風はライト方向へ吹き荒れていた。
1回の裏にとった1点を今日は守りきれなかった。

負け試合につき、ユニフォームは脱いだけど、
カープピアスだけはしまうところがなくて、
つけたまま帰る。今日は寝過ごさなくて済みそう。




年度明けに起こそうとしているアクションを
結構たくさんの人に宣言してしまっていること。
それに向かっている最近は、だからこそなのか、
いい仕事ができているような気がする。






その人のようになりたいと思ったら
まずはその人のマネをしなさいという教えは
あながち間違っていないと思う。
そうやって得てきたものはたくさんある。

私の場合、すぐ感化されてしまうという、
ただ流されやすいだけなのかもしれないけど。

それでも、それだけ影響を受けるような人が
周りにいっぱいいるというのは有難いことである。

違うよ、おかしいよと否定してくる人も、
それでいいんじゃないのと話を聞いてくれる人も、
何も言わずに放ったらかしにしてくれる人も、
私のことが好きな人も嫌いな人も、
すべてが有難いなぁと思う。


誰か様の話ではないけど、かっこよく言ってみると
周りに“人”がいる限り、私は潰れないな。


いつまでもらってばっかりの人生なのかと
自分に言いたくなってしまうけど。




カープからは飛びすぎてしまった話。


ゆっくり過ぎていく台風も悪くない。
雷と風の轟音にはいつまでたってもビビりだけど。
ゴーヤの佃煮が人気を博している。


店のスタッフから、作ってこいと言わんばかりに
ゴーヤを渡されたこともある。今年流行りの
緑のカーテンの産物だ。

さらに時々、とあるスポーツバーでは
押し付けがましく授けられたその佃煮が、
半ば強制的にふるまわれることもあるという。
(まったく、優しいマスターである。)



「そういえば昔、夏になるとゴーヤの佃煮を
やたらと作っていた女の子がいたよね」
と語り継がれることが作り手の目的であるらしい。






さて、何試合目かはもはや分からなくなったけど、
今日は緊迫感溢れる投手戦の末に巨人を降し、
なお栗原1000本安打達成というメモリアルゲームを
見届けることができ、1杯やった帰りである。
そろそろ私の勝率も5割にのったんだろうか。


あの場面で、栗原はプレッシャーにやられるよと
あきらめていました、ごめんね、我らが栗原さん。

どうにか2位以下の団子の部分に食らいついている
カープに求めるのが、CS進出の先に見える、
広島の経済の活性化だとしたなら、これは
ファン失格といわれるでしょうか。





それでもやはり、広島にいる上で、カープが
生き甲斐のひとつであることに変わりない私だ。
ユニフォーム姿で1人夜の街を歩いている時の
「今日勝った?」と聞かれることの多さに、
それがたとえ酔っぱらいの戯れと知っていても、
ここが「カープの地」であることを実感して
こんなにも嬉しい。
カープファンというだけで「カープ」と呼ばれる
広島ではないところで育ったから余計に、だ。

広島を離れる(かもしれない)時期まで7ヶ月。

よく笑われるけど、嘘じゃないと思っているのは
「生まれる前からカープファン」。運命だもの。

必死になってお土産を選ぶのに30分もかかった。
それでいくらかの寂しさは緩和されたと思ったけど。



家を出るまでの私は、それはそれはあまのじゃくで、
ひねくれるにも程があるよというくらいの反抗期を
両親に食らわせていた。相当なもんだった。

今回の帰省では、休みっぽいことがしたいと言って、
自分からお願いして1日連れ回してもらった。

昔と違ってきれいな景色をきれいと言ったり
美味しいものを美味しいっていって食べたり
にこにこ笑って写真におさまったりしたら
それはもう、幸せな家族の時間だった。
今まで何度このチャンスを逃してきたんだろう。
家族とはこんなにもありがたい存在なのに。



船に乗ってお土産の袋を整理して出港の時間になって
母から「ちゃんと座れた?」とメールがきたらもう、
人目も気にできないほど涙が出てくるのである。

今年28才になるのに、どうにかならないのだろうか。
いつまでも幼子のようなこの私。




女親は男の子の方がかわいいというのは本当で、
弟がほぼ入れ替わりで帰ってきているもんだから、
母は弟のことが気になって仕方ない様子だった。

当の本人はといえば、「別に」とか「うん」とか
相づちもままならないくらいの声しか発さない。
これがどうやっていくつもの面接をくぐりぬけて
就職を決めてきたのかと考えるとまたおかしくて、
母と私は、隠れて大笑いしているのである。


だから見送りはいいよ、と一人で家を出ようとしたら
「えーやないの~」とついてきた母は、道すがら
やはり弟の話をしていた。




3連休ってやっぱりちょっと長すぎる。
パッといってパッと帰るくらいのとんぼ返りが
さっぱりしていていいかもしれないな。

「こっちにも本屋はあるんやけん」と言われるも、
「愛媛に帰ってまでやるくらい本屋に執着しないよ」
という気持ちは言葉にしなかった。

じゃあどうしてと言われたらそうなんだけど、
広島にいる人たち、もちろんカープもなんだけど、
何といっても、何か一花咲かせたと満足もせず、
この地を離れて地元にひょこひょこ帰っていいものか
という思いが一番にあるのだ。
自由奔放にやってきただけに、より強く。





さて、もうすぐ広島港に着いてしまう。
こんなに目が腫れてしまって、いつものことだけど。
家に着くまでが連休だけど、船から降りたら
明日の仕事と飲み会のことを考えてみようと思う。