私たちが知っている現代のピアノ。今の形になるまでにどれくらい時間がかかっているのでしょうか。ピアノが生まれたのは1700年頃、バッハがまだ10代の頃でした。鍵盤の数だけ見ても、現在の88鍵になるにはドビュッシーの時代まで約180年かかっています。ということは、多くのクラシック作曲家は、私たちの知っている現代のピアノを想定して楽譜を書いていないことになります。いったいどんなピアノを使っていたのでしょうか。
 バッハの鍵盤曲に至ってはピアノのために書かれていません。生まれたてホヤホヤのピアノはまだ魅力に乏しかったようで、当時の主流だったチェンバロやクラヴィコード、オルガンで弾くことを前提としています。ピアノという楽器が飛躍的に伸びたのはベートーヴェンの時期でしょう。ソナタ「ワルトシュタイン」や「熱情」は、ペダル装置が完備され、それまでより鍵盤数の多い音域が広がったピアノを手に入れたことが、作品に大きく影響しています。楽器が音楽家に活力を与え、また彼らのアドヴァイスが楽器を育てるという好循環がピアノを成熟させていったのです。
 当時のピアノは、現代のピアノと分けて通称「フォルテピアノ」と言われています。次回はパート2と題して、ショパン時代のフォルテピアノを触った経験を基に、さらにこの視点を深めて楽譜に書かれているイメージを考えてみたいと思います。


高木 早苗/ピアニスト、都立芸術高校非常勤講師、(社)全日本ピアノ指導者協会正会員。
5歳よりピアノを始め、都立芸術高校を経て東京藝術大学卒業、ミュンヘン国立音楽大学大学院修了。

「私と楽譜」は株式会社ミュージックトレードが発行している月刊「ミュージシャン」に掲載されているコラムです。
<3>「楽譜を読む~どんな楽器のために書かれたか?の視点(1)」は、株式会社ミュージックトレードと著者である高木早苗様のご好意により月刊「ミュージシャン」2008年6月号より転載させていただきました。

 

CARS(楽譜コピー問題協議会)のホームページ http://www.cars-music-copyright.jp/