う事があると思うので
客観的に自分を見れるかなーとも思っています。

また、まれにここにたどりついただ誰かの参考になるかもしれないのでね。

さて、この時期は5年前次男が生きていた時期なので
やっぱり思い出す事が色々あり
次男がお世話になった医療機関の方々から頂いたお手紙などを
読み直してみたりしています。

これらのお手紙は今でも読み返すとわっと思いが溢れて
涙が出てしまいますが、どれも私の宝物です。
ホントに子供達の事を思って医療に携わっている方々に出会えて
次男も私も幸せだったと思います。

この手紙を読んでも涙が出て来なくなる日は来るのかな?
そんな日が来るとしてもまだまだ先のように思います。

次男が生まれた頃の私は母親として社会人として
とてもとても経験不足、知識不足で
そんな自分がとても情けなかった。

なので、その時の気持ちを時々思い出して
少しずつですが成長していこうと思って過ごしています。

5歳になった次男はどんな子だったかなー。
もう全然わかんないけど
優しい子だよねー、きっと。

妻です。

今日は何の日でしょうね。
一応毎年、空の日として自分の気持ちを記しています。

初期流産した第3子の出産予定日なので
ホントはあまり今日という日にこだわりがあるわけじゃないけど
他に記念日という記念日がないので
お空に還った日と出産予定日の年2回に
その時思う事を綴っています。

今は日常生活の中でこの子の存在を語る機会はもちろんないです。
次男の話さえもする機会はないですからね。

この子がお腹の中にいると思って過ごした期間は
とても短かったけれど
この子が来てくれて良かった、有難かったなと思います。

私は次男を一人で行かせる事がとても苦しくて
おじいちゃんもおばあちゃんもいないとこで
誰が次男のそばにいてくれるのかなって思いながら
毎日涙を流して過ごしていましたからね。

そりゃー、今度こそ元気な身体を持って生まれて来てくれるかなって思っていたから
残念だし、悲しいし、やっぱり元気に生まれて欲しかったけど
それが叶わなかったという現実を受け止める中で
次男と一緒に遊んでくれる兄弟が来てくれたのかなって
そういう気持ちになれました。

当時の私はもう出産に向かう気持ちにはなれないなってのが
正直なところだったけど
天国の子達は2人で遊べるけど
長男にはもう1人兄弟を産んであげないといけないって
とにかく長男の為に生きようって思えたから今長女がいるんだと思います。

簡潔に書いてるだけでこの間には色々な思いや葛藤があり
苦しい時間がたくさんあってそう考えたわけで
そうやって前を向く事は簡単な事ではないけれど
空ちゃんの存在は私にとって意味があって
我が家に来てくれてありがとうって思っています。

ちなみに空ちゃんは性別不明ですが
私の中では男の子って事になってます。
長男が長女がお腹の中にいる時に初めに考えてくれた名前が男の子の名前だったんですが
その後女の子という事が判明したので、その名前を頂きました。

最初は男女どちらでも良い名前と思って
空ちゃんだったんだけど、なんだかしっくり来てなかったんです。
なので私の独断で次に生まれる子と逆の性別にしちゃおうって思ったんです。

そしたらお腹の子は女の子で、空ちゃんは男の子に
そう決めたら、次男と二人で男の子同士楽しく遊んでるかなって思えて
少し心が軽くなりました。

他人にはどーでもいいことですけどね。
こんな思いもいつか子供達に話してあげようと思っています。

妻です。

今日で三男は1歳7ヶ月です。

最近はだいぶ言葉が出て来ました。

寝てる長女を見て「ねんねちた」
虫をみて「むしー むしー」
飛行機を見て「ひこーき」
犬を見て「わんわん」
かさぶたを指して「いたい いたい」
しっかり聞き取れて良く出る言葉はこんなもんですが
聞き取れないけど四六時中何か言ってます。

兄弟の中では結構コミュニケーション上手なんじゃないかな。
表情やボディランゲージで意思を伝える事が
3人の中では一番上手ですね。

長女は人なつっこくてお友達を作るのが上手だけど
三男もそんな感じかなーと思います。

三人とも毎週同じ場所で遊んでたので
他の子との触れ合い方とか
他のママとの触れ合い方とか
私との距離とか泣いて戻って来る頻度とか
お友達とのケンカやトラブルなど
月齢や年齢によって三者三様で
それぞれの個性がよくわかります。

三男は一番早くから私から離れたところで遊ぶ子です。
他のママの陰に隠れて私が見えなくても平気。
他のママに遊んで貰うのが好きです。
他のママに抱っこして貰うのも平気です。
こうやって書くと私がいなくても全然平気な子みたいですが
家の中では一番私に視線を送ってくれる子です。

