「……二回戦、間に合わなかったがお……」

 疲れと落胆が、彼女の体から力を奪っていく。走り通した筋肉は、疲弊し切って微動だにしない。世界の音が、遠い。

(まだ、三回戦があるから、いかなきゃ……でも、足が動かないな……ここで、間に合わないまま、終わっちゃうのかな……)

 座り込んでうつむく晶子。疲れが、克服したはずの不安を呼び起こす。

 もしこのまま三回戦にも間に合わなかったら?

 二人が、行けなかったあたしに愛想をつかしてしまったら?

とらこちゃんも、ぱんてらちゃんも、プリパラからいなくなったら? 

 あたしの気持ちが、誰にも届かなかったら?

 プリパラが楽しくないままだったら?

「ねえ、あなた、大丈夫?」

 不意にかけられた声に顔をあげると、見知らぬアイドルが晶子を覗き込んでいた。

「こんなところで、一人でどうしたの? あ、ひょっとして迷子とか? どこに行くの? 連れて行ってあげようか?」

 その子は、薄紫色の髪を大きなツインテールにしていた。きれいな緑色の瞳は、心配そうに晶子を見ていた。

「う……」

 涙が溢れそうになる。心も体も弱ったところに親切な言葉をかけてもらって、初対面で事情も知らないであろうその子に、言葉が口をついてでる。

「あたしは……チームメイトが、あたしのために歌ってて、待ってて……だから走ってここまで来て、でももう走れなくて、足が動かなくて……」

 喋っているうちに、大粒の涙がぼろぼろとこぼれだし、地面に染みをつくっていく。しゃくりあげ、両手で涙を拭いながら、晶子は言葉を止めることができない。

「間に合わないかもしれないって、思ったら……行かなきゃいけないのに……あたしは、強くもかしこくもないし、ずっと二人に支えられてばっかりだったから……二人の迷惑になるのも、二人と離れるのも、嫌なのに……自分から、チームをやめるなんて言っちゃって……だから、謝らなきゃなのに……ありがとうって言わなきゃなのに……!」

 飛び飛びに前後し、文章の体を成していないそれを、その女の子は優しく聞いてくれていた。

 遠くから、狩るねーじのライブの始まりを告げる、イントロが聞こえてくる。静かなピアノの旋律だ。

『好きな歌、歌うとき 思い出しちゃうことはなぁに?』

 聞こえてきた曲にあわせて、その女の子は歌った。

「え……」 

『「トモダチ」ってキーワード いつも浮かんできちゃう』

 曲は、『Growin’ Jewel!』。まだライブで披露したことはなかったが、狩るねーじの新しい持ち歌のひとつだ。モニター越し紗雪と虎姫の声も、聞こえてくる。

 二人と、目の前の女の子の声を聞いていると、晶子は自分の中に強い力が湧いてくるのを感じた。晶子も、あわせて歌う。

『あつまるといつだって 嬉しくってしかたない』

 三人で集まると、いつだってほんとうに嬉しくて、楽しかった。晶子の大きな瞳に、輝きが戻っていく。 

『いちばん近くで憧れるアイドル!』

 そう歌う、紗雪と虎姫の声が、晶子の耳にしっかりと届いた。晶子は、涙で枯れた声でいっしょに歌って、気づいた。

 いちばん近くで、憧れるアイドル。あたしにとって、二人がそうだった。

「あなた、プリパラは好き?」

 晶子は頷いた。

「二人のことが、大好き?」

 もう一度、強く頷く。

「じゃあ、大丈夫! 二人に届くように、世界中に届くように、思いっきり歌うんだよ! きっと、二人も同じ気持ちだよ。だって、この歌……とっても、キラキラしてるもの!」

 涙をごしごしと拭って、両足に力をこめて、晶子は、再び走り出す。底をついたと思っていた力が、どんどん湧いてくる。

「だんだんね。あたし、元気出た! あたしは、ライオンさん! にくしょくけいアイドルの、『狩るねーじ』のライオンさん! ライ子って呼んで。あなたも、こんどライブ見に来てね!」

 倒れる前よりも確かな足取りで、走っていく晶子。走りながら、音程を外しながら、歌い続ける。

 

