夏日一日目の昨日、

「ボストン美術館展」行って来ました[E:banana]

ノースリーブのワンピースで丁度良いほどの陽気だったのに、

美術展に一歩踏み出すと急に冷房が効いていて

パーカーをはおっただけでは足りない冷気に

ストールをロッカーに置いてきた少し前の自分を恨めしく思いながら。

絵画の前に立って、自分がスポンジの様に、

絵画から色々なものを吸い込めるのを感じた。

それは、この民間経営で成り立っている(!)

アメリカの歴史ある美術館の一つ、

ボストン美術館が改修工事をしているこのタイミングでないと

集まらないのではないか[E:sign02]という

名画達がみれたからなのであろうか。

ただ単純に、久々の美術館で

藝術に飢えていたからなのであろうか。

この美術展は“名画のフルコースをご賞味あれ”と銘打って宣伝している
のは伊達ではないなぁと感じる、

16c~20cの西洋美術史の流れが知れるような作りになっていて、
いいとこどりした気分になれる。

この展示会はマネやベラスケス、レンブラントなどの肖像画から始まる。

一枚一枚、同じ部屋に人と一緒にいて感じるような

体臭や体温、人物像まで伝わってくるものばかり。

今まで肖像画を書くのにバックの色が暗いトーンというのは、

全体的に重々しくなってしまうよな・・・と思っていたのだが、

今回一人一人と対峙してみて、

その人物像がより浮かび上がり、人だけに視点が合う理にかなったものである
と納得できた。

久々に宗教画ですら肉感的なイタリア美術に触れる事ができたし、

農家の人々やら日常がモチーフに移っていく風俗画や

(ミレーが一点「馬鈴薯植え」等)

風景画、印象派(ゴッホは残念ながら一点だけ。)からキュビズム。

モネはボストン美術館で有数のコレクションを誇っているらしく、
今回も10点、ずらっとモネの部屋があった。

半円にカーブした白い壁にモネがかかっているだけで、
部屋が清涼な空気。

今回展示会全体通して、一番心にきたのはモネの「積み藁」であった。

藁が夕陽にあたり、積み藁の影にいるこちらにまで

どれだけ強烈な西日かを感じられる。

燃えるような橙色に照らされて、暖められ蒸されたような乾いた草の香り。

一日が終わる前の一瞬の幸福の時間。

その一瞬をキャンバスに閉じ込めるという素晴らしさを
再確認して、

どれだけ美しいものの一瞬を捉える写真は真実だけれども、

そのまましか映せない。

一人の人間の感じた心と目を通して、呑み込み咀嚼され、

時間をかけて描き出し再構築された絵画は、

リアルより真実に迫るものがあるのではないのだろうかと思った。

絵画は芝居に、絵描きは役者に似ているのだなぁと。

どこかで見た「ルーアン大聖堂」の夜明けをまた見れたのも
嬉しかった。

ついぞしていない、朝まで遊んで、
身体はつらいながら、夜明けの凛とした空気を吸い込んで
もうすぐ出てくる朝日のあまりの眩しさに目を細めるのを
思いだした。

物足りなさや、点数ありすぎて疲れてしまうことのない、

いいとこ取り♪
「ボストン美術館展」のレポでございました☆