おはようございます晴れ 

carenavi_gate 訪問看護師 米中京子です。

 

自己紹介です飛び出すハート

 

 

 

久しぶりに友人と笑い合って、帰りの電車でひとりになった瞬間、ぽろっと涙が出た。 そんな夜、ありませんか?

 

「楽しんでよかったのかな」「笑ってる場合じゃないのに」─ そんな言葉が、胸のどこかでひっそりと囁いてくる感じがします。

 

昨日もそうだけど、笑ったり泣いたり…そんな日々です。

 

 

ベル笑いと涙は、矛盾しない

介護のさなかでも、介護が終わった後でも、人は笑います。

 

「笑ってはいけない」なんてルール、どこにも存在しないし…。 

 

訪問看護の仕事を長く続けてきた中で、こんな場面がありました。 

 

ご家族が久しぶりに笑顔を見せてくれた翌日、「楽しんでしまってすみません」と電話をくださったのです。

 

すみません、なんてことは何もないです。

 

 そう伝えると、電話口でまた涙をこぼしていらっしゃいました。

 

 

ベル 揺れる心は、回復の証拠

悲しみの研究では、「笑いと涙が混在する時期」は回復過程の正常な段階とされています。

喪失の悲しみを抱えながら日常に戻ろうとする力と、大切な人を想い続ける力が、同時に働いているから揺れるのです。

 

その揺れは、複数の感情を同時に保てるほどに心が回復してきた証拠と言えますね。

 

初期のあの激しい痛みと比べたとき、「笑える自分」が出てくることを、怖く感じる方もいます。 

「忘れていくのだろうか」という怖さや、寂しさを感じる…そんな気持ちになることもあるのです。

 

 

ベル涙の意味を、少し変えてみる

「楽しかったのに涙が出た。」

この文章を、こう読み替えてみてください。

 

「楽しめるほど回復しながら、大切な人を想い続けている。」

 

笑った後の涙は、「あなたは両方持っていていい」という心からのメッセージです。

 

 どちらかを手放さなくていい。笑いも、涙も、あなたのものです。✨

 

 

 

 

 今日の問いかけチューリップオレンジ

  笑った後に涙が出た経験、あなたにはありますか?

 

 

米中京子(KYOKO) 看護師歴35年/在宅緩和ケア 

📖 著書『鎧を脱ぐ旅──存在の庭へ』『風を聴くひと』Kindleで発売中

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carenavi_gate 訪問看護師 米中京子です。

 

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鏡の前で口紅を塗りながら、涙が出ちゃった。

 

おかしいと思いますか?

でも、これは本当にあった話です。

 

ご主人を見送られて半年後、ある女性が「久しぶりにちゃんとお化粧をしたら、急に泣けてきて。」とおっしゃっていました。

「楽しいはずなのに、なんで涙が出るんだろうって。」

 

 

ベル楽しむことへの「罪悪感」

 

喪失の後、楽しむことに罪悪感を覚える方は、結構多いです。

 

綺麗な服を着ようとすると、「こんなことをしていていいのか」と思う。笑ったあとで、「笑ってしまった」と後ろめたく感じる。美味しいものを食べて喜んでいたら、「不謹慎かな」と思ってしまう。

 

でも、これだけははっきり言わせてください。

 

あなたが笑顔でいることは、何よりの供養です。

 

介護の時間を一緒に過ごした方々のことを、わたしはよく知っています。

在宅で最後の時間を過ごされた方々の多くが、遺された家族に「笑っていてほしい」と願っていた。

 

明言しなくても、その想いは確かにそこにありました。

 

 

ベル「楽しむ」ことは、記憶を裏切らない

 

おしゃれをすること。好きな服を着ること。外に出ること。それらは、故人の記憶を薄れさせることではありません。

 

むしろ逆です。

 

「あの人が好きだった色の口紅を塗った。」

「一緒に行きたかったカフェに、ひとりで行ってみた。」

「好きだと言ってくれたコートをまた出してきた。」

 

こうした行為の中に、故人は静かに生き続けています。

楽しむことと、愛し続けることは、矛盾しないです。

 

 

ベル空の向こうで「それでいい」と頷いている

 

介護を支えてきたあなたは、十分すぎるほど頑張りました。

 

もう、自分を罰しなくていい。

自分に厳しくしなくていい。

楽しんでいいんです。

 

口紅を塗ってもいい。明るい色の服を着てもいい。好きな音楽を聴いてもいい。美味しいものを食べてもいい。笑ってもいい。

 

きっと、空の向こうで「それでいい」と頷いている人がいます。🌸

 

 

鏡の前で涙が出ること。

それは、あなたが本当に大切にしてきたものの証です。

そして、その涙を拭いて口紅を塗り直すことも、また、生きることの美しさです。

 

 


 

 

 

 今日の問いかけチューリップオレンジ

 

今日、あなたはどんな自分でいますか?

