試験や仕事のためでなく、自由に好きな本を選んで読める時間を持つことは積年の夢だった。ようやく、そんな時間も持てるようになった。人生のご褒美というべきか。
読んでみたくて読めなかった本が書棚に眠っていて、今日は、『連続講義 精神分析家の生涯と理論』(岩崎学術出版社)という本を読みだした。
ぼくは、精神分析は苦手だけれど、伝記とからめてなら読めるかなと思ってずっと前に購入した。小学校のときから、時間を忘れて読む本はたいてい伝記や歴史の本だった。大学のときは理系科目が苦手で、「科学史」で単位をどうにか取った。
この本で、紹介されているのは、順にジークムント・フロイト、アンナ・フロイト、エリック・H・エリクソン、クライン、ウィニコット、ビオン、サリヴァン、コフート、そして最後の講義では「間主観性理論」も取り上げられている。
意外なエピソードや時代背景、家族や友人との人間模様をワクワクしながら読む。生涯と理論との関係もなんとなく浮かび上がってくる。ようやくエリクソンのところまで読んだ。
例えば、エリクソンにはこんな話が出てくる。
生まれたのは1902年、ドイツのフランクフルト。生まれる前に父は母を捨てて出ていった。青年期は画家(ことに版画家)を志望し、流浪の旅に出ていた。アイデンティティ探しのモラトリアムの時期だった。偶然、フロイトのサークルに近づき、アンナ・フロイトから精神分析を受けた。
その後、アメリカのボストンへ渡った。この頃からフロイトの後継者としての、強い信念による自我心理学の本流を進むアンナ・フロイトに対して、エリクソンはもっと自由な自分の感性を大事にしていくようになった。
1950年に、カリフォルニア大学バークレー校の教授に。この年『幼児期と社会』という本を著し、ベストセラーとなった。ところがまさにその年に事件が起こった。
当時、アメリカはマッカーシズム(反共産主義)の真っ只中。共産主義者でないという宣誓書を書かねばならなかった。エリクソンはこれに反発。教授就任に際してすでに宣誓書を書き、自分は思想の自由を保証されている大学人になっているのに、なぜさらに政治的圧力をかけるのか、といって、たった1年で教授職を辞した。
エリクソンは大学で教育を受けておらず、高卒で大学教授になった人。相当悩んだらしいが、これが次の人生を開いた。
エリクソンはボストン近郊の精神科病院(解放病棟のみ、入院患者は精神分析的治療を受ける)に移り、1977年まで勤務。1977年にハーバード大学の教授になった。
最晩年はメイフラワー号の着いた東海岸の街で過ごし1994年、92年間の波乱万丈の生涯を閉じた。
・・・エリック・H・エリクソンといえば、アイデンティティという用語や、自我発達を8つの段階に区分した心理社会的発達理論を思い浮かべるくらいだったけれど、学びの浅さを思い知らされる。生涯を知ると、理論に深い味わいが加わった。
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