幸せな人は、苦しい時や寂しい時に「辛い」と周りの人に言うことができます。
素直に言える人にとっては「そんなの簡単じゃないか」と思うかもしれませんが、それが意外とできないのです。

人は中々、自分が辛く思っていることを他人に打ち明けることができません。
どうしてもプライドが邪魔をしてしまうのです。
辛い時でも顔で笑って心で泣いています。ある意味努力家なのでしょう。

しかしそのような人は、幸せになろうと努力は人一倍しますが決して今ある幸せに気づくことはありません。
感情を抑えつけたりごまかしたりしている人は心が絶えず不安定なため、安定させようと無我夢中です。
幸せがすぐ目の前を通ったとしても気づくことがないのです。
自分の本当の感情に直面し辛い思いをするのを避けたこと、その代償として幸せを感じる能力も失っていくのです。

「辛い」と言うことは、できない人にとっては確かに難しいことです。
言ってしまうことで惨めな自分をさらけ出すことになりますし、なによりもそれ以上に自分自身がそれを認めてしまうことになるのが許されないのでしょう。

しかしここが正念場です。
初めはそれがグチになっても構わないので、マイナスの感情を吐き出す練習と思って周りの人に伝えてみてください。自分の中から出てくるマイナスの感情は、抑えることではなくなりません。
マイナスの感情を外に吐き出し、『不幸の住民』として生きてきた人生から抜け出すことを決断しましょう。
新しい人生が笑顔で待っています。

「ちょっと辛いことがあったんだけど、聞いてくれる?」
幸せな人は、何が自分にとって大切なのか、がはっきりしています。

幸せな人は、幸せになろうとして行動しているわけではありません。ただ自分がしたいと思ったことを素直に行動に移しているだけです。なので、結果的にそれが幸せであっても、不幸であっても、自分が選んだ道に不満を持つことがないのです。

不幸な人は、自分がしたいことではなく、周りからみて幸せだと思うような行動をして生きています。華やかでなくても、周りの人がなんと言おうとも自分が好きなことをすればいいのに、幸せにみられたいがために自分にウソをつき、無理をしてしまうのです。もちろん自分が本当にしたいことでもない上に無理をしているので、不満はどんどんたまっていきます。

幸せになろうと努力に努力を重ねても幸せになれない人は、どこか自分にウソをついて生きてきたのでしょう。ウソを隠すためにウソをつき、だんだんとウソの自分が作られていきます。ウソで塗り固められた人生が幸せであるはずがありません。

この悪循環を断ち切るには「自分はウソをついていた、間違っていた」と素直に認めること以外ありません。もっとも、そう簡単に認めることができるような強い人間はウソなどつきませんが・・・本当の人生を選ぶのかウソの人生を選ぶのか、すべてはあなた次第です。

「人にウソをついてもいい、自分にさえつかなければ」
幸せは追わない。

幸せは追うと逃げる、どこか恋愛と似ています。

幸せになろうと必死になって努力する人は、努力する方向が間違っています。

あなたはもうすでに、幸せになっているのです。

追いかけるのをやめた時、目に映る光景に答えが出ているでしょう。

「幸せは、追わない」
幸せは照れ屋さんです。

あなたが喜びに満ちあふれ楽しい日々を過ごしている時、そんな時は隠れているので、中々見つけることができません。お風呂の中の暖かさのように、入っていると暖かいことがだんだんみえなくなってくるのと同じです。

しかし反対に、あなたが辛く寂しい思いをして何かを待っている時、そんな時はそっと顔を出してあなたを見守ってくれてくれています。上手くいかない日々の不幸を嘆く前に、今あなたの着ているものの暖かさ、あなたの周りの存在をちょっと距離を置いて眺めてみてください。足元に照れ屋さんがくっついています。

待つことをやめ、足元にくっついている照れ屋さんを抱きしめてあげてください。あなたの止まっていた人生が動き始めます。

「幸せを探す旅に、出よう」

いいえ、違います。

幸せに反対はありません。幸せだと気づくことができているか、できていないか、ただそれだけなのです。

私たちは、物事をすぐに分けたがります。


・好き  ⇔  嫌い
・良い  ⇔  悪い
・簡単  ⇔  難しい
・優しい ⇔  厳しい
・楽しい ⇔  辛い


などなど・・・あげればきりがありません。しかし物事の本質は本当にそんなに単純なのでしょうか。


辛いけど楽しい、好きだと思っていたけど本当は嫌いだった、などといったように、物事を完全に二つに分けるのは難しいのです。というより、分けようとするから逆に難しくなるのではないでしょうか。

物事に白黒つけると確かに落ち着きます。しかし一度落ち着くと、その物事が実は違っていたとしても中々受け入れることができなくなってしまいます。そうすると、真実がみえてこなくなってしまいます。幸せも気づきにくくなってしまうのです。

「分けることから、開放されてみませんか」