「広島に行ってそれを感じられた…」“ヤクルト石井琢コーチが弟分”内川2000安打に、鑑になれ!

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5/10(木) 10:00配信 デイリースポーツより引用:

“弟分”内川2000安打にヤクルト石井琢コーチも感慨「本人の努力のたまもの」

語る時にうれしそうな表情になった。ヤクルト・石井琢朗打撃コーチは「本人の努力のたまもの。

よく頑張ったと思う。オレなんか全部において抜かれている。

大いにリスペクトしてますよ」と目尻を下げた。ソフトバンク・内川の通算2000安打の話題には、感慨がにじみ出た。

08年まで在籍した横浜での同僚…というよりは、公私ともに面倒を見たひと回り(12歳)下の“弟分”という表現の方がピッタリかもしれない。

「野球を教えたというより、メリハリのつけ方じゃないかな。

メシとかも一緒に行ったし。

よく野球をやり、よく遊んだ」と当時を振り返る。

 内川が高卒ドラ1の新人遊撃手だった01年。

前年まで4年連続ベストナインだった石井コーチは「まあ、抜かれることはないだろ」と感じたという。

体の線も細く、まだまだの印象。

そんなホープが3、4年後には着実に力をつけてきた。

 そして「2000本(安打を自身が達成した08年)ぐらいの頃かな。

急激にグンと伸びて抜かれたと思った」という時が訪れる。

1月の自主トレで、内川に明らかな変化があった。

「ひと冬で体つきがドンと変わって、顔つきも全然違っていた。

ボールの飛ばし方をおそらくつかんだんでしょうね」。

08年の内川は、現在も右打者歴代最高である打率・378をマークして初の首位打者を獲得。

大ブレークを果たした。

 かわいい弟分の成長に伴い、石井コーチの心境にも変化が生まれた。

96年から不動の遊撃レギュラー。

定位置は「渡したくない」という気持ちしかなかったのが「ウッチーが同じポジションで渡すのなら、潔く(現役を)辞めようと思った」と変わっていった。

内川は一塁と外野が主戦場となったため、現実にはならなかったが、それだけの決意をさせる存在になっていた。

 通算2432安打を誇る石井コーチ。

「手の届かないところに行っちゃった」とたたえる後輩にも、求めたいものはある。

「その先を彼は見据えていると思う。

良くも悪くも鑑(かがみ)になってもらいたい。

お手本になろう、なろうとするのではなく、悪いところ、失敗もさらけ出せるように。

僕がそれを感じられたのは、広島に行ってからだったので」と期待を寄せた。

 内川はまだ35歳。

偉業を通過点に、さらに野球人として成長を-。

名球会バッターの先輩として、愛情あふれるエールだった。(デイリースポーツ・藤田昌央)

■ファンの声は?

琢朗が横浜に在籍していた時に唯一こいつにレギュラー奪われるかもしれないと思わせたのが内川だったらしい。

ソフトバンクじゃなければもっと伸びた選手だと思う

FAでソフトバンクへ移籍して尚且つ年齢を重ねて

これまで見えなかったモノが見えてきてる感じはするけど後輩から弄られても
笑って返すだけの度量もあるみたいやし
次は2500安打へリスタートだな

横浜から出た選手はみんな幸せだなー。

私の記憶の中では、右打者最高は落合であった。

がっ、現代の多球種において内川は素晴らしいだしゃになった。

打席数はわからないが、試合数では落合より早いのでは?

このままいけば、日本のプロ野球の歴史でも片手に入る名プレーヤーに名を残すであろう。今後も頑張ってほしい。

石井 谷繁 内川 佐伯 横浜に残留してたら…
3回は優勝してたのに

……………
2000本おめでとうございます!

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BY カープBOY

文章&画像引用元:
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180510-00000040-dal-base