 

 

米中京子(KYOKO) 看護師歴35年/在宅緩和ケア 

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介護者でも、誰かの親でも、職場のリーダーでもない。

ただの、自分。

 

そんな時間、最後に持ったのはいつでしたか?

 

「自分のためだけの時間が、怖くて仕方なかった。」

 

そうおっしゃった方がいます。

 

40代後半の女性で、お義母さんの在宅介護を3年間続けた方です。介護が終わり、ほっとしたはずなのに、自分ひとりになると何をしていいかわからない。スマホをぼんやり見ていても、何も楽しくない。そんな状態が続いたとおっしゃっていました。

 

ベル「役割」が自分を支えていた

 

気づかないうちに、役割が「自分」を定義していたのかもしれません。

 

「介護している私」

「頑張っているお嫁さん」

「仕事と介護を両立している私」

 

それらのアイデンティティが、知らず知らずのうちに、自分の軸になっていた。

 

役割がなくなったとき、自分が「何者であるか」がわからなくなりました。

これは、それだけ真剣に、誰かのために生きてきた証です。

 

でも、ここで立ち止まって考えてみてください。

 

役割を持たないところにも、あなたはいます。

 

 

ベル価値は、役割ではなく「存在」にある

 

あなたが誰かの役に立っているから価値がある、のではありません。

あなたがそこに存在しているから、価値があるのです。

 

訪問看護師として多くの命の傍らで過ごしてきた中で、わたしが繰り返し感じてきたことがあります。

人は最後の最後に、「役に立てたか」ではなく「愛せたか、愛されたか」を問うということです。

 

役割を外した自分で過ごす時間は、「怠けている」のではなく、むしろ、役割に隠れていた「本当の自分」を取り戻すための、大切な時間です。🌱

 

 

ベル何もしない時間の「意味」

 

日本社会では、何もしていない時間を「もったいない」と感じる傾向があります。

でも、何もしない時間には機能があります。

 

ぼんやりする。窓の外を見る。昼間にお茶を飲む。

 

それだけで脳は、実はかなり動いています。

「デフォルトモードネットワーク」と呼ばれる神経回路が活性化し、記憶の整理や感情の統合、自己の省察が行われます。

つまり、ぼんやりしているときにも、心は大切な作業をしているのです。

 

 

何者でもない時間。

 

それは、実は「自分を取り戻すための時間」なのかもしれません。

 

あなた自身の人生は、役割が外れたところから再び動き出します。

 

怖くていい。戸惑っていい。ただ、その時間を、少しだけ信頼してみてください。


 

 


 

 

 

 今日の問いかけチューリップオレンジ

「役割」を終えたとき、どんな気持ちになりますか?

 

怖い?ほっとする?それとも、よくわからない感じ?

 

 

 

 

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毎日びっしりと埋まっていたあのスケジュール帳が、ほとんど余白となった日々。

 

病院の付き添い。

薬の管理。

ヘルパーさんとの申し送り。

訪問看護師との連絡調整。

食事の準備。夜間の体位交換。

それらがすべて終わったとき、残ったのは─書き込む予定のない白紙のページでした。

 

「何をしたらいいかわからなくて。」

 

そうつぶやいた方が、いらっしゃいました。

 

 

 

ベル「忙しさ」が防波堤になっていた

 

介護の期間、あなたはずっと走っていました。

 

目の前のことに、ただひたすら向き合って。立ち止まる暇もなかったのです。

 

その忙しさが、悲しみの防波堤になっていたことに、終わってから気づく方が多いのです。

 

「忙しいうちは泣く間もなかったのに、落ち着いたとたんに止まらなくなっちゃった。」

 

人は、あまりに大きな悲しみを前にすると、意識的・無意識的に「やること」で自分を守ることがあるようです。介護という役割が、まさにその機能を果たしていたのかもしれません。

 

 

ベル不安でも、戸惑っても

 

白紙のスケジュールを前にしたとき、多くの方が「喪失感」に似た感覚を覚えます。

 

これを「役割喪失」と言います。

「介護する人」というアイデンティティが、突然なくなってしまうことへの戸惑いです。これが人間の心の自然な動きです。

 

焦らなくていいです。

 

今すぐ「次にすること」を探さなくていいのです。

 

白紙のページは、空白ではありません。「何でも書ける余白」です。

 

 

ベル「自由」にむかうリハビリ

 

