1985年にジョブズがまだアップルにいたころ、彼はジョージ・ルーカスがCG部門を売りに出したがっているという話をきいて興味をもち、ルーカスフィルムのオフィスに向かった
その会社はルーカス・フィルムのスカイウォーカーランチは、ネオ・ビクトリア調の邸宅とはまるで違う、リトルメキシコというスラム街の端の倉庫地区にあった。
コンピュータースクリーンに映し出される美しい高解像度のイメージをみたジョブズは、天啓を受けたかのようだった
「こいつは凄い」という気持ちは、ゼロックス社で最初にレーザープリンタを見たときに匹敵したそうだ。
彼には、これがやがてトレンドになる予感があった。
ゼロックスには、画期的な技術を商品化する先見性や意志が足りなかった。そこでジョブズがアップル社にそれらを取り込んで成功させた。
今また彼は、それと非常に似た状況におかれている。
誰かが多額の資金をつぎ込んできた長年の優れた研究に対して、新たに投資するチャンスである。
ジョージ・ルーカスはCG界の偉大な才能たちをひきつけることはできたが、彼らのビジョンを実現するだけの投資ができなかった。
ジョージの言い値は3000万ドルだった。
スティーブは値段が下がったら知らせてほしいと返事をした
数ヵ月後、すぐにでも金が必要だったルーカス相手に、ジョブズは抜け目なく交渉し、破格の1000万ドルで取引を成立させた
1986年2月、その事業はスティーブ・ジョブズのものとなり、「ピクサー」として法人化されることになった
(まだつづく・笑)