親と仲良くできない人について | 時代の片隅で...

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70年代や80年代のレトロなものが好きです。
日々思うことを書いていきたいと思います。


自分と親家族とうまくいかない
という方について
今回は書いていこうと思います

世の中家族と仲が良いとか
まったく問題がないという方は
今回は時間の無駄な記事に
なりますのでお帰りください

なおですね...

この考えに至る
私のバッググラウンドや
根拠となる話の部分で

この本がこうだとか
こういう経験でこうだった
という部分は書きません

ひとつの定義にしても文献にしても
解釈が変われば
どのようにも解釈可能になるので

ソースが欲しいという方は
自分で探して頂ければなぁと
思います




 自分の親と仲良くしたい


大人になっても

家族と通じ合えないとか

子供の頃の記憶が辛すぎて


親とどう関わっていいのか

わからないという方が

世の中わりといるんですよね


世の中仲良しこよしの

家族関係や友達家族というのは

いると思いますがそれが

すべてではないのです


にもかかわらず


親と仲良くしたいとか

親子だからきっと

思いは通じると思っている方が

いると思います


 なぜそうなるのか?


なんで
そういう思いになってしまうのか?

成長途中の段階を
すっ飛ばして
生きてきたからです

成長というのは
子供時代の時期によって
様々な欲求があって

その段階を一つずつ満足して
次の段階に行くからです

これが満たされていないと
その欲求を隠したまま次の段階に
ステージを移行していく訳です

この隠したままの欲求は
必ずどこかで現れます

時にその欲求が
ストレートにではなく
違った表現として現れることも
有るんですよね

 親から得られないもの


親から得ることができなかった

欲求をもう一度

得たいと思う気持ちの現れが


親と仲良くしたい


という思いになるのです



※借画像🙏



しかし

現実にはこれができない人が

多く居るわけで


自分だけ?

と思う必要はありません


何度もトライして失敗する

という人も多くいます



親子はどこかで

心を通じ合うことができる

だから諦めるな!


は大間違い!


親子なんだから


というのは間違いだと

私は思ってます


 間違いなのに

間違いなのになぜ

この論理がでてくるのか?


外面(そとづら)です


外聞や外面つまり

言い換えれば社会的立場として

この論理は実際にあります



※借画像🙏



社会人としては

親とうまくいかないということは

未熟であるという

レッテルになっています

ここにパラドックス(矛盾)があります


社会的立場を優先させれば

自分が壊れてしまう


自分の親子の実情を赤裸々にすれば

社会的立場が危うくなる


どちらも成り立たない

これがパラドックスです


 どうするべきか?


ここまで親との関係が劣悪で

どうにもならない人は

何が問題だったのかについて

書いてきました


さて


そういう場合

どうやって生きていけば良いのか

について書いていきます



自分の親から

満たされることはない


飛ばした段階の欲求は

満たされることはありません

そして飢えたままになります


満たそうとしても

過去に戻ることはできません


死ぬまで飢えたままです


満たされた人と比べると

なんてひもじいのか

そして


なんて

寂しいのか


そういう思いになります


逃げられませんよ


街を歩けば親子連れが

目には入ります



※借画像🙏



ドラマでは幸せな家庭が

そこにあります


あるいは

友達は自分よりも幸せな

家庭で過ごしたことを

聞くかもしれません


逃げれば逃げるほど

追っかけてきます


そして

恐ろしくなります



どうしたらいいか?



 本当にどうしようか?


ここまで長くなって

しまったので


答えは次回に

譲りたいと思います

希望があれば...


また、お会いしましょう😉✋