自由というのは、慣れないうちは怖いものです。選択肢がありすぎると、かえって動けなくなることもあります。

 

旅行でも行こうか、と思っても、「こんな気持ちで行っていいのか」という罪悪感が出てきたり、趣味を再開しようとしても、なんとなく落ち着かない。

 

そういうとき、どうかひとつだけ意識してみてください。

 

「今日、自分がしたいことは何か。」

 

ゆっくりお茶を飲むこと。

昔好きだった音楽を聴くこと。

散歩。昼寝。

 

なんでもいい。

壮大な計画はいらない。ほんの小さなひとつから、再起動してみる。

 

 

人生に、遅すぎるスタートはありません。✨

 

 

余白のあるスケジュール帳。

 

今日は、まず自分のための一行を書いてみませんか。


 

 

 

 

 

 

 今日の問いかけチューリップオレンジ

 

介護が終わったあと(あるいは今まさに介護中の方は、もし終わったとしたら)、最初に何をしてみたいですか?

 

 

 

 

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ある朝のことです。

 

玄関で靴を履きながら、ふと仏壇の写真に向かって「行ってきます」と言っていました。

気づいたら、もう言っていたのです。

 

そう話してくれたのは、ご主人を看取られた6か月後の、60代の女性の方でした。

 

「なんで今日は泣かなかったんだろう。」と不思議そうにされていて。でも、その目はとても穏やかでした。

 

 

ベル「忘れた」のではありません

 

「行ってきます」と自然に言えるようになること。

 

それは、故人を忘れようとしているわけでも、悲しみが消えたわけでもないのです。

 

むしろ逆です。

 

その方の存在が、あなたの日常の一部として溶け込んだということ。

 

特別な悲しみの対象ではなく、もっとそっとした、あたりまえの存在として、日々の暮らしの中に居場所を見つけたということです。

 

訪問看護師として多くの看取りに関わってきた中で、わたしが気づいたことがあります。

回復の形は、人によってまったく違います。

 

でも、心が穏やかに感じた時、その方の存在が日常に溶け込み始めた感覚は、皆さん似ているように感じます。

 

 

ベル見守られている、という感覚

 

「行ってきます」と言える朝には、もうひとつの意味があります。

それは、「見ていてくれている」という感覚の芽生えです。

 

出勤する背中を、ふっと感じられるような気がする。

帰宅したとき、ただいまと言いたくなる。

そういう感覚が自然に生まれてくるのは、故人があなたの生活の中で役割を変えたからです。そこに存在した人から、ここから見守る存在へ。

 

これは空想ではなく、悲嘆心理学でいう「内在化(internalization)」に近い現象です。大切な人の価値観や言葉が、あなた自身の中に根付いていく過程。

 

「行ってきます」という言葉は、その証かもしれません。🌿

 

 

ベル急かさないでいいし、急がれなくていい

 

「まだそんな気になれない」という方へ。

 

焦らなくていいです。本当に。

 

遺影に話しかけられる日が来ることもあれば、来ない方もいます。

 

写真を見るたびに胸が苦しくて、向き合えないままの方も。それはどちらも、その方ならではの悲嘆の形です。

 

人それぞれに、それぞれのペースで、それぞれの形で、日常が戻ってくる。

 

「こうあるべき」という型は、存在しません。

 

あなたのペースで、あなたの形で、大切な人と一緒に、今日という日を生きていく。ただそれだけでいいのです。

 

今朝、あなたは何をしましたか?


 

 

 

 

 

 今日の問いかけチューリップオレンジ

 

写真や遺影に話しかけたことはありますか?

どんな言葉をかけましたか?

 

 

 

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あれから一年。

 

そう思った瞬間に、涙がにじんでくる方も多くいらっしゃると思います。

 

 

「一周忌が終わったら、気持ちが楽になりますよ」と言われたことがありますか?

 

わたし自身、訪問看護師として多くの遺族の方々と時間を過ごしてきました。

 

そして正直に申し上げると、その言葉に救われた方もいれば、かえって追い詰められた方もいます。

 

「一年経ったのに、まだこんなに悲しいわたしはおかしいのか。」

 

その思いが聴こえてくることも、決して少なくないのです。

 

 

ベル「区切り」という言葉

 

一周忌は、社会的には「一段落」を意味する節目として扱われることが多いです。

 

職場への連絡も落ち着き、喪中はがきの時期も終わり、周囲も「もう大丈夫でしょう」という空気を出し始める。

 

でも、悲しみには期限がありません。

 

ある利用者のご家族の方(60代・女性)が、こんなことをおっしゃっていました。

 

