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「有機」に健康効果なし=一般食品と栄養変わらず 【論文】

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090730-00000016-jij-int
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有機食品に健康効果はあったのだろうか。
有機野菜と、よく聞いたことがあるが、それは健康によいとされていたのだろうか。「当社が作っている有機野菜です」「100%の有機野菜にて使用しています」とキャッチフレーズのように書かれてある広告看板を見たことがある。私たちは本当に健康によいと信じて食していただろうか。


有機栽培と言っても、専門家ではない限り、これであるとは明言できないであろう。また私たちは、人工的に作られた科学肥料や合成農薬を使用したら体に悪いということしか意識していなかったはずだ。


例えば現代社会においては、見た目のいい、形がいい野菜や果物がよく売れる。それは消費者からの購買意欲からでしかないが、事実それが罷り通っている。科学肥料を使わずに、虫が食べて穴が開いたり、黒くなったりしたのは売れ残ってしまうのだ。しかし形も色も自然環境に近い有機栽培として育てた野菜は、その栽培方法に意味があったのだ。農業や規格、農薬の種類などで科学肥料が使われずに育った有機野菜として、ただそれだけとしてしか認識していない。有機野菜は、体に悪い科学肥料を使っていないということだけであったのだろう。


有機栽培について調べて頂ければ幸いだが、各方面では様々な理由にて有機栽培を推奨しているところもある。しかし、有機栽培によって健康によいものが出来たのだろうか。健康によいと思って食していたのだろうか。健康への害が減ったということで理解している人は多いだろう。その人達は、有機栽培を推奨してきた博識者とは違い、「健康に効果なし」という結果発表は納得できるものだっただろう。




「漂着物に触らないで」 暴発、感染…夏の海 注意呼びかけ 国交省 【論文】

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090726-00000072-san-soci
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なぜ漂流物に触ってはいけないのだろうか。
昔から川や海には漂流物が流れてきたはず。しかしそれを再度注意しているということは、人間にとって更に危険度が増した漂流物が増えて、多く流れてきたからではないだろうか。


しかし多くの子どもたちは興味本位で色んな物を触る。何が入っているのかが分からない楽しみ、珍しいもの、もしかして生き物が住んでいるかもなど、容易に判断できるガラスや金属片とは訳が違う。「発炎筒、信号弾、薬品入りのビン、注射器」など列挙されているが、これも容易に判断できる。もちろん、動物や魚類の死骸は誰もが判断できるであろう。


例えば、記載のあるクラゲやエイの毒は昔からあるが、最近流行ってきた鳥インフルエンザは鳥の死骸にも菌を持っている。土を触ったり、川や海に入ったり、昔から遊びのひとつとして行なっていた行為は、いまでは未知の生物として考えられているのではないだろうか。毒を持った生物は誰もが判断できた。生物の棲家は容易に理解できた。しかしそれは子どもたちの知恵と勇気と、知識と見識が
備わった行動に伴っていた。今ではそれがなくなってしまったからではないだろうか。様々な社会情勢の変化にて、外で遊ぶ機会が減り、胆識として子どもたちに備わっていないからだろうと思える。


要するに、見たことのない文字や危険だろうと察する生物には、遊び回る子どもたちに、その危険度を学ばせることが大事であると思う。「漂流物を触らないで」と注意するのは、昨今増加傾向にあるモンスターペアレントと呼ばれる方々への、人的被害の賠償責任を求めることが不可能なことへの忠告であろうと考える。


”プロ乞食に騙されるな!” 街で見かける乞食の8割はやらせ 【論文】

http://news4vip.livedoor.biz/archives/51325780.html


なぜ”やらせ”乞食はおきるのだろうか。
乞食という概念は、”お金を稼ぐことが出来ない”で間違いないだろう。諸般の事情にて稼ぐことができない、働くことができないということで正しいと思う。しかし”やらせ”に至るということは、その国の社会経済が根本的にあるのではないだろうか。


