ワタシの仕事1 ファーストフード時代 | 複業副業解禁時代の就職転職キャリアデザインで、私の働き方改革!:履歴書、職務経歴書、自己PR、志望動機、応募書類の書き方、面接対策

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『ワタシの仕事1 ファーストフード時代』

 

どうも、橋谷です。

 

私が最初に働き出したのは、今もあるサントリー系列の某ファーストフードです。

 

といっても、高校時代のアルバイトから、そのまま続けて10年ほど働いていました。

 

きっかけは、ワタシが高校2年の夏の終わり、ひとつ年下の妹が高校1年の夏の終わりのことでした。妹は、夏の間、どこかでアルバイトをしていたようで、お給料をもらって帰ってきました。

 

と母が、「あなたも、おこづかいくらい自分でバイトして、稼いでいらっしゃい」と言われたのです。

 

ワタシは、毎日部活があるのにとか、1~2週に1度は病院に行くのに、とか色々思うこともなく、言われるままにバイトを探しました。

 

そして、通学途中の渋谷の裏通りにあるファーストフード店で、部活の後に2時間とか、土日とか働き始めました。

 

店側にとっても、ちょうど忙しい時に、ちょっとだけ来て働いて帰るバイトで、都合がよかったみたいです。

 

卒業後も、大学受験の勉強をしたりとかしていたのですが、大学に行かずにバイトしたり遊んでいる大学生を見て、大学に行くのも、ばからしいなと思うようになって来ました。

 

その頃には、トレーナーで教えたりとか、店を動かす立場になっていたので、そっちのほうが、よっぽど面白かったんですね。

 

そして、店長やマネージャーに言われるままに、アルバイトでマネージャーになりました。理由は、「向いているから」だそうです。

 

と言っても、当時は女性のマネージャーって、ほとんどいませんでした。アルバイトから女性でマネージャーになったのは、確か3人目くらいだったと思います。

 

まだ制服とかも、あんまりちゃんとなかったんですよね。

 

人がいないほかの店に働きに行っても、女だって驚かれることもよくありました。

 

アルバイトから契約社員になり、お店も、渋谷から代々木、原宿と異動になりました。その間に、新しくオープンする店に教えに行ったり、イベント店に行ったり、泊まりで出張に行って教えていたりもしていました。

 

仕事は、とっても楽しくて、やりがいもありました。発注から売上げ管理、人材育成、シフト管理、面接など、店舗運営に関することは、全部やっていました。

 

とーっても楽しいファーストフード生活でした。

 

ただ、ファーストフードで深夜営業が始まった頃に、夜22時から朝までの深夜勤のシフトに入らされるようになったのが、転職への一つのきっかけでした。

 

そもそも、女子マネージャーで一人で深夜勤をやっている人も、他にいなかったのですが。

 

「このまま続けて、店長にはなれるだろうけれど、その先は?」

 

40代で深夜勤で働いたり、朝から晩まで人がいなければ働く店長などの姿を見るうち、先を考えると、この仕事は、長く続けられないのではと思うようになりました。

 

この頃、結婚する話もあり、土日休める仕事になったほうがいいのではとも考え、楽しかったファーストフードを、やめる決心をしました。

 

でも、今の私を作ってくれたのは、このファーストフード時代なので、とても感謝しています。

 

「大事なことは、みんなハンバーガー屋でおそわった」なのです。

 

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