長男は家の中ではほとんど私をじっと見ませんが
外に出ると割と私の近くにいますから
逆な部分か多いかな。

今はそんな三男が長男にじゃれて抱き付いたり
長男の上に乗ったりしてコミュニケーション遊んでます。
コミュニケーション上手な弟に寄って来られて
コミュニケーション下手な兄が満更でもない様子が
私から見ると面白いです。

最近の3人は私の子供の頃と似てるのかもしれません。
長男と三男は歳が離れてるからケンカはしないけど
長女と三男はおもちゃの取り合いから始まり
ポカポカたたき合ってどちらかが泣くような
些細な争いが多いけど、ほっとくとまた二人で遊んでます。

長女は社交的なのでお兄ちゃんにも弟にも
一緒にあそぼーよー的な誘いをするので
上と下をつなぐ役割をしっかりしてる感じですかね。

長男は常に自分の好きな本を読んでる時間が多いですが
最近は長女にアンパンマンパソコンを教えてあげたりしていて
結構いいお兄ちゃんっぷりを見せたりもしています。
こういうのを教えるのは上手な方なんじゃないかな?
結構優しい言葉で教えてるし、面倒くさがらないとことか
すごくいいお兄ちゃんだなーって思います。
ただ、説明が字がまだ読めない長女にはわかりづらいんで
そこは私がフォローしますけどね。

長男は3歳前からひらがなが読めたから
今の長女の年齢の頃には文章が読めたんだよねー。
ホント子供の成長って色々ですね。
個性が違って面白い。

違ったタイプの兄弟から影響を受けて
合わせたり、マネしたりするのも面白いですね。
普段は私が家事や育児にあたふたしていて
一人っ子の子と比べたら
丁寧に子育て出来てないよなーって感じて事が多いんですが
やっぱ兄弟がいてお互い刺激し合って成長する事は
とても良い事だと思うので
今はこれでいいのかな。

全部を欲張る事は出来ませんもんね。

さて、三男の記録をもうちょっと。
お外が好きな三男は靴をはくのが好き。
「はくー、はくー」と言って靴を履こうとします。
お兄ちゃんの靴も私のスリッパでも
何でも履いて歩いてる姿が面白いです。
そして歩くのがとても上手。

1歳の割にスリッパでホントに上手に歩きます。
洗って干して取り込んだ靴が置いてあるのを見つけては
一人で履いてペタペタと歩いてるのがとってもおかしくて可愛いです。

上の子達は特にそんな遊びはしなかったので
三男は私の中で靴が好きな子という事になってます。



妻です。

今日で次男がいなくなって4年11ヶ月です。

5年前の今は次男が生きていました。
次男が生きていた頃の事を長男は
「夢だった」と感じているようですが
なんとなくそう思う気持ちわかります。

今の生活からしたら「ありえない」事ばかりですからね。
記憶力の良い長男だから忘れてはいないけど
現実ではありえそうにない事ばかりだから
「夢だった」ように感じるのは無理ない。
自然な事のような気がします。

自分の子供が亡くなるなんて事が現実なのかな?
夢じゃないのかな?
毎日ふとそう思っては次男の写真に目をやって
やっぱり夢じゃないんだって
涙を流しながら過ごして来ましたからね。

長男は2歳だったからね。
ホントはもう覚えて無くて当たり前なのかも知れないけど
長男はちゃんと覚えていて
私が「一緒に病院に会いに行った事覚えてる?」って聞くと
「覚えてるよ。当たり前じゃない。」って言ってました。

「ホントは4人が良かった?」って長男が言ったので
「当たり前だよ。そりゃー4人がいいにきまってるよ。
お母さんは毎日〇くんがいなくて寂しいよ。」
って言ったら、長男はちょっと涙ぐんでお布団にもぐってました。
「どうしたの?」って聞いたら
「涙が出たのがバレないようにもぐったんだよ。」って言ってました。
やっぱり弟が一緒にいないのは悲しいよね。

こうやって次男の話が出来る長男がずっと私のそばにいてくれて
彼に支えられて私は生きているんだなーと思います。
次男がいなくて寂しいって思ってくれる人なんて
他にいないからね。

最近は三男もちゃんと次男の名前を覚えて
「○くんどこにいる?」って聞いたら
お空を指したり、写真を指したり
ご飯やお菓子をあげたりもしてくれます。
もちろんお菓子やパンを貰ったりもします。

いつの間にか次男のお皿が空っぽって事もよくあって
私が家事をバタバタしてる間に三男が食べて
お皿だけ戻されてます。

次男のレゴも三男がしょっちゅう壊すけど
誰も触らないよりいいよね。