夜2時に泥酔パンツ一丁で素振り…。豪快すぎる鉄人、衣笠伝説!

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4/26(木) 16:56配信  夕刊フジから引用:

衣笠さん、豪快すぎる鉄人伝説 深夜2時に泥酔パンツ一丁で素振り…

 23日夜に上行結腸がんのため71歳で死去した元広島の衣笠祥雄(きぬがさ・さちお)さん。

プロ野球記録の2215試合連続出場を達成し、国民栄誉賞を受賞して昭和の野球ブームを牽引した。

鋼の体と精神力を穏やかな人柄で包み、ファンから愛されたが、知る人ぞ知る、「鉄人」と呼ばれた男ならではの豪快過ぎる伝説の持ち主だ。

 ■真っ赤な外車を駆り

 衣笠さんは1965年に京都・平安高(現龍谷大平安高)から広島に捕手として入団し、間もなく内野手に転向した。

 衣笠さんと親交があり、かつてニッポン放送でプロ野球実況の名アナウンサーとして鳴らした深澤弘氏(82)によると、3年目までは練習に身が入らず、まだ実績もない若造にも関わらず、真っ赤な外車を乗り“スピード狂”と呼ばれていたという。

 そんな3年目のオフ、プロ入り当時の担当スカウトだった木庭教(きにわ・さとし)氏に「サチ、ちょっと話がある」と呼び出される。

 ■まさかの“引退勧告”

 「ひょっとすると、トレードに出されるのかな」と考えていた衣笠さんだが、開口一番「次の仕事を考えよう」と“引退勧告”され腰を抜かした。

「おまえの取り組み方では見込みがない」とキツくお灸を据えられたという。

 「血の気が引いた。これは死んだ気になって練習しないと、と心を入れ替えた」という衣笠さんは、さっそく翌68年に一塁手として1軍のレギュラーの座を獲得。21本塁打、打率・276をマークした。

 しかし、一流選手になってもなお、昭和の野球人らしく車と酒を愛していた。

 根本陸夫監督時代の70年。

当時の広島は、後に大洋、ヤクルトで監督となる関根潤三氏がヘッドコーチ、後にヤクルトや西武を監督として日本一に導く広岡達朗氏が守備コーチを務め、厳しさに定評があった。

 同年夏。深澤氏は広島から東京へ帰る寝台特急が台風の影響で運休となり、単身赴任で球団寮に住み込んでいた関根コーチの部屋に泊めてもらうことになった。

夜10時。関根コーチの指導の下、大広間で山本浩二、水谷実雄、三村敏之、水沼四郎ら、5年後の75年に球団史上初優勝を果たし“赤ヘルブーム”を巻き起こすことになる主力たちが、1時間にわたり素振りで汗を流す姿に圧倒されたという。

 「1人、いなかったな」。終了後に関根コーチがつぶやいた。その1人が衣笠さんだった。

 午前2時。寮の玄関前にタクシーの止まる音がする。泥酔し千鳥足で玄関のドアを開けた衣笠さんに、暗闇から関根コーチが突然「サチ、(素振りを)やろう」と声をかけた。

 仰天した衣笠さん。怒鳴られることも、門限破りをとがめられることもなかったが、上半身裸、パンツ一丁で汗だくになりながら1時間バットを振ることになった。

関根コーチは「最後の5スイングは、いい振りだったな」とうなずいた。

 後に衣笠さんは「泥酔していようが何だろうが、バットだけは振る。ああいう積み重ねが、今の自分につながっている」と深澤氏に述懐したという。

 そんな衣笠さんは現役引退後、長年TBSの野球解説者として人気を博した。最後の出演はBS-TBSとTBSチャンネル2で放送された、今月19日のDeNA-巨人戦(横浜)。

 この日、衣笠さんはひどく声がかすれていて、ネット上を騒がせた。

広島時代の同僚で親友の江夏豊氏(69)もこの中継を見ていて、本人に電話で「声が出とらんぞ。無理するな」と連絡を入れたほど。衣笠さんは「分かった。分かった」と返したという。

 ■4日前までテレビ解説

 それでも、最後まで解説者として中継をやりきった。実況を担当した戸崎貴広アナウンサーによると、試合前の打ち合わせの段階から「声が出にくそうだった」というが、「試合開始と同時に声がワントーン高くなり、仕事に対する意志の強さを垣間見ました。

『鉄人』という言葉に強いこだわりをお持ちの方だったので、最後までご自分の美学を貫かれていたという思いです」。

 TBS系地上波で放送予定の5月3日・広島-巨人戦(マツダスタジアム)の解説も予定されており、心配するスタッフをよそに意欲を見せていたとか。

最後までファイティングポーズを取り続けた。

 残念だったのは、87年の現役引退後、監督としてもコーチとしてもユニホームを着る機会に恵まれなかったこと。

 球界関係者は「とにかく曲がったことが大嫌いで一本気。

現役時代からこうと思ったら、オーナーや監督のいうことにも耳を貸さずテコでも動かなかった。

上司からみると扱いづらいところがあったのが、監督に指名されなかった理由かな」と指摘する。人間として一本筋の通った好漢だったのである。

■ファンの声は?

記録も一流。
人柄も一流。
唯一無二の存在といってもいい選手だったと思います。ご冥福をお祈り致します。


木庭さんの一言というのが取り上げられていることが多いが、仲の良かった米兵が「明日ベトナムへ出兵だ」といったことで、命を取られるわけでもない自分がこんな不真面目なことじゃだめだと目が覚めたっていうのもよく言われる逸話。

連続出場は素晴らしいがきちんと結果を出したから出場できた。

そんなに大きくない身体でよく500本以上ホームラン打った。長年結果出し続けたのは丈夫な身体と厳しい練習したからだね。

関根氏と衣笠氏のやりとりは、夕刊フジの元記者である近藤唯之氏の著書で初めて知ったな。

衣笠氏は「温厚な関根さんが鬼に見えました。素振りの最後の方でかいていた汗は冷や汗だったと思います。」と述べている。

関根氏も後に「衣笠の目が反抗的だったのでこっちもムキになった。」と語っているので、この件は実話だろう。

その関根氏がプロ野球ニュースに出演しなくなって久しい。元気かな?

挙がった名前はいずれも凄いメンツやな

まさか広岡関根より先に逝くとは思わなかった

怖い関根氏に言われたら、やるしかない。
広岡氏は、うるさく厳しいだけ。関根氏は
マジぎれさせたら?広岡氏の比ではない
様でした。本当に怖かった様です。

…………
やっぱり鉄人は違いますね!

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BY カープBOY

文章&画像引用元:
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180426-00000018-ykf-spo