「一周忌の法要が終わったその夜、みんな帰ってしまって。ひとりきりの部屋に座ったら、なんだか夫が遠くに行ってしまったような気がして……。それまでより、もっと悲しくなってしまったんです。」

 

区切りを「けじめ」と受け取ることで、かえって喪失感が深まることがあります。

 

これは、悲嘆研究の世界でも指摘されていることです。

 

 

ベル「結び直し」という考え方

 

一周忌をどう捉えるか。

ここで、わたしがご提案したいのは「結び直しの日」という視点です。

 

別れを確定させる日ではなく、「これからも心の中で、どう一緒に生きていくか。」を静かに考える日。

 

亡くなった方との関係性は、死によって終わるわけではありません。

 

むしろ、形を変えて続いていく。

その変化の形を、少しずつ整えていく作業が、グリーフワーク(悲嘆の回復過程)の本質でもあります。

 

 

電話したいと思う。

ふとした瞬間に話しかけたくなる。

夢の中で会う。

それは「忘れられない」のではなく、「心の中で生き続けている」サインです。

 

 

ベル悲しみが薄れなくてもいい

 

「もう一年も経ったのに、まだ悲しい。」

 

そう感じているあなたへ。

それは、それだけ深く愛した証です。

悲しみの深さは、愛の深さと比例します。

 

訪問看護師として多くの看取りの場面に立ち会ってきたわたしが、確信するように思うことがあります。

 

悲しみを「乗り越える」必要はない、ということです。

 

ただ、「一緒に生きていく方法」を、少しずつ覚えていくだけでいいと思うのです。

 

一周忌という今日、手を合わせながら、そっとつぶやいてみてください。

 

「これからもよろしく」と。


 


 

 

 今日の問いかけチューリップオレンジ

 

一周忌という日に、あなたはどんな気持ちになりましたか?

 

 

 

 

 

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「前の自分には、もう戻れない。」を「喪失」として語る方がいます。

 

でも私は、別の見え方として捉えています。

 

あなたは今、介護という炎をくぐってきた人です。

焼けた後に残るのは、灰ではなく─深くなった人間性です。

 

🌿

 

以前の自分を思い出してみてください。

 

他人の弱さに対して、どこかで「もっとしっかりしなよ」と思っていませんでしたか?

病院という場所を、非日常のどこか遠い空間として感じていませんでしたか?

「死」というテーマを、できれば避けて通りたかったのではないでしょうか。

 

それは、欠点ではなかった。

ただ、まだ知らなかっただけ。

 

💡

 

今のあなたは、違います。

 

人が弱っていくとはどういうことか、知っている。

「もうどうにもならない」という現実の前に立つとき、人がどんな顔をするか、知っている。

 

それでも、その隣にいることを選んだ経験がある。

 

これは、すごいことです。

 

本当に、すごいことなんです。

 

🌸

 

長い間、訪問を続けてきた中で、私自身も変わってきました。

 

30代の頃の私は、「もっと完璧にケアできれば」と焦っていた。

でも今は、「ここに、共にいること」が何より大切だと知っています。

 

その変化は、失敗から来た。

後悔から来た。

そして─患者さんやご家族が教えてくれたことから来た。

 

変わることは、真剣に生きてきた証です。

 

もう、前の自分じゃなくていい。

今のあなたが、これからを生きていく。

 

どうか、その変化を誇ってください。

 


 

 

 

 

 今日の問いかけチューリップオレンジ

 

介護を経て、あなたが誇れるようになったことは何ですか?

 

 

 

 

 

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「早く元に戻りたい。」

 

介護が終わった後に、この言葉を口にする方はとても多いです。

 

元の生活。

元の自分のペース。

元の人間関係。

 

でも─少し立ち止まって考えてみたいのです。

 

「元の自分」って、どこにいるんでしょう?

 

🌿

 

あなたは今、介護という経験をした後の自分です。

 

大切な人が最後の時を過ごす過程を、そばで見守った。

夜中に起き出して、水を飲ませた。

医師に「もう治療の選択肢がない」と告げられた日、その言葉をひとりで受け止めた。

 

これらは、消えない経験です。

 

そして、消えないということは、あなたを変えたということです。

 

変わることは、失うことではありません。

 

💡

 

ふと思うのは、木の話です。

 

嵐の後、木は枝が折れたり、葉が落ちたりします。

でも、嵐を越えた木は、根がより深く張る。

 

「嵐の前に戻りたい」と木は思わない。

ただ、嵐を越えた木として、そこに立っている。

 

あなたも、同じです。

 

🌸

 

「変わってしまった自分」を否定しなくていいです。

 

そのあなたには、介護を知らなかった頃にはなかった「深さ」があります。

 

人の痛みを感じ取れる感受性。

 

「どうにもならないこと」と折り合いをつける力。

そして、「大切なものを大切にする」という、静かな確信。

 

これは、どんなに努力しても、経験なしには得られないものです。

 

変わったあなたで、堂々と生きていく。

 

そのあなたで、十分すぎるくらい、十分です。

 

 

 

 

 今日の問いかけチューリップオレンジ

 

介護を経て、あなたの中で「変わった」と感じることは何ですか?

