5月25日(土) 『市兵衛の水路』
青木市兵衛は、江戸時代末期の伯耆国(現在の鳥取県)で新田開発や治水事業を行った人物です。困っている人を放っておけない性格の市兵衛は、水不足で田んぼがほとんどなかった西小鹿村に、水路を造り水を引くことを思いつきます。
若いころ、京都で測量などの土木技術を学んでいた市兵衛は、水路の計画を立て、藩からの許可も取りました。そして、地元の有力者に出資を募り、水路の工事を始めたのです。工事は思うように進まず、市兵衛は3度にわたり借金をすることになります。また、水路を通すために民家の敷地を掘り起こす必要があり、住民とトラブルになったこともありました。
しかし彼の信念は変わりません。出資者や住民に頭を下げ、水路を完成させたのです。その後はさらに別の土地にも数本の水路を開通させました。
市兵衛の功績により、新たな水田がたくさん開墾されただけでなく、広い範囲にわたり干害を防ぐことができたのです。
市兵衛の真摯な姿勢は、現代の私たちに勇気を与えてくれます。私心なく人々のために尽くした偉人の功績を後世に伝えていきたいものです。
【今日の言葉】故郷の礎となった偉人に学びましよう
《一言コメント》
今回、青木市兵衛の存在を初めて知りました。
日本には、彼の様な人のために自己犠牲を惜しまなかった偉大な人物が多くいることを誇りに思いました。
皆さんの感想も聞かせてください。
※この記事は、コミニケ出版「月刊朝礼」より。ご希望の方は下記のHPで
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