carpediem
Amebaでブログを始めよう!

集団の中で感じる孤独。

自分と他人の間に存在する壁。

失っていく自信。

自分でも嫌になるほどの羨望。

自らの行動に感じる疑問。

思考と行動の不一致。

そしてまた抱く後悔。

他人に感じるのは恐怖。

連なる思考。

満たされることなき心。

広がる空虚。


鋼鉄の心を持とうとする自分。

自分は違うと言い聞かせるために。

自分は強いのだと言い聞かせるために。

しかし心にあるのは、鋼鉄の壁。


「つまずくことより怖いのはつまずかない様に歩くこと。痛みを忘れてしまうこと。」


仕事の社会的意義とは

今日バイトの面接に行ってきた。

仕事内容は、高額な教材販売の営業。

俺は前々から営業職がやりたいと思っていたので、うってつけである。

しかもお金がよい。

インターンでも営業職に就くことはできるが、給料が出ないケースが

多いため、俺にはちょっと無理だ。

つまり、お金、自分の成長を考えても、このバイトはとても良いわけだ。


ただ、一つ問題がある。

非常に高額な、常識以上の値段で教材を売るというものだ。

クーリングオフもあるわけだし、押し売りというわけではないが、

良心が痛むのは否定できない。

契約した家庭が、後で後悔するケースもしばしばあろう。


そこで、仕事の社会的意義というものについて考えてみた。

俺は、前々から社会にプラスのインパクトを与える仕事に就きたいと

思っていた。そういう点からすると、この仕事は違う気がする。

しかし、本当に全く意味のない仕事なのだろうか。

企業の目的は利潤最大化ということ、またそこで働く社員が大勢いる

ということを考えると、一概には言えない気がする。

この企業に貢献するということを考えて働くのも悪くない気がする。

社員の方が、意外としっかりしていたこともある。


俺が将来やりたいと思っている金融関係の仕事も、本当に社会に

プラスのインパクトしか与えないのだろうか。

利益を稼ぎ出す際、やはりどこかに不利益を被っている人が存在する。

それが目に見えないだけだ。


今回の仕事は、そう割り切ってやるしかない。

なぜなら、俺にはお金が必要だから。

営業の仕事がしたいから。

とりあえず、今はこれしかない。


「人が滅多にしない経験をしろ、人が滅多にしていないようなレベルで。」

杉村太郎














美術

今日、上野で開かれているドレスデン美術館展に行ってきた。

日本国内の美術館に、自分から足を運んだのは初めてだと思う。

感想としては、なかなか良かった。

俺は絵画が好きなのだが、けっこう良いのがあった。

ただ、ちょっと風景画が多すぎた。

自分はどちらかというと、人物画が好きだ。

風景は、目で見た方がいいと思うのは自分だけだろうか。

人というのは、年老いるものであるから、昔の人は絵という形でしか

見ることができない。


絵を見てまわっていると、美しい女性の絵の前で立ち止まっている

自分に気付く。

絵の描写技術の美しさよりも、描かれている人物の美しさの方が、

心に訴えるものがある。

女性画家の自画像が一点あったが、それがすさまじく綺麗だった。


人の美しさとは、一体何なのであろう。

それは絶対的な美。

衰えていくものだからこそ、その美に心を動かされる。


「美は過去も未来もなく、
唯、現在あるが故に、いつも生きているのだ 」

鈴木大拙






金融

今日とある金融の勉強会の開会式に行ってきた。

俺は、現時点では就職先として金融業界を第一志望に掲げている。

ちょっとその理由をここで整理してみたい。


・お金が好き

・給料がよい

・様々な業界に関わることができる

・多くの人と接する、結局は積極業である

・社会に大きな影響を与えることができる

・常に勉強していなければならない、学びの姿勢を持たなければ

 いけないというスリリングな環境

・国際的業務の重要性

・かっこよさそう


かなり率直に挙げていくと、以上のような感じであろうか。

いまいちピンとくるものがない、というのが正直なところ。

やはり憧れやイメージだけが膨らんでいるのだろうか。


俺は、ある分野におけるプロフェッショナルになりたいと思っている。

これだけは誰にも負けない、というものを持ちたい。

なぜなら、一番になるのが好きだから。

そう常々考えている。


最近は、自分の適性というものを考えるようになってきた。

