もうちょっとでアイツ(ら)がいなくなって2か月になろうとしている。
ペットロスについて考える。
ネットで検索すればゴマンと出てくる。模範解答はすでにわかってる。
泣け、受け入れろ、時間がなんとかするさ、最後は感謝になるんだよ。
親が死んでも兄弟が死んでも「うん。それが寿命だね」と言い放てる自信のある人間がいる。
そう。俺。
家族愛も兄弟愛も意味はわかる。年の離れたかわいい妹もいるが死んだら同じだ。
おそらく、仲良くしているやつに対しても同じだろう。
正直、ペットにもその程度だと思っていた。
実際に死んだら。
まず、基本のように泣けない。
これはわかっていた。子どものころに泣きすぎた。
どんな辛いこともあれに比べたら泣けるもんじゃない。
泣くとストレス要因が減る物質が出るのが人間なので、泣くやつはストレスがちょっと軽減される。
だから、泣けとどんなHPにも書いてある。
とてもむなしい。そして定番のように、あのエサがいけなかったのか?とか
室温が低かったのがいけなかったのか?とか2週間前の検査でもっと聞けば?など
もちろん回想する。でも、これは考えても仕方ないことだと脳みそが理解しているようで
考えても考えても、「で、それを思ってどーーすんの?」で終わるところは助かる。
普通は罪悪感でストレスを貯め、そして泣く。
泣かないので、きっと代わりにそのような仕組みが組み込まれているのだろう。
死んで2週間もたつと掃除をするたびに、いままで使っていたものが出てくる。
捨てるもの、捨てにくいもの、捨てないといけないもの、捨ててもいいものなど。
でも、うちにはあと3匹もいるので、使うものは使う。
思い出はほんのちょっぴりで残す。それじゃないとすでに3個の遺品があるので
合計5匹のものは取っておけるもんじゃない。
ちょっとづつ減っていく「思い出」と間違う脳みそではない。思い出は
ものじゃない。ものを見ればそれを思い出すのも思い出かもしれないが
そんなことしてたらゴミ屋敷だ。
そんなことでサクサクと整理されていく。捨てる時、思いだす。それが思い出でいい。
そんなことをしているうちに、USBやHDDや携帯やメモリカードから
ゾクゾクとこいつらの写真が出てくる。
ペットロスが酷いと写真は見られないが、初日から壁紙にするほど気にせず、
良い思い出としてニコニコ見られる。
で、問題はいろいろ見ているうちの、動画だ・・・
これはまずい2カ月たった今でも見るとあっというまに生きているころに脳みそが戻る。
なので、数日後に1度だけ見た動画はまだ保存中だ。
ちなみに、すべてのデーターを完全保管するためにRAID5のHDDを2機ミラーリングして
保管することを誓ったのだ。
このあたりで、ふっと、ペットロスはなぜ?と思う。
人間の死とたかが?ペットの死。
人によってはたかが猫。
しかし、ついこのまえ、わかった。
なんでペットロスになりやすいのか?
ペットと暮らす18年
親と暮らした18年
兄弟と暮らした18年
この3つが基本と思うが、ペット以外は
嫌な思い出、喧嘩の思い出、納得いかない思い出がたくさんつまっている。
しかし、残念なことに、ペットは嫌なことは0だ。
喧嘩もした。てめー、それ食っちゃだめだっていってるべ!!
シャーーーー!!!
うおっとっと!足、踏んじゃった?
ブギゃー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
こんな程度だ。喧嘩じゃない。
そうペットはいつまででも反抗期が無い、最愛の人間の子どもなのだ。
子どもは反抗期でなく、親を慕っている時期がある。
あのかわいさが18年(&12年)続くのだ。
そりゃもう、悲しいに決まっている。
悲しくないはずが無い。
これが結果だった。
そうか、だからペットのときは悲しいんだ。
だとしたら、反抗期もない子と18年&12年も暮らせてもらえたんじゃん。
なかなか経験できないよ。うん。
っと割り切ろう。
いや、割り切れない。
いまはココ
ペットロスぎみでちょっとやる気が起きないけれど、
不景気だし、こんな姿を見せたら、こいつは怒るだろう。
もっと働いて、美味しいものくわせなさいにゃーと。
だから、もうちょっとだけ、気合いで乗り切ろう。
そうしたら、こいつらも認めてくれるだろう。