「絶対見に行くよ、の、かしこま!」

 横ピースを作って、晶子を見送った彼女のもとに、

「もう、急に走り出して、どうしたぷり?」

「ぷしゅ~。二人とも、まってぇ~」

 彼女のチームメイトの二人が集まってきた。

「迷ってる子を見つけたから、お話聞いてたんだ。きっとあたしがいなくても、大丈夫だったと思うけど」

 二人の手をとって、彼女は言う。

「あの子も、チームのメンバーに恵まれたみたいだからね。あたしみたいに!」

「……そっか。よかったわね♪」

「よくわからないけど、改めて言われると照れるぷり……でも、早く記念ライブのリハに行かないと、マネージャーにどやされるぷりよ~」

 繋いだ手を引っ張る金髪のチームメイトに、

「もうちょっとだけ……グランプリ、見ていこうよ! あの子がちゃんと間に合ったか、気になるんだ。お願い! 今の子のライブも見たいし!」

 手をあわせて頭をさげる。グランプリの行われているドリームシアターは、彼女たちにとっても思い出の場所だ。

「私も、今の子たちのライブ、見てみたいなぁ」

 赤いロングのチームメイトがそれに賛同する。 

「確かに今のアイドルのライブをチェックすれば、チームのパフォーマンスもアップすると計算で出ているぷり。……しょうがないぷりね、マネージャーには連絡しておくぷり。あと……二人とも、『今の子』って言い方、おばさんくさいからやめるぷり……」

 金髪のアイドルがため息をついた。

「はぁーい」

「かしこま!」

 三人は、グランプリの会場に向かう。彼女たちの輝きを受け継ぐアイドルたちのライブを、その目で見るために。

 

 サイリウムの海が、眼下できらめく。体の奥底から絞り出す全力の歌が、ステージに響く。紗雪と虎姫は、グランプリ本戦のステージで歌っていた。

『好きな歌、歌うとき 思い出しちゃうことはなぁに?』

 紗雪の低い声が、やさしく語りかける。

『「トモダチ」ってキーワード いつも浮かんできちゃう』

 虎姫の甘い声が、それに応える。

 一回戦の時とは違い、この『Growin’ Jewel!』は、先ほどのインターバルの間にパート分けをしなおし、二人での掛け合いを多くした。ゆきみから連絡があったからだ。晶子が、プリパラに来たと。二人のライブを見て、走ってこちらに向かっていると。

「走って、か……ギリギリだね。計算上、ここから目いっぱい遅らせても、三回戦までのインターバル中か、よくて二回戦の曲の最中に着く」

「だったら……今度は、『がんばれ』『待ってるよ』『そばにいるよ』って、伝えなきゃ。きっと、一人で走り続けるのは、辛いだろうから」

 虎姫は拳を握りしめた。

「そうだね。きっと走り通して、二回戦のどこかで来てくれるよ。私たちはそれまで、ライ子がいつ来てもいいように、歌い続けよう!」

『あつまるといつだって 嬉しくってしかたない』

腕の一振り、足の一蹴り、そのすべてに想いを込める。

普段は余裕にあふれ、ゆったりとした印象を与える虎姫の声が、切迫感を増した反面、一段力強く響いている。

どこか一歩引いて、後ろから他の二人を支えていた紗雪の歌が、ここにいない晶子の大きな声を補うように、今日は強く主張して前に出ている。

『いちばん近くで憧れるアイドル!』

(そうだ。私たちをここまで導いてくれたのは、ライ子ちゃんなんだ)

(キラキラして、まっすぐで。あたしは、彼女に憧れていた)

 観客たちにも、二人の強い思いが伝わったようだ。

 一回戦では、「えー、なんか変なダンス」「コーデも普通だし」「もっとすごい演出してよー」「期待してたんだけどなあ」

 と、落胆した声も多かった。予選での活躍から期待が高かっただけに、それは当然のことだ。

しかし、それでも、二人は続けた。普段よりずっと強い思いの込められたパフォーマンスに、観客の反応も、だんだん変わってきていた。

「どうしたんだろ、普通のライブなのに」「なんか、目が離せないよね」「きっと、待ってるんだよ、もう一人を」「応援したくなってくる!」

 二人の中に生まれた『星』が、会場の磁場をひきつけはじめていた。

『自分のことを』

『そばでみてて』

 歌うたび、踊るたびに、会場に自分たちの想いが伝わっていくのを感じる。

『自分以上に』

『応援してくれる』

 きっと、あの子も今頃、走りながら歌っているのだろうと、なぜかわかる。遠くで、調子はずれなメロディが聞こえてくる気さえした。

『笑って、泣いたMemories

『お互いのハート磨いてくれるんだね』

 紗雪は、虎姫の方を見た。虎姫は必死に、大きな声を張り上げて歌っていた。最初のライブからでは、考えられない変化だ。虎姫も、紗雪のほうに目線を向けていた。彼女もきっと、同じことを思っているのだろう。