今の時点で、自分の得意・不得意というもののもある程度見えてきたが、

ここで自分の限界を設定してよいものだろうか、という一抹の不安も残る。

やはり、今のうちは「できること」よりも「やりたいこと」ベースで考えていきたい。


「他人と比較して、他人が自分より優れていたとしても、それは恥ではない.
しかし、去年の自分より今年の自分が優れていないのは立派な恥だ。」
ラポック




リーダーシップ

リーダーシップを発揮できる人間になりたい。

常々そう思っている。

リーダーというのは、責任が重く、精神的に疲れることもある。

自分の利益より、集団、構成員のことをまず考えないといけない。

しかし、その中で自分が得られるものも大きいし、実際に世の中を

変えていくのもリーダーであろう。


高校までは責任ある地位につくことを避けていたが、

大学に入ってからは進んでリーダー的な役割を果たそうとしてきた。

しかしこれが難しい。

先日インド旅行に行ってきたが、自分はうまく参加者全体をまとめることができなかった。

旅行自体は楽しかったが、リーダーとしては不合格であった。

リーダーには「cool head & warm heart」が必要といわれることがある。

自分にはcool headが足りないと思う。

冷静な頭脳。

問題が起こっても、一人落ち着いて、動じず、冷静に判断を下す。

リーダーが焦っていてはメンバーも不安になってしまう。


このような能力を身につけるには、生来的な性格もあるだろうが、

場数をこなすことも必要であろう。

これからも責任ある地位に、進んでつきたいと思っている。


「リーダーは尊敬されるが、必ずしも好かれるとは限らない」

ピーター・ドラッカー







アイデンティティ

アイデンティティ。


1.自分は何者であり、何をなすべきかという個人の心の中に保持される概念。

2.または共同体への帰属意識。


俺は、未だにこれが確立されていない。

もちろん完全に確立されている人などそうはいないであろうが、

自分自身においてはあまりにも不明瞭な状態だ。

もう就職活動が始まるというのに、自分が何をしたいのかはっきりしない。

「やりたいこと」から考えていけばいいのか、「できること」から考えていけば

いいのか。

自分ははもともと考えていること、思いを言語という形で表現するのが下手だ。

そのような状態でもいいから、とりあえず自分の思いを整理してみよう、

考えを巡らしてみようと思い、blogを始めることにした。


「共同体への帰属意識」という観点からすると、自分はある程度の

アイデンティティは持っている。

大学生になって、海外の人と話したり、自分自身が海外に行ったりする中で、

日本、そしてアジアという地域へのアイデンティティを強く感じるようになった。

時々、アジア人としてのアイデンティティを持つことを否定する人がいる。

しかし、その理由がよく分からない。

大東亜共栄圏的な考え、また地域主義的考えにつながると言う人がいる。

しかし、それを否定するならナショナリズムさえも否定されてしまう。

自分⇒家族⇒国⇒地域⇒世界

というベクトルで考えれば、地域にアイデンティティを持つことは、

家族や国に対してそれを持つことと変わりはないのではないだろうか。


自分は、アジア、特に東アジア圏での経済的な交流に関わっていきたいと

思っている。

東アジアの人々は外見や性格が似ている、というのが大きな理由だ。

日本人も、閉鎖的な環境から抜け出して、外に目を向けてほしい。

その際に、同じ気質を持っている東アジア圏、というのは最初の拡大圏内に

入るであろう。

自分自身がその中で何ができるか、というのは常々考えていることである。

最近は、時々自分の能力の限界というものが時々見えそうになることがある。

そんなものはないと信じたいが。

周りにあまりにも優秀な人がいるというこの環境は、自分を鼓舞するのには

良いが、同時に自信を失わせてもしまう。


ただ、その前にやることは数多くある。

近くの人も幸せにすることができない人が、多くの人を幸せをすることは

できないだろう。

まず、家族や恋人など、目の前の大切な人を幸せにしたいと思う。

自分にできることを、目の前にあることからやっていきたい。


「救済法をあれこれ持ちだして、一体どういうつもりだ。

最上の救済法は、この現在の瞬間を精一杯生きる事だ。」
ゲーテ