現代社会、またこの記事としては中国が挙げられているが、国際的社会から見ると原因は奥深いところに国特有の問題があるではないかと考える。どの世界、国にも金持ちはいる。旅行者となれば裕福で、時間やお金に余裕のあるものが各国を回れる。つまり外国人であれば、誰でもよいという傾向である。


例えば海外を旅行した場合、中国に限らずどの国においても乞食は見かけた。やはり記事にあるように小道具は様々である。それは同情を引くように、投げかけるように、感嘆なる思いで呼びかけてくる。人間の心の隙間、もしくは優しさに突き刺さってくる。どうしても何かをしてあげなければという同情心を掻き立て、寄付をせざるを得ない気持ちになる。


要するに”やらせ”というよりも、一種の職種だと思う。お金を稼ぐことを乞食という生業で稼ぐ。方法は多種多様にあるが、乞食という職業が成り立っている国があるということなのだ。私たちが騙されて商品を買ったように、乞食風な人々に、騙されてお金を与えてしまっているということになるのであろう。乞食という職種が生まれる国において、問題があり且つその国が更なる発展・進歩が必要ではないかと考える。



スチュワーデスがセックスシンボルだった時代 【論文】

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http://www.gizmodo.jp/2009/07/post_5844.html

いつの時代がセックスシンボルだったのだろうか。
今の時代の呼び方はキャビンアテンダント、フライトアテンタンド。昔のよき時代にはセックスシンボルとして成り立っていたのだろうか。

日本では憧れの職業として、スチュワーデスがあった。飛行機に乗れる楽しみと、そこで働く女性に脚光が浴び、女なら誰しもが憧れる職業として輝いていた。男性なら合コンの相手はスチュワーデスとくれば、大喜びをしたはずだ。

しかし時は流れ、時代は変わり、スチュワーデスも社員ではなく契約社員(派遣社員)として様変わりしてきたのである。憧れの職業は、会社に属する社員ではなく、期間限定に生り得る社員へと変わった。現社会では派遣社員の切捨て、就業の限界、景気低迷にて大きく変わった。また高額であった航空代金も、他社との競合にて価格が下がり、誰もが手が届く交通手段として成長してきた。

例えば、海外に行くために船ではなく飛行機が盛んに使われるようなった。それは時代と共に航空代金も安くなってきたからだ。私も再三海外へ旅行に出かける。スチュワーデスという職業には昔きから興味がなかった。国内線は数回利用したことがあったが、それよりも国際線の利用率が挙がってきたのだ。外国の航空会社にもスチュワーデスはもちろんいる。席への案内、シートベルトの確認、ジュースの持ち運び、食事の運搬、スチュワーデスという職種は、単にウェイトレスという職業と大差はなかった。店内(機内)に案内し、注文(飲み物)を伺い、到着したら送り出す、時給800円のウェイトレスの仕事内容と全く同じだった。なぜ日本での地位が高いのか、理解できなかった。

要するに、昔は日本でも海外でもセックスシンボルとして脚光を浴びていた職業は、時代と共に仕事の内容を理解され、航空代金も下がり、底が知れた職業に成り下がったのではないかと考える。もちろん、ビジネスクラスでも同じことが言えた。女性が成りたい職業の上位にスチュワーデスは見当たらなくなってきたのも事実である。

「非モテSNS」で人力コメント付けサービス 寂しい日記を“救済” 【論文】

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0907/15/news051.html
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論文にて練習しようかな。


”寂しい日記を救済する”ために、コメントをつけるサービスがスタートするなんて、なぜこのようなサービスが出てくるのだろうか。

日記というのは自分のために書いているのではないのか。日々思ったことや、感じたこと、楽しかったことや印象に残ったこと。いつまでも忘れないためにも日記をつけていくのではないのか。