一回戦とのインターバルの間に、「だからもっと……強くなりたい。どこまでも声が届くぐらい強く、二人を守れるぐらい強く」と、彼女はそう言っていた。

 そしてここからは、彼女のソロパートだ。

みてて、ライ子ちゃん、ぱんてらちゃん。虎姫の口が動いた。

「プリパラ、チェーンジッ!!」

 虎姫の体を、光が包む。会場がざわついた。紗雪も驚愕して、思わずマイクを取り落しそうになる。

「ステージ上でプリパラチェンジ?!」「すごーい!」「そんなことできるの?!」「レギュレーション違反では?!」

 観客たちも、目の前で繰り広げられる、見たことのない光景に釘づけになった。

『み~んないっしょ!思い出イッパイ ずっとギュッと抱きしめたなら』

 空間にばらまかれた、無数のキラキラを抱きしめるように手を広げ、目を閉じて、自らの体を抱きしめる虎姫。彼女の体が一回り成長し、高校生ぐらいの身長にまで伸びる。

同時に、かわいらしくツインハーフアップにまとめていた髪がほどかれ、光の粒をまとって長く伸びた。後頭部でシニヨンが作られ、ふわりと広がった髪が腰のあたりまでゆるやかに流れた。

「きゃー! とらこちゃん、カワイイ!」「プリンセスだわ!」

 観客たちの声援に答えるように、目を開いた虎姫。

『胸に キラキラって光っちゃうJewel

 元の姿より幾分膨らんだ胸に手をあて、そしてスポットライトにかざす。

『いつかきっと!って想いをパキりあって』

 もう片方の手を、紗雪のほうに伸ばす。紗雪はその手をつかんで、同じように反対の手を掲げた。スポットライトの中心は、熱い。

『できた未来…』

 紗雪は、並んでみてはじめて、虎姫が今ここでチェンジできた理由がわかった。

『それがね、プリパラ!』

 虎姫にはじめて、『なりたい自分』ができたのだ。

 プリパラチェンジは、『なりたい自分になれる』機能。それは常にオンになっていた。そこに、ついに具体的なビジョンが結びついたのだ。

 大きな声で、プリパラの中の紗雪と並べるぐらい大人で、二人を守れるぐらい強い、そんな自分になりたい。その願いに、システムが応えた結果ともいえる。

 間奏にあわせて踊りながら、成長した虎姫に紗雪は、ぐっと拳を突き出した。

「カッコイイじゃん、とらこ」

「ふふ、ありがと♪ ちゃんとあたしについてきてよね、ぱんてら!」

 ばちん、と拳どうしをぶつけ合う二人。ステップを踏みながら、視線を交わす。

「ナマイキ言って! 年上の意地、見せてあげるよ!」

 紗雪は、どこかで聞いたワープ航法の話を思い出していた。強力な重力によって空間を捻じ曲げることで、瞬間で遠くまで移動するのだという、SFの話だ。

(もし、私の中に『星』があるなら。ありったけの重力で、空間を超えてみせる。ライ子に、この想いを、届けてみせる!)

 二人は、ステージの上で魂を燃やす。きっとここに来る、彼女を抱きとめるために。

 

