昨日はメールを打つ手が震えた埼玉カープ会会長です。栗原選手の代表入りは埼玉カープ会にとって、それほど特別な意味があるからです。以前も触れましたが4年前の7月、雨で市民球場でのナイターが中止になった日、広島そごう入口に立っていた「山」に驚き、見上げるとそこに二軍から上がってきたばかりの栗原選手の顔がありました。若きスラッガーとして将来を嘱望されていたその男と握手した瞬間「これはとんでもない男になる」と確信しました。その二日後、市民球場で観戦した私の前で栗原はシーズン1号本塁打を放ち、その確信を本物にしてくれました。第1回WBCが開催されたのはその翌年。日本は見事、初代王者となりましたが、埼玉カープ会(当時・小金井カープ会)ではその直後から「2009年WBCは四番・栗原で」を提唱し、カープの東京遠征時には選手宿舎の栗原選手あてに、「WBC日本代表での四番を目指せ」という電報を打つなどして栗原選手を激励して来ました。それだけに、1ヶ月前、栗原が28人の枠から外れてから、埼玉カープ会的には複雑な心境で侍ジャパンへの応援をしていました。それが昨日、これから日本野球を背負うもう一人の男・村田修一のまさかのアクシデントで、栗原に世界の舞台の出番が回って来ました。村田選手には気の毒ですが、埼玉カープ会の願いが期せずして実現の方向へと向かうことになったわけです。ご存じの通り、カープは現在オープン戦6連勝中。その原動力は四番・栗原のバットです。開幕に向け、すばらしい調整をしていた栗原が侍ジャパンでどんな存在になるのか。市民球場での最後のオープン戦で四番に名を連ねる予定だった男は、明日、もっとすごいところで武者震いをしているに違いありません。背番号5の侍は今日、海を渡ります。