良い変化でも、まだ戸惑っている変化でも。

 

 

 

 

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介護が終わって最初の一週間、何をしていいかわからなかったという声をよく聴きます。

 

朝6時に目が覚める。

でも、準備しなければならないことが……ない。

薬を出さなくていい。体位を変えなくていい。ベルも鳴らない。

 

「何もない朝」が、こんなに落ち着かないものだとは思わなかった─と、ある方が言っていました。

 

静けさが、怖かったのです。

 

🌿

 

「何かがある」こと。

緊張感。役割。やるべきこと。

 

介護中は、これらがぎっしりと一日を埋めていました。

 

それが突然なくなったとき、人は不思議なことに「空白」を感じます。

まるで、生きている実感がぼんやりしてしまう。

 

でも─それは本当に「空白」なのでしょうか。

 

💡

 

介護中は「やるべきこと」が、時間を先回りして埋めていました。

今は、「ただ、在る時間」が戻ってきた、ということではないかと。

 

「ただ在る」ことを、私たちはあまり意識していないです。

 

何かをしていなければ価値がない、という呪縛が、現代社会には根強くあります。

 

でも─花が「何もしない」ように、空が「何もしない」ように、あなたの「何もしない朝」は、大切なあなたの一部なのです。

 

 

🌸

 

犬の散歩中に、道端のタンポポが目に入りました。

たった一輪、風に揺れていました。

 

「咲いている」と気づいた瞬間、なんだか胸があたたかくなりました。

 

介護中は、タンポポに気づく余裕もなかったです。

でも今日、そのことに気づけました。

 

ーこんなメールが先日、届きました。

 

それは、静かな日常が返ってきた、ということです。

 

ドラマのない日々。

何も起きない朝。

 

これは「空白」ではありません。

取り戻した、「あなた自身のリズム」です。

 


 

 

 

 

 今日の問いかけチューリップオレンジ

 

最近、"何気ない瞬間"に、ふと立ち止まったことはありますか?

 

 

 

 

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「介護をする前の自分は、なんて無知だったんだろうって……。」

 

そう話してくれたのは、父親を在宅で看取った後の、48歳の男性でした。

 

管理職として忙しく働きながら、父の緩和ケアを家族と一緒に支えてきた方です。

 

介護が始まる前、彼は「死」をどこか遠いものと感じていたと言います。

正直、向き合うことを避けていたとのことです。

 

「病気のことは医師に任せればいいと思っていた。」

 

「あの頃の自分が恥ずかしい。」

 

でも─私は、そうは思いません。

 

🌿

 

知らなかった自分を責めることほど、もったいないことはないです。

 

だって、あなたは「知らなかった」のではなく、「まだ知る機会がなかった」のです。

 

これは言葉遊びではなく、

 

「人間は、経験していないことを知ることができない。」

人間という存在の、ごく自然な条件です。

 

💡

 

長い間、在宅の患者さんのご家族を見てきました。

「あのとき、もっと早く呼べばよかった。」と後悔する方は、本当にたくさんいます。

 

でも、よく話を聴いていると、みなさん、その時点での「最善」を尽くしておられたのです

 

当時の自分が持っていた情報と体力と精神力で、できる限りのことをしておられました。

 

後から知識が増えた今の目線で、過去の自分を裁くのは─あまりに切ないです。

 

介護前の自分は、無知だったのではなく、まだ「その経験の入口に立っていなかった」だけ。

 

🌸

 

さて、今のあなたはどうでしょう。

 

介護という経験を経て、あなたは変わりました。

「大切な人が過ごす最期の時間」そばにいることが、どれほど重くて、どれほど温かいことか、知っています。

 

その知識と感覚は、あの頃の自分では持てなかったもの。

 

でも同時に─あの頃の自分がいたから、今のあなたがいます。

 

 

あの頃も、今も、同じあなたです。

 

連続した、ひとつの人生の物語。

 

 

 


 

 

 

 今日の問いかけチューリップオレンジ

 

介護が始まる前の自分に、今のあなたが一言伝えるとしたら、何と声をかけますか?

 

少しだけ、想像してみてください。

 

 

 

 

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