 晶子は走る。疲れた体をなんとか動かして、二人の待つステージにむかって走る。

『言えちゃうよ、なんだって ケンカして、褒めあって』

『「キミ」と競い合って ガンバってこれたんだよ』

 モニターの中では、虎姫と紗雪が向かい合って歌っていた。走りながら、彼女がプリパラチェンジする姿を、晶子も見ていた。

「とらこちゃん、すごいがお……!」

 虎姫の決意を、晶子も感じていた。彼女の声は甘いだけでなく、今は優しく、それでいて意志に満ちた響きだった。

 『がんばれ』『待ってるよ』『そばにいるよ』、虎姫と紗雪のそんな思いが、胸に流れ込んでくる。それが、晶子の足を動かす力になる。

「あたしも、やりきらなきゃ! 行くって、決めたんだ!」

『おもうようにいかなくて、落ち込んじゃうときだって』

 晶子も、彼女たちに応えるように、声を張り上げる。自分が今、そこに向かっていると。絶対にたどり着くと。その気持ちが届くように、叫ぶように歌う。

『「ワタシ」を笑顔にしてくれるアイドル』

(二人は、やっぱりアイドルだ)

 晶子は息を切らし、天を仰ぎながら、なおも走る。

(とらこちゃんは、かわいくて、お姫様みたいで、強くて、あたしだったらへこたれちゃうような時でも、がんばれる子。ぱんてらちゃんは、頭が良くて、かっこよくて、でもちょっと子供っぽいところもあって。突っ走っちゃうあたしを助けてくれる。二人とも、あたしのアイドルなんだ)

(あたしも、二人みたいになれるかな? ううん、なれないだろうな)

 横目で映し出されるライブを見ながら、なおも晶子は駆ける。

 アイドルになれない。何者にもなれない。いつからか晶子に重くのしかかっていた言葉。せぃなにも、ゆきみにも言われた言葉。晶子はその言葉が、なんとなく嫌いだった。

(でも、今ならわかる。あたしは、アイドルにはなれない。なれなくてもいい!)

『知らなかったよ』

『だれかのこと』

 ライブ会場の二人が、カメラに向かって手を伸ばし、懸命に歌っている。

『出会うまでは』

『応援できるって』

(二人に応援してもらって、だからここまでこれたんだ。きっと、これからも辛い事も苦しいこともある。でも、二人となら超えていける。超えてみせる!)

 晶子も、空に向かって手を伸ばす。そうすれば、空間さえも超えて、二人の手を握れる気がした。三人で、声をそろえて、歌う。

『とびっきりのPresent 贈りあったんだ、きれいな宝石を』

 ――あたしも。

 ――私も。

 ――ライ子ちゃんにもらったよ。たくさんのキラキラを。

 二人の声が聞こえた。気のせいだったのかもしれないが、晶子は確かにその言葉を聞いた。

(そっか……。ほんとに、二人も同じ気持ちなんだ!)

 足が痛い。関節が悲鳴をあげる。汗が止まらず、呼吸は苦しい。今にも倒れそうだ。なのに、笑ってしまう。うれしくて、うれしくて、泣きながら笑ってしまう。

(それなら、あたし、どこまででも走れる! あたしのアイドルが、あたしを待ってる!)

『いろんなエピソード!思い出そうね チョットずつ進んできたんだ』

 二人と過ごした思い出が、晶子の背中を押す。

ドリームシアターステージは、もうすぐそこまで来ていた。

『だから 前に 夢に近づいたって言える』

(あたしの夢に、あたしのアイドルに……!)

 最後の階段を駆け上り、建物の中を走り抜け、ステージへと続くドアに手をかけようとした。

「ひゃっ」

 足がもつれ、晶子は派手に転んでしまった。もんどりうって、ドアの前にうつぶせに倒れ込む。膝をぶつけた。腕をすりむいた。晶子のコーデはしわだらけになって、よく揺れる尻尾がとれかかっていた。

 なんとか体を起こして、ドアに手を伸ばしながら、晶子の中で、過去の光景がよみがえる。

(予選の二回戦のとき、サイリウムチェンジのところで転んじゃって、二人に助けてもらったっけ)

『いつかきっと!って想いをパキりあった』

 気持ちだけでめちゃくちゃに疾走してきたからか、本当に足が動かない。腕の力で、上半身だけを起こして、なんとかドアノブをつかむ。

(その後も、せぃなちゃんに言われて泣いちゃったあたしのかわりに、二人が怒ってくれた。あたしは、支えられてばっかりだった……)

『ワタシたちと…叶えよう、これから!』

 会場から、二人の声が聞こえる。あそこに、行きたいんだ。キラキラに輝く、二人の真ん中に。だから、自分で立ち上がらなきゃ!

