昨年末(12月20日)のことです。同業者のIさんが、私のことを「トモジィ」と呼んでいると知ったK女史から「ゴキブリをGと言うんですよ」と教えていただきました。Iさんの「ジィ」は「爺さん」であることは察しがつきますが、GokiburiのGとは。早速Iさんにメッセージを送ったところ、事もなげに「口語でじいはごきぶりですが、ローマ字書きするとGから始まるのでそう呼びます。友さんは爺さまの爺です」との返信。知らないのは私だけだったのです!
『広辞苑』によると、ごきぶり 蜚蠊
御器噛(ごきかぶり)の転 元来は熱帯産で、種類が多い。家住性のものは人間や荷物などの移動に伴って広く伝播し、台所などで食品を害するほか、伝染病を媒介する。アブラムシ。古名、あくたむし・つのむし。〈季・夏〉
との記述(一部、省略)がありました。〔※『広辞苑』では「家住性」、次の『世界大百科事典』では「住家性」〕
この基礎知識をもって『世界大百科事典』(平凡社)の「ごきぶり」の項をみるとさらに詳しい情報を得ることができました。そのいくつかを箇条書き風に引用させていただきます。
3500種のうち約1%のものが人類の生活と接触を保って住家性の害虫となり、(略)日本には南西部を主として約50種類のゴキブリが知られるに至ったが、(略)
ゴキブリと人間との接触は古く、前300年のアリストテレス時代より記録が見られるが、日本では江戸の中期以後外国との交流が盛んになるまで記録が見あたらない.しかしゴキブリという名称は江戸時代からあったらしく、御器(食器)覆(かぶ)りのつまったものといわれる.
ゴキブリの古名としては平安時代の阿久多牟之(あくたむし)、都乃牟之(つのむし)がある.アブラムシ、五器噛(かぶ)りなどは江戸時代の書に見える.現在の名は、明治時代の昆虫学者松村松年が《日本昆虫学》(1898)でゴキカブリをゴキブリと誤記したことに端を発しているという.漢名は蜚蠊(ひれん).英名コックローチcockroachはスペイン語cucharachaが英語化したもの
日本ではゴキブリを霜焼け、雪焼け、驚風(子どもの脳膜炎)、風邪、胃腸病、夜尿症の薬とした.漢方薬にもゴキブリを用いる処方がある.
ゴキブリが家の中を走り回ると嵐がくるというアメリカの言い伝えのように、天気を予知せしめるともいう.また、英米ではリンゴの匂いにはゴキブリを殺す作用があるといわれている.
(以上、第10巻 108頁より)
興味深いのは、これらの情報を集約したように簡潔したものが『広辞苑』の使命のように思えてしまうことです。
ちょっとしつこいのですが、ゴキブリの「ゴキ」について柳田國男の記述をご覧ください。
食器類はもと洗つても一々之を拭かないで、目の荒い竹籠に入れて水を切りました。其籠を紀州などではゴキカゴ、奥州の北でもゴッカゴと謂ひました。近畿中國はそれを茶碗籠、又はチャンカゴなどゝ謂つたのであります。又臺所に走りまはつて居る油蟲のことを、ゴキカブリ・ゴッコブリといふ土地があります。椀をかぢる者といふ意味であります。田圃の水の上に走る水スマシ、或はマイマイコンゴなどゝいふ、黑い梨のやうな小蟲をゴキアラヒといふのも、椀を洗ふ人の手つきと其擧動が似て居るからで、是等は何れも複合によつて古い單語が消え殘つた例であります。
古い名詞ではありますが、このゴキはやはり過去の新語でありました。字には合器と書くのが多く、又は合子とも謂つて、木地引細工を意味した漢語であります。多分は禪宗の僧などの輸入かと思はれ、是を御器の音だといふ説は、其起りが不明になつてからのこじつけであります。(以下、略)
『定本 柳田國男集 第十八巻』(筑摩書房、257頁)
柳田國男の『定本』については、可能な限りその記述に従いましたが、一部の旧字がうまく変換できませんでした、ご了承ください。
ごきぶり、という語自体がある学者の書き間違えが語源になっているというのは驚きですね。
以下、余談です。先日、談笑中に私が chisme と chiste を取り違えて「飲み放題」という chiste をスペイン女性から教えてもらったエピソードをご紹介しました。それから mañoso という単語がトラウマになっていることも数日前に記したばかりです。
この続編というわけでもないのですが、以下の記録が出てきたものですから追記させてください。
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"mañoso", una palabra traumática para mi
2019年6月24日(月) の「スペイン語ぽこあぽこ 012」で私の失敗談のひとつとしてこの単語に触れたことがあります。つい先日、久しぶりにこの語を耳にしたのですが、そのまま放っておいたままでした。この単語、私にはトラウマのようになっているのですが、このスペインドラマでは良い意味で使われているので、備忘のために記録させていただきます。但し、誤解を避けるためにペルーでの使用は避けた方がいいようです。
-¿Ya está? ¿Ha hecho la foto? Venga, que se me congela la sonrisa, Rosalía.
