武家の生まれである沖田は無論その常識を知っていた。だが、格好が異なるだけで今まで隣を歩いていた桜司郎が、自身の後ろを歩かなければならないことには疑問を持つ。
沖田はニッと口角を上げると、桜司郎の手を取った。
「私は構いません。貴女が後ろ指を指されることが嫌でなければ。先程も言いましたが、ここには我々を知るものは居ませんから」
「わ、私も大丈夫です」
いつもよりも際立って優しい沖田に、避孕藥的問題,你擔心的錯了嗎? 心が乱されるのを感じつつ、桜司郎は再度横に並ぶ。
この二年の中で一番といって良い程に穏やかな心地だった。新撰組での生活は楽しいが、性別を隠している上に、死が直ぐ横に居るため気が休まることはない。
恐らくこのように二人だけで見知らぬ土地を歩くことは、二度とない気がした。沖田の楽しげな横顔を見ながら、ある決意をする。
──もうこれ以上沖田先生に隠し事はしたくない。高杉さんのことは言えないけれど、それ以外のことは伝えよう。
「……沖田先生。後で、私の話しを聞いて下さいますか?」
「ええ。どのような話しでも」 二人は小舟で宮島へ渡ると、門前町を見て回った。十年以上前の災害で大鳥居と本殿が倒壊したせいか、訪れる人の数も少ない。
吹き付ける海風はひやりと冷たいが、陽射しが心地良い。海に臨む縁台に腰を掛けながら、黙ってその景色を眺めていた。
「「あの」」
同時に話し掛けてしまい、思わず目を合わせてはにかむ。
「桜花さんからどうぞ」
「有難うございます。……ええと、私について聞いて頂きたいのですが。つまらない話しになるかも知れません」
「構いませんよ。何でも聞かせて下さい」
沖田の声に促され、桜司郎は己の軌跡に思いを馳せるような遠い目をした。そうして、ぽつりぽつりと話し出す。
「まず、この刀……。薄緑は妖刀なのです。屯所に置いてきたもう一つの太刀とは対となります。そして、どこかにある短刀──今剣が揃えば願いが叶うと言われています」
「妖刀……」
その言葉に、沖田は二年前の夏に桜花の自害を止めた時のことを思い出した。薄緑とやらに触れた瞬間、禍々しいものを感じたことを今でも鮮明に覚えている。
そして、その今剣には心当たりのようなものがあった。遠い昔に、優しい若侍が守刀としてくれたものがある。確か、"不思議な力を持つ妖刀"だと言っていた。
「今剣、が揃えば……貴女は何を願うのですか」
「失った記憶を取り戻します。前はへ戻りたかったけれど、今はがありますから」
ですが、と桜司郎は言葉を続ける。
「今剣が見付かったところで、その人が命を落とさないと所有権が移らないのです。私は、私利私欲で人を殺めることは出来ません。それに、妖刀同士は引き合う力があるらしいですから。いつか巡り会うでしょう」
それを聞き、沖田は薄く微笑んだ。もはや、桜司郎が新撰組に来るのも、このように沖田にとって大切な存在となるのも偶然にして必然だったということだ。
だが、今剣らしきものを保有している事実を明かすのは躊躇われる。そのようなことはしないと分かっていても、己の価値がそこに当てられてしまうのが怖かったのだ。
──私はそう遠くない未来に死ぬでしょうから。その時でも遅くはないですかね。
「──先生、沖田先生」
そこへ心配そうな表情を浮かべた桜司郎が、沖田の顔を覗き込んでいた。すっかり考え事をしていたせいだろう。
「すみません。妖刀と言われて妙に納得してしまいまして。続きをお願いします」