「アイドルに、なれないとか、関係ない……! 二人が、あたしを待ってる……!」

 クローゼットのようにも見える、重厚なステージのドア。すがりつくように、ぼろぼろの体を引き起こして、晶子は吼えた。

「あたしも、二人が大好きだに……離したくない、離れたくない、もっといっしょにいたい! 二人とだから、二人のためなら! 辛いことも乗り越えられる!」

 晶子の瞳に星が灯る。

「だから、あたしは、ここにいる!」

 扉を、開け放つ。

 サイリウムと、スポットライトと、全てのまぶしい光が、晶子を照らす。

ありったけの声で、歌う。

「み~んながちがうカラーでがんばって輝いたから」

 伴奏が消える。観客席から、ステージじゅうに声を響かせる。マイクがなくたって、ぜんぜんへいきだ。ここには、『狩るねーじ』の三人が揃っているんだから。

虎姫が、口元を両手で押さえ、涙をこらえていた。紗雪はその隣で、にっかり笑って晶子にサムズアップした。

「今日が…宝石箱になったんだ!」

 いくよ、とらこ。紗雪の口が動くと、虎姫が頷いた。二人が声を合わせて、宣言する。

「メイキングドラマ、スイッチオン!」

 

 その瞬間、世界が銀色の光に満ちた。

 眩しくて目を閉じた晶子の眼前には、広大な空が一面に広がっていた。正確には、地面に薄く水が張って、空をきれいに反射していたのだ。

 ステージの上だけでなく、観客たちのいる場所までも、すべてがメイキングドラマ空間に取り込まれていた。

「きれい!」「こんなメイキングドラマ初めて!」

『うわぁ、すっごいがお!』

 観客たちと同様、晶子も思わず念話で驚くと、遠くから紗雪と虎姫が飛んできた。薄い金色の羽を生やし、空中を飛び回る二人。

『さぁ、ライ子!』

『ライ子ちゃんも、飛んで!』

 見渡すかぎり広大で、キラキラした空間に、晶子は助走をつけて、飛び出す。

 彼女にも同じように大きな羽が生え、空に浮かび上がった。

『来たよ! あたし、来たよ! ぱんてらちゃん、とらこちゃん!』

 そのままの勢いで、晶子は二人に抱きつく。

『二人の声が聞こえたがお! だから、ここまでこれたがお!』

 涙の粒を空中にこぼしながら、二人に抱きとめられる晶子。

『ほんとに……泣き虫なんだから……♪』

 晶子を抱きしめる虎姫の姿は、いつのまにかチェンジする前の幼い姿に戻っていた。

『ライ子ちゃんのやりたがってたメイキングドラマ、作ってみたんだ。ここならできると思って……どうかな?』

 紗雪は晶子の髪を撫で、手で示して銀色の大空間を見せた。晶子は何度も頷いて、

『うん、すっごく素敵がお……あたし、また二人にありがとうって言わなきゃいけないことが増えちゃったがお』

 目の端についた涙をぬぐった。紗雪と虎姫は、晶子の両側から手をさしのべる。

『私たちもだよ。ライ子……いっぱい、ありがとうって。ごめんねって言いたくて』

 二人の手をとって、晶子は三人で空に舞い上がる。白銀の空間を自由に飛び回り、笑う。

『あの時、チームを抜けるなんて言って……ごめんね。あたしは……自分のやりたいことから、逃げてたの』

『あの時、解散するって言ったライ子ちゃんを引き止められなかった。私の、覚悟のなさが……ライ子ちゃんを傷つけることになった。ごめんね』

 二人の言葉に首を横に振って、晶子は答える。

『ううん、いいの……いいがお! あたしも、あの時……プリパラが楽しくなくなっちゃって、自分がわからなくなってた。でも、今はわかった、自分がやりたいことが!』

 キラキラを振りまきながら、空へと駆け上がる。

『あたしは、大好きな二人と……あたしのアイドルと、いっしょにいたいがお! 自分がアイドルになれなくたって……』

『それは違うよ』

 紗雪は、晶子の言葉を遮った。

『うん、ライ子ちゃんは……なんにもわかってない』

『がお?』

 くすくす笑いながら、二人は晶子を再び抱きしめた。

『まあ、わかってなかったのは、お互い様なんだけどね』

『そうね……♪ 三人だから、全力以上が出せる。最高に楽しい……ライブができる』

『私だけじゃ、結果以外のものに誇りを見つけることができなかった。自分の楽しいって気持ちにも、ちゃんと向き合えなかった』 

