私の母が今年の3月定年退職しまして、先日、退職記念の文集と退職お知らせの葉書が送られてきました。
私の母は、特別養護老人ホームで30年以上働いてきました。最初は看護士として入ったのですが、気がついたら副園長になっていました。
勤務先が当時住んでいた実家から頑張れば歩いていける距離だったので、子どもの頃は、ホームの行事、バザーや盆踊りなどにも、行っていました。家にいるより仕事をしている時間が長いので、ホームに遊びに行くことも度々ありました。今も家に行くよりも、母の勤務先に顔を出します。
当時、まだヘルパーという言葉もなく、寮母といわれている時代。なり手がいなくて、私や兄弟の友人、自分の友人に、「寮母で勤めない?」と、声もかけていました。私の友人は努めた人はいませんでしたが、兄弟の友人では、何人かお世話になった人もいます。
福祉法人としての歴史は古く、規模も大きく、待遇などは、かなり良いほうだったんですよね。
本当に高齢者の介護に力を注いでいて、副園長になっても現場に入り続けるだけでなく、休みの日には訪問介護のボランティアもしていました。
私が入院した時にも、同室のおばあさんのことが気になって、あれこれ面倒を見ていました。私のことは、後回しだったりします。
表面上は、母の働く姿をずっと見てきましたが、退職記念の文集を読んで、初めて母の想い、親にしてあげられなかった想いを、誰かのためにとつくしてきた想いを知りました。
そんな母ですが、退職後の今も施設に残り、インドネシアから来た、介護福祉士候補生の教育担当をしています。
彼女らは時給制で、ゴールデンウィークだと出勤が減り、勉強も遅れてしまうとのことで、休日の当番を引き受けて、いっしょに出勤して面倒を見るそうです。
私の母は、准看護士なのですが、続けることで出来ることがたくさんある。そういう姿勢を、母の背中から学びました。私には、いつまでたっても追いつくことは出来ません。