-Lo siento, señoritas, pero yo no sé usar este chisme tan moderno.
-¿Le ha dado a la palanca?
-Sí. Varias veces. Pero no pasa nada.
-A lo mejor, no tiene que pasar nada.
-Bueno, algo debería sonar.
-Pues yo no he notado nada. ¿Y esta palanca para qué será?
-Yo no la toco, no vaya a romperla.
-Yo tampoco. Tú eres más mañosa.
-A ver. Esto... Es como si arrastrara algo, algo que hay dentro. A ver si hemos atascado el mecanismo interior. No. Dentro tendría que haber el rollo de la película. En el periódico, hay fotógrafos y alguna he visto.
-A lo mejor, había que darle vueltas a la manecilla esa.
-Se ha atascado. ¿Lo has roto? No. Es como si se hubiera atorado el rollo de la película.
-Tenga cuidado, señorita. Tenga cuidado. ¡Oh! ¡Dios mío! Ya lo ha roto.
-No, Rosalía. Aquí dentro es donde está la película. Y si no se pueden hacer más fotografías, solo se me ocurre una razón.
-Perdone, señorita, pero no entiendo nada.
-Conozco a alguien en el periódico. Puedo llevarle el rollo y que revele las fotografías que ya existen dentro.
“Seis hermanas” - Capítulo 172
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上記のメモは年月日の記入がないので、私のHPには掲載されなかったかもしれません。2019年12月24日と翌25日の個別記事に挟まれるように残っていました。恐らく同じことを繰り返しHPにアップロードすることを躊躇ったのだろうと思います。
ところで、上の引用文中に chisme が出ています。ここでは「陰口、(悪意のある)うわさ話」ではなくて「(名前の分からない)道具、小物、がらくた」という意味(いずれも『クラウン西和辞典』三省堂 の語義)です。
もう少し脱線を続けます。英語 cockroach がスペイン語 cucaracha 由来だということでスペイン語の語源辞典を引っ張り出しました。
CUCARACHA, derivado de cuca ‘oruga o larva de mariposa’, que en ciertos romances significa ‘bicho, sabandija' genéricamente, y en dialectos castellanos vale ‘cucaracha’;
-J. Corominas “Diccionario Crítico Etimológico Castellano E Hispánico”
(Vol.II, p.264 GREDOS)
ついでに chismeはどうなっているか引いてみると
CHISME, ‘noticia falsa o mal comprobada que se rumorea’, ‘trasto insignificante’, origen incierto, parece ser derivado del antiguo chisme ‘chinche,’ procedente del lat. CIMEX, -ICIS. En el sentido de ‘niñería, cosa despreciable’. (íbid. p.376)
です。これに対してRAEは chisme の語源をDel lat. schisma, y este del gr. σχίσμα schísma 'escisión, separación'.と異なる見解。
それでも、J. Corominasが、未詳としつつも chinche「南京虫」を意味するラテン語を語源とする説を紹介しているので特筆しておきます。ゴシップと南京虫にどんな繋がりがあるのかわかりませんが、ゴキブリでも虱でも何かに群がる虫です。憎むべきもの、嫌われ者との連想から頷けなくもないとも言えます。いずれにせよ、chisme が「中傷、陰口」や「あれ、それ」というように名前の分からないものに使われたり、chinche が「シラミ」や「画鋲」を意味するのですから不毛な詮索をしていられませんね。
一事が万事、こんな調子なのであっという間に毎日が過ぎ去っていきます。もう少し生産的な生活ができるといいのですが、これも私の性分なのでどうにもなりません。だらだらと失礼いたしました。