『あたしだけじゃ、自分の気持ちに……ずっと、蓋をしたままだった。自分の……いろんな部分を受け入れて、全力で楽しむことも……できなかった』

 二人は、今まで口にしなかった思いを語る。変わったこと、変えられたこと、変えてもらったこと。全て、三人でなければできなかったことだ。

『びっくりするぐらいまっすぐで、笑っちゃうほどキラキラして』

『純粋で、一途で、ちょっと突っ走っちゃうけど、何をやっても楽しそうで』

『そんなあなたに』

『私は憧れたんだ』

 そうか、あたしは……あたしも。

 晶子は息を飲む。

『君は』

『あなたは』

 二人の声が揃う。

『私たちのアイドルなんだ!』

 メイキングドラマのナビゲーションが、舞い上がるように示している。高い空を、どこまでも。

「さぁ、羽ばたいて♪」

「私たちの、アイドル!」

 光の射す方へ、晶子はぐんぐんと高度をあげていく。風を切る感触が気持ちいい。二人も、晶子のあとを追って上昇していく。

(二人の、アイドル。みんなのアイドルにはなれなくても、二人のアイドルには、なれてたのかな。うれしいな、うれしいな!)

 雲を抜け、空間を上昇しきると、そこは満点の星空だった。昼から夜への場面転換が行われたのだ。その下でポーズを決めて、メイキングドラマは終了となる。

 晶子は空中で体をひねり、観客席とカメラに向かってポーズを決めようとした。

 ぐらり、と、突然視界が傾く。

見えない足場を踏み外したように、晶子の体勢が崩れる。落ちていく。

『ライ子ちゃんっ!』

 虎姫の伸ばした手も空を切る。高くまで飛び上がっていた分、落下する時のスピードも速い。晶子は体勢を立て直せない。人間は、空を飛ぶようにはできていないのだ。気が動転してしまえば、再び飛び上がるのは容易なことではない。ましてや、晶子の疲れ切った体では。

(やだ、落ちる、怖い! どうしよ、どうしよ!)

 このままいけば、地面にぶつかる。せっかく、チームがもとにもどったのに。地面にぶつかったら痛いかな。死んじゃうかな。いやだな。

 混乱する思考の中で、変に冷静な部分が、そんなことを考えていた。仰向けで、空を見上げたまま、落ちていく……晶子の意識が遠のく。

「諦めないで!」

 力が抜けて閉じかけた目が、下からの声で見開かれた。それは、晶子のよく知った声。こんなところにいるはずのない人の声。

「お、おかーさん?!」

 仰向けのまま落ちていく晶子に、下の様子は見えない。しかし、その声を聴き間違えるはずもなかった。

 ふわりと、晶子の落下が止まる。観客たちまであと三十センチというところだった。ステージの安全装置が働いた結果だが、晶子には母の声が自分を受け止めてくれたように思えた。

なんとか心を落ち着け、母の声の聞こえた先を見ようと、空中で体をひねる。下にはたくさんのアイドルが晶子を見上げていて、誰の声かはわからなかった。

(やっぱり気のせいかな。おかーさんがここにいるはずないもの)

 再び上昇しようと、上を向いた、その時。

「行きなさい。あなたは、なんにでもなれる!」

 今度ははっきりと、晶子の耳にその声が届いた。そして晶子が振り向く前に、手に何枚かのプリチケを握らせ、背中を押した。暖かな、小さな手だった。

「……うんっ!」

 晶子は力強く応えた。もう何も、彼女を縛るものはない。どこまでも飛んで行けそうな気がする。

 雲を突き抜け、星空の彼方へ。落ちていくときよりも、ずっと速く、空中を駆ける。

『ぱんてらちゃん、とらこちゃん、これ!』

 渡されたプリチケを、紗雪と虎姫に渡した。

『見たことないコーデね』

『でも、素敵……♪ どうしたの、これ?』

 晶子は照れくさそうに、自分の分のものを二人に見せて言った。

『あたしが、つくったがお! 三人で、お揃いのコーデを着るのが、夢だったから……今ここで着れないかな?』

 虎姫と晶子が、紗雪を見る。紗雪は、にやりと笑って、頷いた。

『……任せなさい!』

 彼女が空間に指を滑らせると、『デバッグモード』と書かれたウィンドウが表示される。同時に、グランプリのレギュレーションに違反する旨の警告も表示されたが、紗雪はそれを目にもとめずに消した。