しかし自分の気持ちや思い出を、自分の中だけで閉まっておくことに、もどかしさを感じてきたのではないだろうか。またそれに加えインターネットの社会が普及し始めてきた。誰でも好きなことを言いたい、もしくは言える場所が設けられてきたのである。日記として個人だけで思い、または悩むより、不特定多数の係りのない人達にまで、共感してもらいたいという傾向がSNSとして表われてきたのではないだろうか。

たとえば、自分自身でも日記としてSNSを公開している。もちろん自分自身の記録として、もしくは知識・情報として利用するために残している。そんな中、見ず知らずの方からの共感したコメントや質問、自分のことを気にかけている内容の文面が書かれてあるとうれしくなる。自分はひとりではなく、同じような感じ方をしている人達がいることを知るであろう。しかしそれは毎日コメントされるわけではない。故に救済するサービスが出てきたのではないだろうか。

要するに、せっかく発表をする場があってもそれを共感してくれるコメントがつかない。それはネット社会に溢れる情報が多すぎることもあるだろうし、共感できない内容でもあるだろう。コメントがないということはネット社会においても自分自身の存在が認められていない、ゆえにそのユーザー達を助けたいと感じ、サービスがスタートしたのである。

自分を発表できる場があって、救済されるサービスがスタートしたとしても、人としていつでも認められる存在に成り得るとは感じられない。

「美人記者」急増の危うさ……“体当たり”取材の功罪 【論文】

http://newsing.jp/entry?url=bizmakoto.jp%2Fmakoto%2Farticles%2F0907%2F16%2Fnews005.html
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なぜ美人記者が急増しては危ういのだろうか。
このコラムを読むと、ナンバーワンのホスト、ホステスを例に挙げ「枕営業」をしない理由を書いてある。体当たりをすれば一時的に売上は上がるが、バレたら「枕」の汚名が付きこの商売を続けられなくなるということなのだ。そしてそれを美人記者にも当てはめている。美人をエサにスクープ記事を取るために、体当たりをしてると。

しかし美人ということはひとつの武器ではないだろうか。誰もが美人になりたくてもなれない、生まれながらにして持った武器であると思う。また仕事においても、夜の世界中心である水商売という後ろめたいものではない。記者ということは、お天道様に誇れる職業ではないだろうか。職業において差別することはよくないが、美人ということは、どの世界においても高度な武器、手段、アイテムだと思う。

例えば、このコラムにもあるが、“政治家や企業経営者のウケが良く、ネタを引いてくる確立が高いという側面がある”そうだ。若くてきれいで人当たりも良ければ誰しも話しをしたくなるだろう。お叱りを覚悟の上で論証していくが、見た目の重要性というのは少なからずある。それは男女問わずとも人間の本性としては、誰しも感じていることであろう。

要するに才覚もセンスもない記者が、美人という武器を持って体当たり取材を行なう。それはネタが欲しい、記事を書きたい、給与を上げたいなど様々な理由もあるだろう。中身が伴わなくとも、最大の武器を駆使して仕事を行なうことが、どうしていけないことなのだろうか。何が危ういことなのだろうか。嫉妬や僻みとしか感じ得ない。
危惧するとするならば、その武器はいつまでも続くことではないということだろう。


秘宝館が温泉街にあるワケ

裕福な母親には息子が生まれやすく、貧困の中では娘が生まれやすい?

http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20090708_baby_gender/


俺様んちは裕福じゃないけど???(笑


なんだ??




仮想空間「アメーバピグ」50万人突破 有料アイテム好調、月数千万円の売り上げ

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0907/08/news072.html

サイバーエージェントの仮想空間「アメーバピグ」のユーザー数が約4カ月半で50万人を突破した。有料アイテムも好調で、月数千万円の売り上げがあるという。


登録してみるか???


このサイトきらいなんだよな。




小室哲哉が六本木で豪遊

http://togiushi2nd.blog54.fc2.com/blog-entry-430.html
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やっぱ変わんないだろうな。

金があった時代から抜けられないだろ。


しかも借金は肩代わりしてもらってるんだから。