『ま、スコアが記録されなくなっちゃうけど、いいよね』

 そのウィンドウを弄ると、空間にチケットの読み取り口が現れる。

「さぁ、いくよ! コーデチェンジ、スタート!」

 三人は、現れた読み取り口にプリチケをかざし、コーデを身にまとう。

「メイキングドラマ中に、コーデチェンジ?!」「はじめて見たー!」「コーデかっこいいー!」「レギュレーション違反では?!」

 観客たちの歓声を受けながら、狩るねーじは新しいコーデに着替えた。今回ばかりは、本当にレギュレーション違反なのだが。

『うん、やっぱり、二人とも似合ってるがお!』

 晶子の作ってきた『狩るねーじハンターコーデ』は、お腹を大胆に露出したチューブトップに、短いジャケット、ボトムスはスカートで、全体にアニマル柄があしらわれていた。ヘアアクセには、晶子のトレードマークの猫耳。紗雪は白と水色、虎姫はピンクと黒、そして晶子は茶色と黒をそれぞれ基調にした、狩るねーじらしいアグレッシブで野性的なコーデだ。

『これ……とっても素敵……♪』

『みんなで、おそろいのコーデが着れて……あたし、うれしいがお!』

『誰かの借り物じゃない、オリジナルのコーデだね。かっこいい!』

 三人は、メイキングドラマの締めに向けて、雲の上の星空を飛ぶ。晶子が体勢を崩した高さまで。そして、揃いのコーデの裾をひらめかせ、声をそろえる。

「羽ばたけ!」

 カメラの前に、紗雪と虎姫がカットインする。二人とハイタッチしながら、晶子がその間を飛んでいく。

「世界の中心へ!」

 星空をバックに、くるりと反転した晶子が、二人の間に戻ってくる。視線をあわせ、三人で満面の笑顔になった。

「アンチェイン・マイ・ハート!」

 そろってカメラに手を伸ばせば、観客から一層大きな歓声があがった。

「ライ子ちゃん素敵!」「とらこちゃんサイコー!」「ぱんてらお姉さまー!!」「狩るねーじ、ずっと待ってたよ!」

 消えるメイキングドラマ空間にあわせて、ステージに戻ってきた三人は、並んでサイリウムチェンジする。エールを送る観客たちの動きが、サイリウムの海をうねらせる。

(この景色が、また三人で見られて、よかった)

 紗雪は思う。

(この三人で、また並んでライブができて、うれしい)

 虎姫は思う。

(この二人となら、なんだってできる!)

 晶子は思う。きっと、全員が同じ気持ちなんだ。

『いろんなエピソード!思い出イッパイ』

 中心の晶子が、両隣の二人と手をつなぐ。汗が、スポットライトを受けてキラキラと反射した。

『ぜんぶギュッと抱きしめたなら』

 虎姫は、彼女の手を握り返す。虎姫をここまで引っ張ってくれた、晶子の手。

『キミと』

『胸に』

『ワタシ』

 ステージの中央に向かって、三人で向かい合う。互いに手を差し伸べ、自らの胸に手をあてる。

『光る虹色のJewel

 クライマックスに向けて、せり上がっていくステージの上で、晶子は全力で踊る。

 右を見れば、紗雪がいる。目が合うと、ウィンクしてくれた。

 左を見れば、虎姫がいる。歌うのが、とっても楽しそう。

 そして、その二人の中心に、自分がいる。

(ああ、あたしは、この瞬間のために……!)

『いつかきっと!って想いをパキりあって つくる未来』 

 曲が終わる。次が最後のフレーズだ。紗雪と虎姫が、晶子を見つめている。

「いっしょにいくんだ!」

 この『Growin’ Jewel!』の最後のフレーズは、歌ってきたアイドルによって違っている。ここに、決まった歌詞はないのだ。

 そこで歌う言葉は、晶子の中ではもうとっくに決まっていた。

 ずっとずっと、言いたかったこと。

 

「ありがとう! プリパラ!!」

 

 三つの星が、ステージの中心で、いつまでも輝いていた。